投手からの不意打ち
「なあこれって僕だけシートバッティングと変わらなくないか?
しかもキャッチャーなしでネットに投げてたらコースも限られてきちゃうよ」
「だってそうでもしないと誰も打てんぜ
正直コース散らばされたら俺でもそうそう打てないと思うわ」
「だが俺は打ってやる! 打って見せるぜ
外野へかっ飛ばしてボール拾いダッシュの栄冠を勝ち取るんだ!」
木戸のアイデアに他の部員はノリノリだった。とくに丸山は、外野守備位置に置いたネットを超えたら走って取りにいかないといけないというペナルティを、栄冠と言い換えるほど熱を上げている。
「チビベンは何で賛成したんだよ。
これじゃ僕対他の部員ってなるだけじゃん」
「いやあ、俺も本気で勝負してみたかったんだ。
悪いけどこれもバッティング練習だと思って引き受けてくれ、頼むよ」
「僕は全員がバランス良く練習できるなら構わないんだよ。
今日は一年生もいないからまあいいけどさ。 いつもこういうわけにはいかないよ?」
「カズ、そう固いこと言うなよ。 練習であることは間違いないんだからさ。
それにお前の球を全員が打てるようになれば、他の学校のエースクラスを打ち込むことができるようになるはずさ」
木戸が間に入って今日の練習の意図を説明をした。どこまで本気かわからないが、確かに僕くらいを打てなかったら、夏の予選を勝ち進んだ時に手も足も出ないということになりかねない。
「わかった、今日は木戸の案で行こう。
先輩たちもオッケーなら練習はじめようぜ」
こうして僕達は準備運動で体を温めはじめた。全員でストレッチや軽いダッシュをしているだけなのになんだか全員が殺気立ってるように思えて、初めてチームメイトが敵に見えてくるのだった。
「よし、打順通りに並んで素振りでもしててくれ。
カズは肩温めないとな。 ブルペンじゃなくてマウンドでいいだろ」
「おう、十球そこそこくらいで行けそうだ。
変化球はなしか?」
「いや、混ぜていいけどキャッチャーいないからコース甘くなるぞ」
「それでも左バッターに試したいボールがあるんだ。
まあ流れを見てから決めるよって、最初はチビベンか」
「なんだよいきなり俺のところで何か試そうっての?
お手柔らかに頼むよ」
僕はチビベンに向かって手を上げてからマウンドへ向かった。マウンドからバッターボックスを見ると約十八メートル先には木戸がミットを持って立っている。この瞬間はいつでも気持ちがいい。
グラウンドの中でほんの少しだけ高くなっている場所は、ピッチャーが特別な存在だと思わせてくれる。でもそれは特別偉いだとか優秀だという意味ではなく、ゲームを作るうえで重要かつ孤独だという事実を受け止めることができるものだけが立つことを許される場所なのだ。
これは江夏さんからの受け売りだけど、時には自分の弱さを認め自らの申告によりマウンドを降りる勇気も必要なのだそうだ。以前過去の事を悔いるように話してくれた時には、そのことをとても強く言ってくれた。
父さんたちが高校三年生の夏の大会で甲子園出場を決めた時、予選を一人で投げ続け肩を酷使していた江夏さんは、その肩の違和感を申し出ることができずに投げ続け、そして壊してしまったのだ。
当時はまだ科学トレーニングどころか、練習中に水も飲まないとか、技術よりも精神論、体と心を痛めつけた方が偉い、というような考え方が当たり前だった。そんな中、肩に違和感があるからマウンドを降りるとはとても言えなかったのだろう。
しかし今はそんな時代ではない。一試合で投げていい投球数に規定は出来たし、試合日程も連日連戦とならないよう以前よりは配慮されている。ただしそのためには選手層がある程度厚くないと話にならなくはなっている。
つまりは一人のすごい選手がいたとしても、大会を勝ち進んでいくためには最低三人のピッチャーが必要になる。うちのチームで言えばもう一人以上は必要だということだ。
考え事をしながらでも投球練習はきっちりと進んでいき、十球投げたところで木戸に座ってもらった。そして先ほどよりも力を込めてストレートを投げ込んだ。
「今日も調子いいな。 これは打ち込み甲斐がありそうだわ」
「打てるもんなら打ってみろってとこさ。 そう簡単に打たせるつもりはないよ。
今季、百球以内に打たれるつもりはないんだ」
「と言うことはそれ以内に点を入れろってことか。
木尾が試合の中で成長してくれないと勝ち進むのはきついもんなあ」
「あともう一人、一年生の中から選ぶしかないだろうな。
小野は本当にダメなのかな?」
「うーん、こないだ少し見た感じだとマジですげえノーコンだったな。
あいつにコントロールが付くのを待つくらいなら…… いや何でもないわ」
木戸が言いかけたのは三田の事かもしれない。なんだかんだ言っても今は即戦力が欲しいことに変わりはない。やはり呼び戻した方がいいのかもしれないが、木戸は首を縦に振ることはないだろう。
「よし、これくらいでオッケーだ。 いつでも初めていいぞ」
邪念を振り払うように大きな声を上げてバッターを向い入れる。それを受けて左のバッターボックスへチビベンが近寄り、数度素振りをした後、足の位置を確かめながらバットを構えた。
「っしゃこーい!」
「いくぞー」
ゆっくりと振りかぶった僕はキャッチャーの代わりに鎮座しているトスネットへ向かってストレートを投げ込んだ。初球ど真ん中、二球目インローと投げ、チビベンのスイングは空を切った。
三球目はアウトサイドやや高め、僕が一番切れる球を投げられると思っている自信のあるコースだ。そこへとっておきの一球を投げ込むとチビベンのバットは一瞬だけピクリと動いたのみで、ボールはネットへ飛び込んでいった。
「今のなんだ!? おい、カズ! なんなんだよ!」
不意打ちに納得がいかないといった様子のチビベンがマウンドへ向かって何度も繰り返し叫び、僕はそれが聞こえているにもかかわらず返答をせずに次の打者を迎える準備をしていた。
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