ナナコーの七不思議
なんだかんだで午後の授業も無事に乗り切り、ようやく待ちに待ってた部活の時間だ。今日は教室を出てすぐにほかのクラスの部員と合流した。
咲はいつの間にか帰っていたようで、僕が席を立った時にはすでに教室から去った後だった。
ワイワイとした廊下を通って階段を下る。職員室の前を通ってから下駄箱へ行くのだが、その途中で職員室の扉が開いた。
「ちょっとあんたたち、やかましいわよ!」
そう言いながら真弓先生が飛び出してきた。
「あれ? 真弓ちゃん、ご機嫌ななめな様子で」
木戸がふざけて返す。
すると真弓先生が困ったような顔で僕達へ愚痴をこぼし始めた。
「ちょっと聞いてよ、昨日も飲みすぎちゃってさあ、今日遅刻しちゃったんだけどね。
朝から学年主任と副校長に長々説教されのよ」
まあそれは想定通りというか毎度のことで珍しくもなんともない。真弓先生が話を続けた。
「それでさあ、もし今月中にもう一度遅刻したら罰ゲームやらせるって言われちゃったのよ……」
「それってもしかして」
「ちょっとカズ君、あなたのせいよ!
あんなまじめな子でも自分の失態に責任をとるんですねえ、とか言われちゃったら言い返せないわ」
「いや、それは僕のせいじゃなくて、遅刻する真弓先生の自業自得ではないですかね……」
「いいえ、あなたがあんな恥ずかしいこと始めたからいけないのよ!
これならまだ職員室の掃除をやらされる方がマシだわ」
今まではそんな罰を受けていたのか…… しかしこの人は全くしょうがない大人だな。
「でもこの世の楽しみの半分以上はお酒なのよ。
だからやめるわけにはいかないのよねえ」
「だから終電まで飲むのはやめろって言ったのにさ。
真弓ちゃん、帰るときには凄いべろべろだったじゃん」
「木戸君ちのお店行くと楽しくてつい飲みすぎちゃうのよね」
「まあ遅刻しなければいいんだし、少し控えたらいいんじゃない?」
「なに、山下君、私に意見するわけ? お酒がないと生きていけないこの私に!
ああ神様、あなたはなぜお酒なんてものをこの世に産み出したのですか」
もう完全に八つ当たりだ。真弓先生の事を心配しただけのチビベンにまで当り散らしている。その時職員室から声がかかった。
「岡田先生、職員会議始めますよ」
「はーい、今行きまーす。
じゃあ後で行くわね、それまでちゃんと練習してなさいよ」
「もちろんさ、俺らから野球とったらバカなイケメンにしかなんねえからな」
いや、それは木戸だけじゃないだろうか、と心の中で突っ込みを入れた。
「そうそう、グラウンドの外周は陸上部の一部が使うから今日はノックなしでよろしく」
「マジかよ、聞いてないよ」
「そりゃそうよ、今はじめて言ったんだもの。
校庭のトラックが使えないんだから仕方ないでしょ」
「それって今日だけ?」
「いいえ、今日明日の二日間よ」
「ま、二日間なら問題ないだろ、木戸。
それより早く行こうぜ」
「そうだな、じゃあね真弓ちゃん」
「はあい、また後でね」
生徒と教師の会話とは思えないほど砕けた会話だが、これでいいのだろうかといつも疑問に思う。と同時に、真弓先生が入って言った職員室から副校長の声が聞こえる。
「岡田先生、あなたは生徒を友達か何かだとでも思っているのですか?
もう少しご自分の立場というものをですね……」
そんな漏れ聞こえる小言を後にして僕らは笑いながらまた歩き出した。
「真弓ちゃんも大変だなぁ、なんで教師なんてやってんだろ。
並みのタレントよりもよっぽど美人でプロポーションもいいのにな」
「ナナコーの七不思議のひとつだな」
チビベンが学校の怪談みたいなことを言い出した。
「なんだよ七不思議って、ほかにもあんのか?」
「ほかか? なぜ木戸が進級できたのか、とかあるじゃん」
チビベンがケラケラと笑いながらからかった。ほかの部員は思わず吹き出して、僕も一緒になって笑ったが、同時に昨日の階段での出来事を思い出していた。
「ばっきゃろ、俺だってやるときゃやるんだよ。
一年最後の通知表だってオール1じゃなかったんだぜ!」
「それ体育が5なだけでいつもと同じじゃないのか?」
「いやいや、現社と理Aが2だったんだ、すげえだろ。
ちなみに保健も3だぜ」
「お、おう、お前にしてはすごいな」
「これもエンピツサイコロ神様のおかげだ、もう手放せないぜ」
まったくあきれるやつだ。しかしそれを明るく本気で言い放つのも木戸のいいところなのかもしれない。
そんなバカ話をしながら外へ出て校舎沿いに歩いていた僕達の事を、二階の教室から見ている女子生徒たちがいた。二階西側ということは一年生達だ。
なにやらこっちを見ながらこそこそと話をしている。また木戸の取り巻きが増えるんじゃないかと思っていたところに意外な言葉が投げかけられた。
「吉田先輩! 部活がんばってください!」
「先輩、お昼休みカッコよかったです!」
「試合応援に行きますー」
おっと、今日の罰ゲームで目立ってしまったので一年生にまで名前が知られてしまったのか。今までこういうことがなかったわけじゃないが、ほとんどが同級生だった。
しかし、まさか一年生から黄色い声を浴びることになるとは思ってもみなかった。
「おいおい、カズ、新入生に大人気じゃないか。
手ぐらい振ってやれよ」
木戸が冷かしてくるので僕は仕方なく小さく手を振って愛想よくしておいた。
すると一年生たちはキャーキャーと言いながら喜んで手を振り返してきた。それを見た僕は照れながら後悔し木戸の事をにらんだが、木戸やほかの部員はニヤニヤしながら僕を冷かすのだった。
そこでチビベンがおもむろに口を開く。
「さっきの七不思議に、女子に人気のカズがなぜか彼女を作らない、も追加しないとだ。
これであと四つだな」
まったくこいつらときたらすぐ人をおもちゃにしたがる。口が達者な木戸とチビベンにはなかなか言い返すことができないがいつかお返しをしてやるつもりだ。
しかしまあ、今日は昼にやった全校エールのせいかやたらと女子に話しかけられる。それがとても照れくさくこの場を少しでも早く離れたいと思い、みんなをせかし小走りに部室へ向かった。