二人の関係
練習は前半を終えて小休止の後、後半はシートバッティングをすることになった。グラウンドの外野が二日使えなかっただけなのに久しぶりの実戦形式に感じる。それほど投げたくて投げたくてたまらないのだ。
しかしまずは一年生の木尾から投げることになった。僕もバッターボックスの後ろに並び順番を待つ。
練習なので当然コントロール重視で打ちやすいような球を投げるのだが、木尾の球は長身からの投げ下ろしなので角度がありなかなか打ちづらそうだ。コントロールはいまいちだが、決め球のフォークはなかなかの落差で速球との速度差も大きくいい武器になりそうである。
一、三年生を相手にして三十球ほど投げたあたりで主力の二年生が相手となった。僕は隣で投げ込みをしているので見慣れているが、バッター視点は初めてなため球筋が気になるところだ。
最初に相手となったハカセは、内野の左右へ確実に転がすようにたたきつけるバッティングが持ち味である。数度のファールを含んだが、空振り無しなのがさすがだ。
二番目はチビベンだ。木尾の球を良く受けているだけに目が慣れているのか、いい当たりを量産していた。
「球筋は悪くないけど直球だけじゃ厳しいな。
まあ実践ではフォークを混ぜるからもう少し投げ込んでいけば十分やれるよ」
少ししょげ気味な木尾へチビベンが声をかけた。しかし次は丸山、木戸という順番なのでもっと自信を失うかもしれない。
本来シートバッティングは、打者に生きたボールを打たせることが目的なので打たれてへこむ必要はないのだが、ピッチャーからするとどんなときでも打たれること自体が嫌なものなのだ。
もちろん僕も例外ではなく、野球ゲームをやっていても打たれるのは悔しくてたまらない。逆にバッターの時は試合以外で空振りしてもあまり悔しくはないのだ。
木尾が汗をぬぐい準備ができたと伝えると丸山がバッターボックスへ入った。バットを頭上へ高々と上げてからゆっくりと胸の前まで下ろしてくるいわゆる観音打法だ。
背も高く体格もいいその姿は迫力満点で、僕も一年生の前半くらいまでは対峙する度にプレッシャーを感じていたものだ。
「よっしゃこーい! 木尾! 本気で投げてもいいぞー
打ち取るつもりで来いよ!」
丸山はいつもこうだ。バッティング以外はお世辞にもレギュラークラスとは言えないが、そのバットコントロールとパワーは木戸を上回る。長距離打者で代打ばかりだった割に去年のチームでは打率トップなのだ。
木尾が振りかぶって初球を投げた。丸山のバットが鋭く空気を切り裂きながら振られ、同時にキーンと甲高い音がして打球はレフト前に抜けていった。
「思ったよりも角度があるな、悪くない。
おっし、どんどんこーい」
その後五球ほど投げ、すべて外野へヒット性の当たり、うち一本が柵越えだった。あまり叩いてやるなよ、と思いながらもこれも洗礼なので仕方ない。
さて次は木戸の番、のつもりだったが、キャッチャー交代で用意があるので先に僕が打つことにした。
「それじゃ木尾、よろしくー、二球バントしてからあと五球で頼むー」
「わかりました!」
僕は一塁線、三塁線と二度のバントの後いったん下がり、素振りをしてからバッターボックスへ戻った。
木尾はド真ん中へ素直なボールを投げ、僕は短く持ったバットできっちりととらえた、はずだったが、バットにかすったボールはバックネットへ向かって飛んでいった。
思ったよりも手元で伸びているのか、角度を意識しすぎたのかわからないが打ち損じたようだ。しかし次のボールも思ったよりも下を叩いたらしく三塁側ベンチ前へのファールフライだ。
「カズ、手こずってるじゃないか。
ちゃんと打ち頃が来てるのに珍しいな」
足元からチビベンがマスク越しに声をかけてきた。
「なんだかね、投げる方ばっか意識してたからか調子がつかめないみたいだよ。
でも最後くらい打つさ」
僕はそう言ってバットを構えなおした。球筋を意識しすぎないようボールをよく見て来た球を打つことを心がける。そして三球目以降はセンター方向へきれいに打ち返すことができて、木尾の前にある防球ネットに当たってマウンド前に転がった。
「ふう、なんとか形になったかな、でも守備練習の役には立てなかったわ」
「まあそんなこともあるさ、どっかの誰かは柵越え打っちまうしな。
次は俺の番だぜ」
そう言いながら木戸が後ろから僕の肩を叩いた。
「木尾! 俺の事も打ち取りに来いよ!」
「はい! よろしくお願いします!」
木戸は長打もあるが、どちらかと言うと広角打法で野手の間を抜くバッティングが得意だ。背丈は丸山よりは低いが、野球部の中では三番目で体格は丸山の次にがっちりしている。
木尾が投げた初球は少し上ずって高めに浮いていたが、それをうまく引き付けて左中間へ打ち返した。二球目も同じような高めだったが今度は右中間へ流し打ちをする。
「落ち着けよ、上ずってるぞー、力を込めるのと力が入るのは違うからな」
「はい! すいません!」
三球目からは低めに集まってきたが、木戸はセンター右左とライナーで打ち分けていた。
「最後にフォーク投げてみてくれ、本気でなー」
それを聞いて木尾は頷き、チビベンは体ごとミットを低く構えた。長身から投げ下ろされたボールは真っ直ぐと変わらない球筋にも見えたが、打者の手前で急激に地面へ向かう。
木戸は一呼吸おいてから全力でバットを振り、その落ちていくボールをなんなく掬い上げた。大きな弧を描いて飛んでいったボールはセンターの頭上をはるかに超えて柵の向こうへ消えていった。
「ま、こんなもんか、来る球がわかってりゃ打てて当たり前だしな。
木尾! いくらいい球があってもバレバレなら打たれちまうってことさ」
「はい! わかります!」
「よっし、カズと交代だ、お疲れさん。
一休みしてからファースト行ってくれ」
「ありがとうございました!」
どうやら木尾が落ち込んだ様子はなさそうで一安心だ。それにしても自分で守備練習になるように打てと言っておいて、自分も柵越え打つとはあきれるやつである。
しかし木戸が言ったように、いくら球が良くても球種とコースがわかってしまえばある程度のバッターには簡単に打たれてしまう。そのためにも練習を重ね、キャッチャーとの信頼関係を築くことが必要なのだ。バッテリーはそんな二人三脚な関係なので夫婦に例えられることがあるのだろう。
僕と木戸やチビベンはたった一年の付き合いだが、結構いい感じの関係を築けていると思っている。この調子で夏の大会予選に臨むことが出来たら結果もついてくると信じたい。ボールの感触を確かめつつウォーミングアップのキャッチボールをしながら、これってもしかしたら男女の関係も似たようなものかもしれないと感じていた。
咲と僕はどれくらいの時間で完全な信頼関係を築けるんだろうか。そんなことを考えながらマウンドで準備をしていた。