祝勝会は密談会?
思いがけない来客へ臆することなくかわいらしい挨拶をした咲に続き、江夏さんの奥さんが挨拶をしていた。どうやら夫婦で親しい様子だ。父さんはそれほど親しくなく、顔を合わせたことがある程度と言っていたからか大分緊張しているようだ。
野林監督の登場は、はっきり言って驚きを通り越してなにが起きているのか訳が分からないくらいで、緊張と言うより混乱しているというのが正直なところだ。
まあこれなら木戸や丸山みたいな格好で出迎えてもおかしくは無い。なんといっても野林監督は球界の重鎮なのだ。その後ろから、確か広報の方だと名刺をくれた人が続いて店内へ入る。
そしてさらにその後ろからは、宮崎選手と城山選手が現れたではないか!
「吉田カズ君、久しぶりだな。
今日の映像見せてもらったけど、えっぐいなあ。
ありゃ、再戦する前にもっと練習しておかないとまたやられちまうわ」
「いえ、そんな、今日はとても出来が良かったので結果が出せてうれしいです!
でもまだ決勝が残っているので、慢心せずに頑張ります!」
以前、県営球場で対戦してもらった宮崎選手と、またこうして話ができるなんて感激だ。そこへ木戸から突っ込みが入る。
「おい、お前宮崎選手と知り合いなの?
まさか監督もか?
つーか、あのカワイイ子誰よ? カズの彼女?」
「彼女じゃないよ!
宮崎選手とは、前に試合見に行ったときに、エキシビジョンに当選して対戦してもらったんだよ。
その時に監督とも挨拶させてもらってたんだけど、実は江夏さんと知り合いだったんだ」
「ほええ、なんだか縁があるってことか。
そんで今日うちを使ってくれることになったのかな」
「多分そうだね。
明日から隣の県で地方遠征が始まるだろ?
だから寄ってくれたんじゃない?」
そう言えば以前父さんがそんなことを言っていたことを思いだした。そんなこんなでなかなか現実に戻れず、浮ついたままの僕たちは表で立ち話をしていた。そこへ丸山が声をかけに来る。
「よお、見たかよ、チーターズ御一行様じゃん。
木戸んちってすごいんだな!
城さんとは久しぶりに会ったから嬉しいわ。
つーかはやく入って来いよ、大人たちはもう呑んでるぞ」
「えっ? 丸山って城山選手と知り合いなの?」
「おうよ、うちのチームで一年だけ一緒にプレイしてたんだぜ?
少年野球の頃だけどな。
それが今や期待の若手ナンバーワンだから、俺も鼻が高いよ」
なるほど、そういう事情があったのか。人の縁と言うのはわからないものだ。いつどこでどういう出会いがあるのか、その影響で何が起きるのかなんて全く分からない。現に僕は、咲と出会ってからガラリと変わったと感じている。色々な意味でだけど……
丸山に呼ばれて僕たちはせかせかと店内へ戻る。確かにもう宴は始まっていた。木戸の親父さんは、あらかじめ用意してたのであろう色紙を数枚積み上げてサインをもらっている。そこには『ごっさん亭さんへ』と書いてもらっているので、きっと店内に飾るのだろう。
「俺もあとでサイン貰お。
カズは前に貰ってるのか?」
「うん、練習用のキャップを貰ってそこにね。
でも色紙も欲しいなあ」
「オヤジにあと何枚くらいあるか聞いてくるわ。
なかったら買いに行ってこよう」
もう文房具屋は閉まってる時間だと言うと、あそこは同じクラスのやつんちだから大丈夫だと笑い飛ばされた。丸山は父親のワイシャツにサインを貰おうとし、選手にすら止められて我慢したようで、積み上げられた色紙を恨めしそうに眺めている。
大人組はすでにそこそこ飲んでいるようで、野球談議で盛り上がっている。見た目は完全なおっさんとなっている丸山も当たり前のように参加していて、らしいというか図太いと言うか……
そんな時、カウンターの前で木戸の親父さんが寿司を握るのを見ていた僕に背後から声がかかる。いつの間にか近づいていたのは江夏さんだった。
「江夏さん、今日はお祝いの席、ありがとうございます」
「なんだかついでみたいになって申し訳ない。
しかしカズ君、今日はやったなあ。
松白相手に完全試合なんて快挙もいいとこだ。
見に来ていたスカウトたちも評価を変えるのに大慌てだろうよ」
「スカウトなんて来ていたんですか?
外野にいた人達かなあ」
「どこにいたかまでは知らないけど、地方大会でも準決くらいからはどこも見に来てるよ。
とくに注目選手がいればなおさらさ。
松白からは、今年もドラフトにかかる選手が出るんじゃないかな」
「三年生はあまり目立っていませんでしたね。
でも一年生のキャッチャーは大したもんでしたよ」
今後もキャッチャーを続けるのか、それともピッチャーに専念するのかわからないが、野球センスはいいものを持っていそうだったなと思い返す。するとそこへ野林監督が現れた。
「良いキャッチャーがいたのは聞き逃せないなあ。
でもうちは来年即戦力キャッチャーを指名するかもしれんし、その子は他に獲られちまいそうだ」
「もう目をつけてる選手がいるんですね。
プロへ入るにはどれくらい練習したらいいんでしょうか」
「そうだなあ、投手なら投げ過ぎず、きちんと休養を取ることが第一だなあ。
走り込みは休まなくていいが、ダッシュ練習は控えた方がいい。
あとは慢心しないことも大切だろうなあ」
「なるほど、わかりました。
僕もスカウトの目に留まるような選手に慣れるよう頑張ります!」
「吉田君、キミは何を言ってるんだあ?
キミはもうリストに載っておるぞ。
もちろんうちだけでなく数チームの指名候補にな。
他にも七つ星からは二人はリスト入り確定だろお」
僕は手に持ったコーラのグラスを落としそうなくらいびっくりした。それってまさか!?
「それってどういう意味でしょうか?
僕と丸山に、まさかさっきおっしゃっていた即戦力キャッチャーって木戸のことですか?」
「ああ、この店の二代目なあ。
あの子には居酒屋を継ぐ道を諦めてもらわないといけないかもしれないなあ。
丸山ってこは一足先に城山から聞いていたからねえ、去年の春からチェック済みですよ」
今日はまったくもって平常心ではいられない、とんでもない日になった。いいタイミングで出てきた寿司をひとついただき、なんとか現実へ戻ってこようとする。そこへ江夏さんが大切なことを言ってくれた。
「でもな、あせっちゃだめだよ?
監督がおっしゃったように、しっかりと休養を取ることは大切だからね。
もっと頑張ろう、いいところを見せよう、認めてもらおうなんて考えをもっちゃだめさ」
「そうだなあ、あの時は本当にすまなかった。
変に声だけかけたもんだから、キミを必要以上に駆り立てることになってしまったからなあ。
でも吉田君には江夏、キミがついているようだからねえ、くれぐれも大切に育てておいてくれよ?」
「いえいえ、その経験が今活かされているんですから気にしないでください。
でもそんなこと言っていても、カズ君がチーターズに入るかどうかわかりませんよ?
なんと言ってもこの子はメジャー志向ですからね」
「それならそれで応援するさあ。
人生は長いが、野球選手として花を咲かせる時間は本当に短いのだからね」
江夏さんは監督の言葉に頷き僕の頭にポンと手を乗せた。それに続いて僕も大きく頷いた。
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