そんなに僕が悪いのか
「あのね、正式に野球部のマネージャーになったんなら騒動になるような真似をしてほしくないんだよね。
次同じようなことしたら真弓先生に言って辞めてもらうよ、わかった?」
僕はフリースペースへやってきた一年生二人を前に説教じみたことをしていた。
倉片はまあ被害者のようなものなのでちょっとかわいそうになるが、掛川由布に関しては擁護のしようもない。
「で、倉片? なんで叫びながら走ってきたのさ。
周りの迷惑を考えないといけないだろ?」
「はい、すいません……
その…… 掛川さんと俺は同じクラスなんすけど、昼休みにカズ先輩達がいるところを教えろってうるさくて……」
何となく予想はしていたけど、やっぱりそんなことだろうと思っていた通りだった。まだ練習への参加もしないうちにこんなことになるくらいなら、マネージャーとして迎えるのはやめた方がいいかもしれない。
「でも! 吉田先輩! 倉片君も悪いんです!」
唐突に掛川由布が叫んだ。いや、叫んだのではなく本人は普通に話しているつもりだろうが、とにかく声がデカい。
「ちょっと、周りに人が大勢いるんだからもっと小さい声で話ししてくれよ」
周囲の目を気にした僕が振り返ると、木戸をはじめとした野球部員だけでなく、その場にいる生徒のほとんどがこちらに注目してニヤニヤしている。
これで完全に昼の居場所がばれたわけだ。まったく、これからは毎日困ったことになりそうだ。
「すいません…… 声が大きいもので……
でも聞いてください、私、お昼ご飯ご一緒したかっただけで……
それで倉片君に吉田先輩たちがお昼どこにいるか聞いたんです……
そしたら教室にいなければ部室、そうじゃなかったら屋上だって言うから、私全部行ったんですよ?
でも、でも! どこにもいなかったし、屋上なんて鍵がかかっていて入れなかったんですから!」
屋上、その言葉を聞いた瞬間、僕はあの日のことを思い出して鼓動が早まってしまった。掛川由布があの場所へ行ったなんて、なんとなく気まずい気持ちになる。
そんな僕の心とは無関係に目の前の日焼け女子は喋り続ける。しかもだんだんとヒートアップしているようだ。
「だから教室へ戻って倉片君へ問い詰めたら、本当は知らないって言うじゃないですか!
でもそんなのおかしいからさらに問い詰めたらいきなり逃げ出したんですよ!
急に逃げ出したんで思わず追いかけただけで、そうしたらここへ来てしまったというわけなんです!
しつこくした私もいけないですけど、いきなり逃げ出すのは情けないと思いませんか!
いいえ! 体育会系男子にあるまじき行為! 情けないですよ! 先輩もそう思いますよね!」
掛川由布は話しているうちに興奮してきたのか、さっきよりもさらにデカい声で矢継ぎ早に言葉を積み上げていく。早いうちに止めないとうるさくて仕方がない。
「わかったわかった、確かに倉片も悪いな。
でも走って追いかけ回すことはないだろう? それにとにかく声が大きいよ」
「あ、すいません…… つい興奮してしまって……」
「倉片もなんで逃げたりしたんだよ、知らないで押し通せばよかったのに」
「俺なりに考えた結果が裏目に出たみたいですいません……
午前中の休み時間にいきなり話しかけてきて、野球部のマネージャーになったからって」
「まあそれは事実だけどさ、それと昼飯は関係ないだろ?」
「いいえ、関係大ありです。
普段の食生活に問題がないかどうかチェックさせていただきたかったんです」
熱心なのはいいがあれこれと監視管理されるのは迷惑だ。まったくこの子は思い込んだら真っ直ぐ突っ走るタイプみたいだな。
「だからお昼ご飯をご一緒しようと思い、倉片君へ居場所を聞いたんです!
邪な気持ちなんて全くありません! 本当です!」
そう力強く言い切る掛川由布だが本心はわからない。とにかく昼のゆったりとした時間を邪魔されるのは迷惑極まりない。
「あのね、僕達がお昼何食べようとそこまで問題じゃないよ。
しっかり食べてしっかりと練習して、ぐっすり寝れば結果はついてくるものさ」
「でも…… でも私、先輩たちと一緒にお昼ご飯食べたいんです……
もしかして邪魔なんですか? 二年生の場所だから一年生が来たら迷惑かかりますか?」
僕はとても嫌な予感がしてきた。まさかまた……
昨日のようにこんなところで泣かれてはたまらない。ただでさえ声がデカくて目立っているのに、これ以上なにかやらかされたら僕が悪者になってしまうかもしれない。
ところが掛川由布は涙ひとつこぼすことなくあっけなく引き下がった。
「わかりました…… 教室へ戻ります……
吉田先輩、倉片君、ごめんなさい……」
予想に反して、しおらしく呟いた掛川由布はうつむきながら立ち上がり、膝にのせていた自分の弁当箱をもってとぼとぼと歩き出した。それを追うように倉片も立ち上がり、僕達へ一礼してから由布の後ろについて戻っていった。
やれやれ、とんだお騒がせマネージャーだ。今後大丈夫なんだろうか。そんなことを考えながら木戸たちの方を向いて肩を竦めた僕に、さすがの木戸も苦笑いを返した。
ようやく静かな時間が戻ってきたと安堵した僕達は、午後の授業まであと少しになった時間を惜しむように雑談を再開した。
「あれが噂の女子マネか、かわいいけどなかなか濃いキャラだったな。
カズの事随分慕ってるみたいだからもっと優しくしてやりゃいいのによ、もったいない」
丸山が笑いながらおかしなことを言う。何がもったいないだよ、人の気も知らないで。これからの毎日を考えると気が重いということを少しぐらいわかってほしいものだ。
「でも真弓センセが言ってたように熱心そうに見えたな。
案外助かるかもしれないぞ、ちゃんと面倒見てやれよ、カズ」
チビベンまで無責任なことを言ってくれる。それを聞いて木戸もハカセも頷いていた。まったくこいつらときたら…… なにか問題が起きたら困るとかそういう考えはないのだろうか。
そんなバカ話で盛り上がっていた僕らの背後、つまり掛川由布が去って行った廊下の先から突然大きな泣き声が聞こえてきた。
そして僕はこの後真弓先生に呼び出されることになったのだった。