祝勝会のはず?
母さんに冷やかされながら待っていると、ほどなくして江夏さんの奥さんが迎えにやって来た。僕たちは乗ってきたタクシーへ便乗してごっさん亭へ向かう。
後部座席へ三人押し込むのは気がひけたけど、かといって身体の大きい僕が乗るのも迷惑だし、それに母さんたちの前で咲と密着してしまうのも恥ずかしい。となると一人で前に座ることが自然なことだ。
後ろでは母さんと江夏さんの奥さんが、年甲斐もなくキャッキャとはしゃぎながら咲をほめていて、聞いている僕の方が恥ずかしくなる。とはいっても咲が褒められているのはなんだか誇らしく嬉しい気持ちになるのだった。
ごっさん亭に到着すると、店の前に変な人が立っている。片方は寿司職人のような白衣を着ている木戸だったので、今夜は貸し切りだからとお客さんを断っているところかもしれない。
タクシーから降りると二人ともこちらへ振り向いた。その姿を見て僕は思わず吹き出してしまった。
「丸山! お前なんだよその格好は。
結婚式にでも行くつもりなのか!?」
「そうだよマルマン、ちゃんとしたカッコって言ったけど、タキシードは無いだろ。
お前の頭ん中は一体どうなってんだよ。
そうだ、ちょっと待て、写真撮っておいて明日にでも部のやつらへ見せてやろう」
「っざっけんなよ!
お前が詳しく言わねえから父ちゃんに相談したら着ていけって言われたんだぞ!
カズはなんかいつもと違ってジャージじゃねえしよお。
カジュアルとかフォーマルとか、なんか言い方あんだろうが!!」
「そんな難しいこと俺にはわかんねえよ。
まあユニフォームのままじゃなけりゃ十分だろ。
次はカズ撮ってやるよ。
おふくろさんたちも入って入って」
木戸は意外にマメでサービス精神旺盛なんだなと、居酒屋二代目っぷりが板についているのを意外な目で見ていた。
しかしなんというか…… 咲の存在に興味もないというのが不思議でならない。やはり僕が前に乗ってきて、後ろから女性三人で降りてきたのが正解だったのかもしれない。
そんなことをしていると店の扉が開いて、木戸の親父さんが顔を出した。
「シュウ! 店の前でいつまでも何やってんだ!
もう用意はできたからお前も着替えてこい。
お、吉田さんちの、それと江夏さんの奥様でしたね。
どうもごひいきありがとうございます。
できる限りの用意はさせていただきましたんで、そうぞ中へ入ってください」
木戸の親父さんがこんなに丁寧に話しているのを見たのは初めてだ。差し入れに来てくれた時に会うと、木戸が二人になったように思えるくらいだけど、さすがに営業中は違うらしい。
全員で店の中へ入ると、木戸が驚いて電話してきたのも無理はない。それはもう豪華な品々が並んでいた。はっきり言って僕もよくわからないが、街の居酒屋がちょっとパーティー会場のようになっていた。
壁沿いに並べたテーブルにはクロスがかけられて、銀色の皿や器にこじゃれた料理が乗せられている。そういや兄さんの結婚披露宴がこんな感じだったっけと思い出した。
「ステキですね、木戸さんには慣れないことお願いしたみたいですいません。
うちの人たちって結構見栄っ張りなので、随分わがまま言ってたでしょう?」
「いえいえ、こんなきたねえ店を使ってくれるだけでありがたいですよ。
作ること自体は和食も洋食も大差ねえし、配膳は母ちゃんが本見ながらやってくれましてね。
あとで寿司も握りますからたくさん食べてってください」
「それは楽しみ、それではお世話になりますね。
本当に素晴らしいお料理、ありがとうございます」
江夏さんの奥さんはどことなく気品があって、こう言ったらなんだけど、ナナコー卒業生とは思えない。まあそう言ったら咲だって、なんなら小野寺小町だってちょっといいとこのお嬢さまっぽく見えるし、近所だから学力関係なく選んだということもあるだろう。
しばらくすると木戸が着替えて店へ戻ってきた。すると丸山が鬼の首を取ったように大騒ぎし始める。当然僕は腹を抱えて大笑いだ。
「なんでお前はそんな格好してるんだよ!
人のこと散々笑っといてそれか!
今時白いスーツなんて着るやついねえぞ!!」
「そんなの知るか!
母ちゃんがこれ着ろって出して来たんだから仕方ねえだろ!
俺だってこんな格好恥ずかしいわ!!」
「なーに言ってんだ!
野球選手の正装って言ったら白いスーツて決まってんだろ。
箔ってもんを大切にしねえと大成できねえぞ、シュウ!」
確かに野球選手が白いスーツを着ている映像は見たことあるけど、それってもう何十年も前の話だ。きっと僕らの親父世代が子供の頃の話だと思う…… まあ同情しなくもないけど、それはそれで面白かったので、僕は木戸と丸山が二人並んだところを含めて何枚も写真を撮ってしまった。
二十時近くになって表がざわざわしはじめた。ようやく父さんたちがついたのかもしれない。僕と木戸は入り口を開けて外を見てみた。
するとそこには…… どう見てもガラの悪そうな黒塗りの車が停まっている。その脇には父さんと江夏さんが直立不動で立っていた。まさか…・ なにかヤバい人との付き合いだったりするのかと心配になる。
「どうも! ご無沙汰しております!
本日はご足労下さりありがとうございます!」
「いやいや、そんなにかしこまらんでいいよお。
僕もね、キミに会えるのを楽しみにしてたんだから。
それにいつぞやの詫びをね、させてもらいたいんだ」
「そんな! アレは自分が若すぎたせいですから!
全然気にしてません!
それよりあいつを、いや自分の息子じゃないですが、彼を見て下さったようで何よりです」
「あのドロップカーブを見た時にもしやと思ったよ。
ここはつくづく因縁のある場所だな。
まあ今日は楽しませてもらうとするよ」
二人の会話を見ている僕と木戸は、何が起こったのかわからずポカンと突っ立っていた。ちなみに父さんは直立不動のままだった。
そこへ僕たちの後ろからひょっこりと咲が顔を出す。そして黒塗りの車から降りてきた白髪の老人へ向かって手を振りながら微笑んだ。
「おじさま、こんばんは、お久しぶりです」
木戸はえっ!? という顔をして振り向く。というか僕も似たようなもので、咲のあいさつに驚いて固まってしまう。だってその相手は……
「野林監督!? 本物!?
そのお方がうちの店に来てるってこと!?
なにこれ、ビックリTVかなにか!?」
今日の木戸は本当に良く驚いている。こんなところ、もう二度と見ることはないだろう。それくらい普段は飄々としていて冷静なやつなのだから。
僕は木戸ほどじゃないけどやっぱり驚きを隠せないし、江夏さんが祝勝会だと言っていたのは、僕たちを驚かせるためだったのだと今更気づき、なんだか複雑な気持ちだった。
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