チビベン異変
部室の前に行くと僕達の荷物を含め結構な量が表に出されている。これをまた戻すのは授業が始まる前に終わるのか心配になる。
「マネちゃん、サンダル取ってもらっていいか?
そのまま入るとまた床汚しちゃうからさ」
「はい、主将! 今お持ちします! 全員分ですよね?」
「うん、その奥にあるバケツに入ってるのわかるかな」
「取りに行ってもいいんだけどまた中が砂だらけになっちまうからさ」
「大丈夫です! ありました! 今お持ちします!」
そう言って由布が部室の中から大きなバケツを持って出てきた。それは僕らがいつも使っているシャワー用サンダルの山だ。
「おうこれこれ、マネちゃんサンキューね。
あと、俺の事は主将じゃなくて木戸先輩でいいよ、もしくはせんぱーいでよろしく」
「あはは、わかりました、せんぱーい」
「いいねえ、ノリがいい子好きだぜ。
これからもそんな感じのノリでよろしくな」
「まったく、バカなことやってないで早く行こうぜ、授業間に合わなくなっちまうぞ。
一年はそろそろ出てくるだろ、やつらはサンダル持って行ったのかな?」
丸山が珍しく人の心配をしている。別に自分勝手なヤツなわけではないが、周囲に気を使うことが得意ではなかった丸山も、さすがに上級生としての意識が出てきたのかもしれない。
スパイクとソックスを部室の前で脱ぎ、サンダルへ履き替えてからシャワー室へ向かう。今までならユニフォームすら脱いで行くこともあったが、真弓先生から注意されてしまったので全員がユニフォームのままだ。
シャワー室へ行くと一年生がちょうど制服へ着替え終わっていたところだった。どうやら倉片も汗を流したようで一安心である。
「お前らさ、シャワーするときはこのサンダル使っていいんだぞ。
使い終わったら部室へ持っていくのを忘れないようにしてな」
「そうだったんですね、次から使わせていただきます」
「ありがとうございます!」
今年の一年生は素直で癖のない奴ばかりだ。去年の一年生、つまり僕達は曲者ぞろいで上級生とよくぶつかったものだけど今年はそんなことは起きないだろう。
特に去年、レギュラーになれなかった丸山とハカセは、いつか辞めてしまうんじゃないかと心配していたほどだ。それほど現三年生の元部員たちは威張っていて嫌なやつが多かった。
今も残っている三年生は控えだったがプレイはそれなりにこなすし、何より性格が温和で余計な口出しをしてこない。そのおかげもあって、今年木戸が主将になってからはすべてがうまく回っていると感じている。
だからこそ僕達は威張り散らしたり命令したりせずに、練習は厳しくしても準備や後片付け、グラウンド整備等を率先してやるようにしているのだ。
「じゃあお先に失礼します!」
「おう、また放課後な、くれぐれも部室をきれいに使えよ。
マネちゃんは怒らせると恐そうだからな」
「そうですね、倉片以外は別のクラスなんであんまり会うことはないですけど」
嶋谷がそう言って倉片の方を見て笑っていた。一年生同士もすでに大分仲良くなれているようで何よりだ。
さてと、僕達も早くシャワーを済ませないとホームルームに遅れてしまう。今まであまり気にしてなかったが、もしかしたら汗臭いまま教室へ行っていたこともあったかもしれないと、先ほどのやり取りを思い出していた。
それに僕のすぐ後ろには咲がいつもいるので臭いなんて思われたくない。僕は念入りに汗を流してから制服へ着替えた。
他の部員もやはり気になっているようで、普段はざっと流して終わりにしているのに今日のシャワー室には石鹸の香りが漂っている。
「なんだよ、木戸だって気にしてるんじゃないか」
「そういうチビベンだっていつもは体流すくらいのくせによ。
ま、俺の場合は女子に囲まれることが多いから気にする必要があるけどな。
でもチビベンはそんな必要ないだろ」
「なんだよ、それ、まるで俺が……
いや、やっぱいいや、木戸の言う通りだしな」
いつもなら、口の達者なチビベンが木戸相手にあっさり引くことなんてないのにどうしたんだろうか。調子でも悪いのかと思い僕はチビベンの顔を覗き込んだ。
その表情は別に具合悪そうでも悔しそうでもなく至って普通の表情だ。どちらかと言うと木戸のほうがにやにやしていておかしな雰囲気である。
「チビベン、言い返さないのか? 珍しいな」
「う、うん、別にいいんだ、事実だからな」
「違うんだよカズ、実はさ……」
「木戸! もういいだろ、教室行くぞ、じゃあまた昼休みな」
そう言ってチビベンは木戸を引っ張って行ってしまった。丸山も何やら含み笑いをしているように感じるが気のせいだろうか。
そんなどさくさで朝練参加の二年生三人ともが先に行ってしまったので、僕は仕方なく部室へスパイクを片付けに向かった。
部室ではまだ由布が掃除をしている。まったく頑張り屋で頭が下がる思いだ。
僕が近づいたことに気が付いた由布が大声で、いや本人は普通の声のつもりだろうが声をかけてきた。
「吉田先輩! お疲れ様です!
スパイクの土は落としておきました!
部室の中に新聞紙引いて影干してあります!」
「まじか、なんか任せきりにしてしまって悪かったね。
これ以上遅くなって遅刻になるとまずいから早く行きなよ。
鍵は僕が閉めてホームルームで真弓先生へ返しておくからさ」
「そうですね! 先輩も遅れないようお気を付けください!
ではまたお昼に伺います!」
そう言って由布は走って行った。僕はそれを見送ってから出してあった荷物をしまって部室の鍵をかけ教室へ向かう。
結局ロッカーの片づけは出来ていないので放課後にでもやらないといけないな、と考えていてふと気が付いた。
今なんて言った? 放課後じゃなくまたお昼にって…… 今日もゆっくりと昼飯を食べられそうにないなと思いながら僕は教室へ向かった。