練習後の待ち人
練習が終わりシャワー室は大混雑だ。僕はシャワーを後回しにして部室へ戻り後片付けを始めた。
しばらくすると先にシャワーを浴び終わった部員たちが戻ってくる。僕は入れ替わりでシャワー室へ向かった。どうせ家に帰って風呂に入るのから無理にシャワーを浴びる必要はないけど、やっぱり制服へ着替える前にはさっぱりしておきたい。
シャワー室ではまだ、木戸と丸山がシャワー中だ。僕も着替えを棚に放り投げ空いている場所に入り蛇口をひねった。
熱めのシャワーが気持ちよく、僕は突っ立ったままで頭の上から湯を浴び続ける。少ししてから湯を止めてスポンジに石鹸をつけて体を洗う。
そういえばこの後家に帰ってからどうしようか。家でもう一度風呂に入るとしても夕飯を食べた後になるだろう。
もちろん咲に夕飯に呼ばれていることは忘れていないし、考えとくと言いつつも行く気満々である。僕は念のため汗のにおいが残らないようにしっかりと体を洗っていた。
シャワーを終えて待っている木戸が声をかけてくる。どうやら丸山と筋肉の付き具合を比べているようだ。こいつらは頭の中まで筋肉でできているのかもしれない。
「カズ、随分念入りだな、これからデートでもあるのか?
どうせまた家で入るんだからっていつもは軽く浴びるだけなのによ」
「さっきも女子の声援がすごかったしなあ、あやしいぞ」
二人とも勝手なことを言っている。まあ違うと言い切れないとこでもあるのだが、デートとは違うんだと説明したくなる。
しかし僕と咲は他言無用、秘密の関係なので誰にも言うことはできない。かといって全力否定すると勘ぐってくるかもしれないので、あくまで平静を装いいつも通りに自然体で返事をした。
「なにバカなことばっかいってんだよ、いい加減着替えて帰ろうぜ。
また真弓先生に覗かれちゃうぞ」
「そうだな、風邪ひいたら困るしよ、マルマン、さっさとラーメン行こうぜ」
木戸は賭けに勝って上機嫌なのか、ウキウキしながら丸山とラーメン屋へ行く相談をしている。しかし納得しがたい僕は木戸へ突っ込みを入れた。
「ちょっと待てよ? 勝負したのは僕なのに木戸が丸山に奢ってもらうのはおかしくないか?」
「やっぱそうだよな、俺もおかしいと思ってたんだ。
おい木戸、奢りは無しな。
でも食いには行こうぜ、いいとこ見つけたんだ」
「あんま遠くなきゃいいぜ、店の手伝いがあるからな」
二人は中学は別々だったのだが、家はそれほど遠くないらしい。よく帰りに何かを食べに行くと言っていた。しかもその後家に帰ってから夕飯も食べるというのだから驚きだ。
「食べ過ぎて太ると動きが悪くなるからほどほどにしてくれよ?
木戸はともかく、丸山は去年よりだいぶ増えてるんじゃないか?」
「いやそんなことないよ、パワーアップしてるだけで太ったわけじゃないさ。
現にちゃんと守備もできてるだろ?」
「もともとそんなうまくないけどな」
そう言って木戸は丸山を冷かした。僕は思わず笑ってしまったが、選手層が薄いうちのチームでは笑い事じゃすまないかもしれない。バッティングがピカイチなのでスタメンは確定だが、守備に穴があると狙われやすくなる。
「まあスタメン落ちするほどじゃなければいいんだけどさ。
木戸と一緒にウェイトトレやったらいいのに」
「いやあ、あれは俺に向いてないよ。
もういい季節だから週末は親父と山行くし、たっぷり歩いてくるさ」
丸山の父親は渓流釣りが趣味で春から秋まではほぼ毎週山奥へ出かけている。丸山もその影響で釣りが好きになり一緒に出掛けているらしく、どうやら山道や川の中を何キロメートルも歩くらしい。
「ま、人それぞれ向き不向きがあるってことよ。
カズなんて暇さえあれば走ってるしな」
「まあね、下手な陸上部よりも走ってるかもしれないな」
「そうそう、親父さんにたまにはうちに飲みに来てくれって言っといてくれ。
うちの親父がうんとサービスするから来てくれるよう伝えろってうるさいんだよ」
「最近は行ってないのか、わかった、伝えておくよ。
昨日はどこで飲んでたのか知らないけど、ベロベロで大変だったんだ」
「酒は飲んでも飲まれるなって言うんだけどな」
木戸がそういって笑っている。その意見には僕も大賛成だ。今日は軽くで引き揚げてくると言っていたけど実際どうかはわからない。一応覚悟しておくことにしよう。
「じゃあ先に帰るぜ、戸締りよろしくな。
マルマン、行こうぜ」
そう言い残して二人は走って行った。僕はシャワー室の床をざっと流してから忘れ物の確認をして扉に鍵をかけた。
部室に戻ると一年生が何人か待っていたようだ。
「どうした? まだ帰っていなかったのか」
「はい、挨拶もしないで先に帰るのは失礼かと思いまして」
「いやいや、待ってなくていいんだよ。
最後は家の近い僕が戸締りをして帰ることにしているからさ。
木戸たちと一緒に帰ってよかったんだぜ」
一年生はまだ入ったばかりなので勝手がわからないようだ。うちの部は先輩が絶対権力だ、みたいなバカな決まりはなく、練習も好きに参加すればいいことにしている。
ただし、参加すると決めたら絶対に来ることが条件だ。もちろん練習への取り組み方と実力を見てレギュラー入りも決まってくるので、のんびりしてればいいってわけではない。
一年生たちは僕の言うことを聞いて少し表情が和らいだようだ。しかし、もうちょっと気にかけてあげないと緊張がほぐれずなじむのに時間がかかってしまうかもしれないとも感じていた。
その時、倉片が僕に話しかけてきた。こいつは僕と同じ中学出身で野球部の後輩なので、他の一年生よりも馴染んでいるのでまあ安心だ。
「カズ先輩、中学の時より球威もコントロールも良くなっているんですね。
俺も早く硬球に慣れないといけないと思いましたよ」
続けて木尾が口を開いた。
「あの、今日のピッチング練習と丸山先輩との勝負、凄かったですね。
どうやったらあんなすごいボール投げられるんでしょうか」
「うーん、僕もわからないけど今日は特に調子が良かったんだ。
特別な練習はいらないさ、でも走りこむことは大切にしているよ」
「やっぱりまずは走り込みですか」
「うん、毎朝三キロメートルくらいは走ってるかな、もちろん朝練の前にね。
あとは体をいじめすぎずにきちんと休憩もとることかな」
「日曜に練習がないのはそのためですか?」
「そうだね、練習試合とかが入ればその限りじゃないけど、基本的には週五回の練習で十分なはずさ。
物足りないかい?」
「いえいえ、中学の時よりも中身が濃いとは感じています。
これは一年生全員が感じていることなんです」
「そうか、それはよかった、なにか不安とか相談があったらいつでも言ってくれよ。
僕や木戸、チビベンなら話しやすいと思うんだよね」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ僕は戸締りして鍵を返しに行くからさ。
みんなは気を付けて帰ってくれ」
「はい! お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
元気よくあいさつした一年生たちは頭を深々と下げ部室から出ていった。僕もそろそろ行くとしよう。
鞄を持って表に出てから部室に鍵をかける。そして職員室へ向かおうと振り向いた瞬間、いつの間にかそこに立っていた人物に驚き、思わず奇声を発してしまった。




