一世一代の大舞台
「おっし! 遅れてるやつはいないな!
この試合必ず勝てる! 気合れてけよ!!」
「「「おおおお!!! 勝つぞおお!!」」」
「それじゃオーダーだ!
1番 キャッチャー、俺
2番 ライト、マルマン!
3番 サード、池セン!
4番 レフト、柏原センパイ!
5番 ファースト、涌井センパイ!
6番 センター、チビベン!
7番 セカンド、まこっちゃん!
8番 ショート、シマ!
9番 ピッチャー、三田!
以上だ!!」
「昨日大体聞いてたから今更驚きはしないけどさ、右四人ならべてあと左って偏り過ぎだろ。
まあ右体右はあまり気にしないで良いとは思うけどさ」
「その通りだな。
縦変化主体だし問題ないさ。
それよりも二番手ピッチャーが気になるぜ」
「二番手って僕のことか?
調整はバッチリだから心配しないでくれよ!
こないだの練習はたまたまだってば」
僕はこの間の練習で見せてしまった不甲斐ないところを引きずられているのかと思い、とっさに弁明した。しかし木戸は首を横に振る。
「いや、矢島の二番手な。
山尻は全部投げないけど、次に出てくる奴がわからねえ。
データ上では十一番の左だけど、こっちは右並べてるし、こないだも三回投げてるからな。
マネちゃんの手元にも三番手のデータが無いんだわ」
「まあ三番手なら気にしなくてもいいんじゃないか?
先発がエースならそれ以上のは出てこないと考えられるしさ」
「カズ、それは油断ってもんだぜ?
そんなんじゃ勝てる試合を落とすことになりかねねえ。
もっと気を引き締めろよ!」
いや…… お前がそれを言うのか、と言い返したかったが、指摘自体はもっともなので素直に返事をしておいた。
それにしても一年生で決勝スタメンの飯塚まこっちゃんと嶋谷は、はたから見ても大分固くなっている。逆にスタメン入りできなかった倉片やオノケンは悔しいだろう。オーダー的には三年生を優先して出しているような気もするけど、足の速さがいまいちな長崎先輩は控えに回っている。ということはやっぱり機動力も重視しているということになるのか。
しかし、一、二番に主軸を持ってくるなんて思い切った作戦だ。きっと立ち上がり出鼻をくじいて主導権を握りたいのだと思うが、そのあと続かなかったらどうするつもりなんだ?不安は残るが、木戸の野球勘を信じてやるしかない。しかも僕はベンチスタートだから何もできないし……
せっかく咲が応援に来てくれているのに、スタートからいいところを見せられそうになくて残念だ。こんなに投げたいと思ったのは久しぶりかもしれない。
昨晩の出来事もあって、やっぱり僕と咲は不思議な絆で結ばれていると確信している。だから焦っていいところを見せる必要は無いとしても、見せたいものは見せたいのだ。
こうして、それぞれがあれこれ色々なことを考えているうちに、練習、整列、挨拶、プレイボールと時間は過ぎていった。
僕たちは後攻なのでまずは守備へ散っていく。マウンドへ向かう三田へ声をかけると、気合は入ってるようだったけど声が裏返っていて少し心配になる。いつからこんなに心配性になってしまったのか、本来僕はもっと肝が据わっていたはずだ、と言い聞かせる。
とにかく出番がいつ来るのかわからないので、ベンチへ座ってからグラブをはめボールの感触を確かめておくことにした。そこでふと、僕と由布の間に置いてあるノートに目をやる。
「えっ? これってマネジャーが作ったやつ?
こんなことできるの!?」
「はい!
データ収集は趣味どころかライフワークなんです!!」
そこには相手バッターへ投げられたボールとスイングしたかどうか、結果がどうだったのかがグラフのようなものへ書かれていて、良くあるストライクゾーンの図には、投げるべきコースや球種がびっしり書かれていた。
しかもそれは手書きではなくきちんとプリントされていて、まるで初めから出来上がっているかのような出来栄えだ。一人一人がカードのようになっていて、これがいつも持ち歩いているファイルだったのかと驚くほかなかった。
「これを確認しながら木戸へサインを出しているってことかあ。
いや、マジですごすぎる…… びっくりしたよ」
「ありがとうございます!!
センパイに褒められたら私…… 嬉しすぎて泣いちゃいそうです!!!」
「ちょっと! それは困る!
ほら、真弓先生もにらんでるよ!」
「あんたたち、こんなところでやらかさないでよ?
それじゃなくても昨日は一滴も呑ませてもらえなくて機嫌悪いんだからね!」
さすがに決勝前の晩と言うことで、お許しが出なかったようだ。未来の旦那は案外厳しいんだな、なんて思うと緩んだ気持ちが表情に出たらしく、真弓先生に鋭い目つきで睨まれてしまった。
さてと、プレイがかかったので試合に集中しなければ。隣では、由布が木戸へ向かってサインを出している。もちろんいたって真面目な表情である。
一人目はいい当たりだったけど、ライトのほぼ定位置へ飛んで丸山が捕球でワンナウト。次はセフティーバントをかけてきたがファーストの涌井先輩が素早くさばいて一塁ギリギリアウト、いい立ち上がりだ。
クリーンナップへ入って三番、ここで三遊間を抜かれそうになるも、嶋谷が飛びついてキャッチ、しかしファーストへは投げられずに内野安打となってしまった。
矢島学園の四番は、練習試合の時に僕と力勝負した強打者だ。三田は以前よりも力押ししなくなっているが、かといって甘くかわしても捕らえられてしまうだろう。ここは丁寧に投げてもらいたい。
カウントはボールが先行してしまったが、うまいことファールを打たせて追い込んだ。そこから変化球の多投だったが粘られてしまう。結局根負けして四球となってしまった。今の打席は相当のプレッシャーがかかっただろう。
木戸はマウンドへも行かずにデカい声で三田へ声をかけている。落ち着けと言ったのは聞こえたが、それ以上の細かい会話は聞こえなかった。普通はバッテリー間の会話を聞かれたくないと考えるものだが、こいつにかかるとそれも駆け引きの材料になる。
ツーアウト、走者一、二塁で五番が打席へ入った。ここで初球のカーブに手を出して内野ゴロ、これは大いに助かった。あとあとこれが響いてくるかもしれない重要な一球になりそうだ。
「いいじゃん三田! 十分だぜ!
この調子で次も抑えちまおう」
「すでにもうヘトヘトだよ。
あの四番、マルマン並みにしびれるやつだな」
そこへ由布が声をかける。
「矢島の四番ですが、今季の予選ですでに四本塁打です!
ちなみに出塁率が八割弱なので選球眼も抜群ですね!
でも丸山センパイは七本塁打、出塁率が九割超えてますから、ハッキリ言って化け物です!!」
「おいおい、化け物はひどいぜー
せめて超高校級とか言ってくれよ」
「そう言えばそんな言葉もありましたね!
すいませーん!!」
由布が首をかしげながら舌を出した。
さてと、僕たちの攻撃である。本当にうまくいくのかはわからないが、少なくとも木戸と丸山は何かやってくれるはずだ。
「ほいじゃマルマン、あと頼んだぞ。
今日は気分が乗らねえから走りたくねえんだ」
「お前いつも走りたくないって言ってるじゃねえか。
まあ任せとけよ、練習試合の再現をしてやるさ。
ナナコーのヘンテコグラウンドじゃないから今日はスタンドインだな」
そういえば丸山は矢島学園との練習試合、両チーム無得点の最終回裏に、グラウンドの外周走路まで飛ばしてサヨナラ打を打ったのだった。
木戸が、丸山とベンチへ後ろ手で手を振りながら打席へ向かう。相手の予想通りではないだろう、この打順が吉と出るか凶と出るかがもうすぐわかる。
ベンチのみんなが声援を送り、今日はスタンドに観客もいてにぎやかだ。こんなに応援してもらったのは初めてだろう。その中にはもちろん咲もいるのは間違いない。
初球はストレートか? まずは簡単に見送った。次はスライダー系で低めに外れてカウントはワンワンとなる。三球目が投じられた瞬間、僕は思わず腰を浮かせた。
甘いところへ浮いたと思われたその一球はを、木戸は下から掬い上げるようにスイングし、いきなり先頭打者ホームランを打ってしまった!
ゆっくりと戻ってきて打席へ向かう丸山とハイタッチ、そのままベンチへ戻ってきた。
「やっぱあれってカズのと同じ球だな。
ツーシームジャイロってやつだろ。
でもあのスピードじゃ俺たちは抑えられねえよ」
「やっぱりそうなのか、投げた瞬間そんな気がしたよ。
それにしてもうまく打ったなあ。
しかも先頭打者ホームランなんてビックリだ」
「俺も始めて打ったからな!
ちょっと癖になりそうだぜ」
そんなことを話していたら突然大きな歓声が聞こえてた。思わずグラウンドを見るとベンチを指さしながら一塁へゆっくり進んでいく丸山の姿があった。
「かー、あいつも打ちやがったか。
これじゃちっとも差が縮まらねえよ」
「やっぱり丸山センパイは化け物です!
すごいです!! 感動です!!!」
いやはや、確かに化け物である。特に今季はめちゃくちゃ調子がイイらしく、凡退自体二回くらいしかしていないはずだ。
「んじゃまみんなも頼むぞ!
昨日メールしたように、低めに沈むやつを狙っていくこと。
とくに真ん中へ来たように感じたらそれよりも低く来るからな。
スポンジ打ちを忘れるな!」
「「うっす!!!」」
あっさりと二者連続ホームランなんて出たものだから、ベンチ内もスタンドも大騒ぎだ。それは僕も同じことで、チームメイトと手を叩きあっていた。だがそうそうは上手くいかず、後続は三人で斬って取られてチェンジとなってしまった。