謎は解明すべきか楽しむべきか
父さんたちを見送った僕はシャワーを浴びて制服へ着替えた。そして学校へ行く用意をしてから朝食をとる。牛乳にきな粉をどさっと入れ一気に飲み干した後バナナを食べていた僕は、ふと何かを感じ玄関へ向かった。
僕の勘は大当たりで、ドアを開けてほんの数秒後には咲の姿が視界に入った。
「おはよう、咲」
僕はそう言いながら玄関の中へ咲を迎え入れた。表で話していると誰かに見られるかもしれないが、その場合は僕が約束を破ったことになるのだろうかと気になる。
二人は玄関先に並んで座った。咲の肩が僕の腕に寄りかかり、ほんの少しだけ重みを感じるがそれはとても心地よいものだ。
「おはよう、出迎えてくれたなんて嬉しいわね」
「うん、不思議なんだけどなんとなく咲が来るのがわかった気がしたんだ」
「いい傾向ね、そのうち私の行動が筒抜けになってしまうかもしれないわ。
キミのことが私に筒抜けなようにね」
「えっ、そうなの!? そんな…… まさか……」
「うふふ、冗談よ、でも全部はわからなくても少しはわかるようになるものよ。
テレパシー、日本語だと以心電信って言うんでしょ?」
「まさかそんなことあるのかな、確かに昔から以心電信とか第六感って言葉はあるけどさ」
「でもキミは現に何かを感じてこうやってドアを開けたわけでしょう?
信じるも信じないもキミ次第だけどね」
確かに咲の言う通りだ。僕は物音を感じたわけじゃなく、何となく咲が来るような気がしただけだった。でもそれは時間的にそろそろかもという期待に基づいた行動だったような気もする。
じゃあ咲が僕の帰りに合わせて家から出てくるのはどういうことだろう。玄関前まで行くとすぐにドアを開けてくれるのはなんでだろう。やはり咲には僕の行動が筒抜けなんじゃないか、そう思うほかない。
僕が考え込んでいると咲が横でそっとささやいた。
「あまり難しく考えるものじゃないわ。
私がキミに会いたいと願って、その想いにキミが応えてくれた、それでいいじゃない?」
「ま、まあそうなんだけどさ。
やっぱり不思議なことがあるとどんなからくりがあるか知りたくなるじゃん」
「ふふ、わからないことがあるから世の中は面白いのよ。
何でも分かるようになったらきっとつまらない世界になってしまうわ」
「うーん、なんだかはぐらかされた気分だなあ。
だって咲は僕の行動を先回りしてるようなことが多いじゃん?
あれが不思議なんだ」
「私はね、特別なのよ、キミのことに関して、はね」
「僕のこと……
特別なのは嬉しいけど全部筒抜けなのは恥ずかしいな……」
「恥ずかしがらなくていいのよ、私はキミのことをすべて受け入れるわ。
キミが私を信じて約束を守ってくれているうちは大丈夫よ」
「理屈じゃないんだよ、恥ずかしいものは恥ずかしいんだからさ」
僕の頭の中には自分を慰めた行為が浮かんでいた。昨日はメールしながら寝てしまったから、咲とこうやって話していても後悔の念はないのがまだマシだ。
「大丈夫、信じて、ね?
キミのすべてはキミなのよ、当たり前のことかもしれないけど大切なこと」
そう言って咲はこちらを見つめる。僕はうつむき加減で頷いてから顔を寄せた。
お互いの唇は軽く触れる程度で何度も触れ合い、そして何度も離れる。その度に僕の顔は熱くなっていき体は強張っていく。
咲は僕の胸に手を当てている。心音でも確認しているのだろうか。その触れた手のひらはとても暖かい。
ふいに僕の頭の後ろに右手が回され左手は胸から背中へ移った。まるで逃がさないと言わんばかりの行動だが、僕にはその束縛感が嬉しくてたまらない。僕も同じように咲の腰のあたりへへ手を回した。
「んふふ、くすぐったいわ、さあ、こちらを見て」
「うん……」
数秒の間見つめ合った二人は最後に長いキスをした。
互いの唇が離れた後、僕が下駄箱の上に置いてある時計を見るとちょっと怪しい時間になっていた。あまりのんびりしているとまた遅刻してしまう。
「さ、行ってらっしゃい、愛しいキミ。
きっと今日もうまくいくわ」
「そうかな、でも咲がそう言ってくれるんだから間違いないね。
だって今だって僕の体に先から力が流れ込んでくるのを感じたんだ」
「本当に? あまり思い込みすぎたり入れ込みすぎたりしない方がいいわよ。
何事にも波があるんだから、うまくいかなかったときの落胆が大きくなってしまうかもしれないわ」
「うん、大丈夫、僕はやってきたことを信じて力を出すだけさ。
僕にどのくらいの能力が備わっているのかはわからないけど、咲のおかげでうまく引き出せると信じているよ」
僕は自分で何を言ってるかよくわからなくなったが言い方なんてどうでもよく、咲への信頼感を伝えたかっただけなのだ。
「そうね、キミの言うように、自分を知り、信じ、過信しない、これができていれば問題ないわね。
キミにはそれができると私も信じているわ」
「ありがとう、じゃあ間に合わなくなっちゃうから僕は学校行くよ」
そう言ってから二人揃って立ち上がった。その際、下駄箱の上にある木彫りの熊と目が合ってしまい、僕は思わずその熊を手に取って壁に向けて置きなおす。
咲はそんな僕を見て優しく微笑んだ。