たい焼き屋前ミーティング
準決勝が終わってから色々なことがあって慌ただしい毎日が続く。あと一つ勝てば甲子園行きが決まるということでチームの士気は高いし、僕の調子も上り調子で本番が楽しみだ。泣いても笑ってもあと一試合ですべてが決まる。とにかく全力を尽くすことだけ考えよう。
「おっし! それじゃ決勝前の練習はこれで最後だ!
今まで十分やってきたんだからきっと勝てるぜ!!
三年生は最後の夏、思い切ってやってくれ!
一年坊は初めての大舞台に立てたのが幸運じゃなくて実力だと自信を持て!」
「「「おおー!!!」」」
木戸のあいさつで〆たあとは、ここ最近の定番であるたい焼き屋での雑談だ。僕たち以外にお客さんを見ることが少なかったのだが、最近ではバレー部も立ち寄っていると聞いた。
ということで、待ち合わせしていたらしいチビベンの彼女たちも合流し、ワイワイと騒いでいた。ちなみに丸山が紹介してもらった一年生は、同級生に告白されて付き合うことになったらしく、それ以来気まずくなって野球部のいるところには顔を出さなくなったようだ。
「そう言えばさ、こないだ小町が普通に話しかけて来てたよな。
木戸は寝たまま歩いてたから聞いてなかったかもしれないけど。
きっとちゃんと謝ったのが効いて許してくれたんじゃないか?」
「んー、あいつの考えなんてわかんねえ。
でもカズんとこの教室へは行きやすくなったな。
もしかしたらお前の彼女がよく一緒にいるから、そのおかげかもしれねえよ?」
こんなに人がいるところで! 今なんでそんなこと言うんだよ! と言う前に、バサッとカバンを落とす音がして、僕は恐る恐るそちらを向いた。
「吉田センパイ…… 彼女いたんですか?
前に聞いた時はいないって……
今はそういうの興味ないって言ってたのに嘘だったんですか?」
「いや、違うんだ、そう言うことじゃなくてね?
ちゃんと説明するからさ、落ち着こう?
ほら、たい焼き落としちゃうよ?」
これは久しぶりに大泣きされるのを覚悟しないといけないかもしれない。最近はおとなしくて平和だったんだけど、さすがにあれだけストレートに感情をぶつけて来ていた由布にとって、今の話は寝耳に水、青天の霹靂だろう。
しかし予想に反して由布は泣き出しはしなかった。その代わりに、手に持っていたたい焼きをあっという間に口へ押し込み、もぐもぐと頬張ったまま僕へ突進してきた。
「泣きませんよ!!
明日の大事な試合の前に迷惑かけたくないですから!!!
でも少しでいいですからこうさせてください!!!!」
確かに大声で泣いたりはしなかったけど、僕にしがみついたままで肩を震わせている。こういうときは抱き寄せた方がいいのか、何もしないのがいいのかわからず、僕は戸惑いながら両手を上げてみた。
「マネちゃん、黙っててすまなかったな。
わざわざ教えることもないと思ってたのに、うっかり口が滑っちまったよ」
木戸よ、それはフォローになっているのか? ずっと隠しておくつもりだったと言われたら由布はどう思うんだろう。たい焼き屋の前には、何となく気まずい空気が流れている。
ここで空気を読まないことでは野球部イチと思われる丸山が口を開いた。
「マネジャーちゃんよお、そう落ち込むなよ。
ここにプロ入り間違いなしの大物で、彼女がいないフリーないい男がいるじゃねえか」
由布が掴んでいたYシャツから手を離して振り向く。そして強烈な一言を放った。
「丸山センパイは野球だけは凄いですけどタイプじゃないんです!
私だって誰でもいいわけじゃないんですからね!!
センパイは誰でもいいみたいですけど!!!」
ハッキリと否定された丸山はがっくりとうなだれ、それを見たやつらがくすくすと笑いだした。それを聞いて気持ちが落ち着いたのか、由布も一緒に笑い始める。僕はそれを見てホッとしていた。
「ちなみにセンパイの彼女ってどんな女子ですか!?
まさかあのストーカーじゃないですよね!?
それとも神戸センパイですか!?」
「ストーカーって…… 誰のことかわかんないな……
あと神戸さんでもないよ。
同じクラスの子なんだけど、みんな多分知らないかな」
「そうですか……
でも明日は応援に来るんですよね!?
ちゃんと紹介してくださいね!!
センパイに相応しいかどうか確認したいですから!!!」
いやいや、キミは僕の保護者なのか? と言いたくなったけど、さすがにそんなことは言えず、しぶしぶと了承するしかなかった。
「多分明日は一家総出で来るだろうなあ。
みんなのうちもそうじゃない?
えっと…… 三田んちも両親来るよな?」
「ああ、来てくれると思うよ。
心配しなくても母親は家に帰ってきてるし、父親も反省して土下座してたしな。
まったく世話のかかる親だよ……」
「無事解決したみたいで良かったな。
明日は先発なんだから、試合に集中できないと困るぜ?」
今日の木戸はガラにもなく興奮しているのかわからないが、思ってもみないことを突然言い出す。本当に三田が先発するのか? 僕じゃなくて?
「はっ!? ウソだろ?
決勝だぞ!? カズが先発に決まってるだろうに!」
「最初はもちろんそのつもりだったんだけどよ。
準決も決勝も九回まであるだろ?
一応全国行く前に少しでも温存しておきたいじゃんか」
「それで試合ぶっ壊れたらどうすんだよ!
下手な策で失敗したら取り返しつかないぞ?」
「いやいや、マジダイジョブ!
二、三回でいいからよ。
それにあそこの投手は攻略済みだよ、な? マネちゃん」
「はい! バッチリです!
家に帰ってから全員にデータをメールで送りますから!!
決勝はコールドがないので、どうしても九回まで誰かが投げないといけませんからね!!」
「はっ? コールドってさ、山尻勝実はそんなに打たせてくれないだろ?
攻略法なんていつどうやって見つけたのさ」
「詳しくは後でな。
マネちゃんデータを信じなさーい。
さすれば救われるであろー」
木戸はふざけた口調で言っているが、余裕だと考えているようだ。しかしその気の緩みは返って危険じゃないんだろうか。僕は不安を隠せずにいたが、もっと不安なのは三田らしい。
「よお、本当に俺が頭から投げるのかよ。
そりゃ少しは自信あるけどさ。
正直、矢島相手にどこまで通じると思ってる?」
「ま、二回投げて四点ってとこかな。
そこからカズがゼロ行進すると、七回には追いつくか、うまくいけば逆転する計算だ。
どうせだから打順も教えておくか?」
「なんだか嫌な予感がするけど、一応聞いておくか……」
木戸が打順について軽く説明すると、全員がひっくり返りそうな勢いで驚いた。それはもちろん僕も同じことで、冗談ではなく本当にそのメンバーで行くつもりなのか再確認したくらいだ。
「大丈夫だってば。
スーッといってバコーンで全部解決よ。
山尻って投手で注意しないといけないのは、低めに来るツーシームだけだからな。
そのボールで下を意識させてから高め勝負がパターンだったのさ。
まあカズのボールを見てる俺らには通じないはずよ!」
「いくらなんでも楽観的すぎないか?
矢島はそんなに甘い相手じゃないだろ。
確かに練習試合では勝ったけど、向こうだって対策練ってくるはず。
攻略されるのはこっちかもしれないって考えも捨てちゃだめだと思うぞ?」
「まあ任せとけって、別に油断してるわけじゃない。
全員が最高のパフォーマンスを出せるようにおだててるだけさ」
「いや…… 全員の前でおだててるって言ったら効果ないんだろ……
お前は一体何考えてるんだよ……」
「ああそっか、あんま考えてなかったわ。
でもきっと打てるさ。
特にシマとチビベン、まこっちゃん辺りには期待してるんだぜ?」
「ええ? このオーダーで足使うつもりか?
ますますわからないなあ」
木戸がついさっき言っていた明日のオーダーは、どう考えても足を使うようなものではなく、良く言えば超攻撃的、悪く言えばバクチ打線だった。
僕は、木戸の異様なほど楽観的な態度を含めて、不安に包まれていくのを感じていた。