興奮の後
やってしまったまさかの完全試合に、帰り道でも大騒ぎな僕たちだったが、いい加減うるさいと真弓先生に叱られてしまった。行きは現地集合だったけど、帰りは全員でバス移動なんだから節度ある行動が必要なのは間違いない。
僕は母さんへメールすると言っておきながら、実は咲へ真っ先に報告していた。しかし授業中のはずだから返信はまだ来てないし、なんなら完全試合の意味が通じていないだろう。
「しかしよ、今日のMVPはもちろんカズとして、裏MVPはシマだな。
初回のファインプレーが無かったらヒットだっただろ。
最終回のスライディングキャッチもトンデモだったけど、ありゃファールだからノーカンだ」
木戸が嶋谷のことを褒めているので、当人も上機嫌で話しだした。
「打つ方で貢献できてないので、守備は頑張ろうと思ってイメトレしておいた甲斐がありました!
部屋でもスライディングキャッチの練習してて、親に怒られたくらいですからね!」
「それにマルマンは今日も二本打って通算七号か。
マジヤバすぎだろ。
学校へ身分照会来そうだな」
「あれって本当にスカウトなのか?
どっかの偵察じゃね?
もう矢島か北矢島かどっちかしか残ってねえが」
「矢島は内野スタンドにいたからな。
北矢島か、それ以外ってことだろうな」
木戸と丸山がスカウトかもって言ってた人たちのことを話しているが、さほど興味はなさそうな雰囲気だ。もしそうだとしたら、少なくとも丸山はチェックされているだろうし、多分僕もだろう。木戸はどちらかというと司令塔だし、珍しく今日は目立たなかったのであまり気にならないのかもしれない。
「そういやさ、あの美術部の一年、見に来てただろ。
学校サボってくるなんて偉すぎる。
ミタニーに聞いてみたら、今日は体調不良で休みって連絡来てたらしいし」
「美術部の一年って誰っすか?
主将が手を出したうちの一人っすか?」
おい! 倉片よ、地雷を踏むようなことをするな、と言いたくなるくらい僕は話題を変えてほしかった。しかし若菜亜美の話題は続く。
「いや、俺何もしてねえよ。
なんか美術部で野球部の絵を描かせるって来てただろ?
あのときグラウンドの脇でスケッチブック広げてたうちの一人だよ。
結構かわいらしいけど、ちょっと暗そうな子、同じクラスじゃないのか?」
「誰のことなのか全然わからないっす。
美術部とか一人も知らないんで」
「あー、きっと若菜さんのことですね!
彼女は別のクラスです!
まさか学校サボって野球部の応援に来るなんて!
とってもいい心がけですね!!!」
やっぱり木戸と由布の頭の中には、ボールかグラウンドの土が入っていそうだ。まあこの話題はこれで終わりそうなので一安心だけど…… そう思った僕の視界に、木戸がにやりとしたのが入った。
「まあ野球が好きなんじゃなくて、誰かのファンで見に来てるのかもしれねえけどな。
俺には心当たりねえけど、いやマジで」
絶対にこいつは気付いている。わかっててからかってるに違いない。なんでそう言うことに鋭いんだろうか。自分が女好きだからなのか? うちの父さんと同類だからなのか?
もうどうでもいいから早くバス停についてくれと願うばかりだが、そう言えば母さんに連絡入れるのを忘れていた。父さんにも一緒に送って一安心。あとは咲からの返信を待つばかりだ。
その時電話が鳴ってびっくりしてしまう。それは珍しすぎる相手だった。
「すいません江夏さん、今バスなので後でかけなおします……」
『おう、すまんね、親父さんと一緒に待ってるからどっちへかけてもいいよ』
電話を切ると、周囲のみんなが不思議そうに見ていた。電話の相手を知っているのは木戸くらいだし、僕のところへ親以外の大人から電話がかかってくる事があるなんて普通は思わないだろう。
「師匠からか?
今年になってからカズの成長はすげえからな。
師匠サマサマだな!」
「そうだね、スピードもだけどスピン量がかなり違ってきてるだろ?
全部江夏さんのおかげだよ」
本当は咲のおかげが半分くらいだと思ってるんだけど、それは誰にも言えない秘密の関係だ。
「あの強豪松白に勝つだけでも十分恩返しだったはずが、まさかの完全試合だからな。
いくらカズのことを良く知ってて、実力があるのがわかってても驚くに違いねえさ」
「まあ僕一人でやったわけじゃないからね。
木戸のリードやマネジャーのデータ、バックの守りと相手投手の攻略とかさ。
色々なことが全部いい方へ働いたからこそできたことだよ」
「おうおう、いい子ちゃんな回答だなあ。
エースピッチャーなんだからもっと我が強くたっていいと思うぜ?
なあ、三田もそう思うだろ?」
木戸が過去に僕とエース対決をした三田を茶化す。まったくこいつは人の気持ちを考えない、いや、考えた上であえてやってるんだから始末が悪い。
「なんでそう気まずい回答しかできなそうなこと聞いてくるんだよ……
お前、前よりもさらに性格悪くなってないか?」
「俺の性格が悪いって?
そんなこと今までお前以外誰からも言われたことねえぞ?」
「よく言うよ、小野寺から性格悪いって言われてめちゃくちゃ嫌われたじゃねえか。
まさかグーで殴られておいて、覚えてないってことは無いだろ?」
「マジで!?
小町のやつ俺のことグーで殴ったのか?
それならいつかやり返してやんねえといけねえな。
女だからお尻ぺんぺんで許してやるか」
すかさず真弓先生が、手に持ったバッグで木戸の横っ腹を突っついた。
「ちょっとー体罰です体罰!」
「キミの場合は天誅よ。
女の子をもっと大切にしなさい!」
「いやいや、殴られたのは俺で、俺は何もしてねえよ。
してねえよな? 三田は何か知ってるのか?」
「なんで当事者が部外者に聞くんだよ……
あいかわらずわけわからねえことばかり言いやがって、こっちがおかしくなりそうだ。
そのおかげで俺まで嫌われてるってのによ」
三田も小町に嫌われてる!? 僕と全く同じ状況なのかもしれない。木戸と小町の関係に、少しだけ興味が湧いてきてしまった。
「三田もなのか?
僕もなぜか目の敵にされてるんだよなあ。
しかも同じクラスだから、僕が一番被害受けてるんじゃない?」
「まあ野球部全員が木戸のせいで嫌われてるんだよ。
しかも小学校の頃の話だぜ?
執念深いったらありゃしない」
随分さかのぼる話だし、神戸園子とも関係あるらしいからやっぱり気になってしまう。しかし三田へこれ以上聞くことはできなかった。
「はいはい、この話はおしまい。
その場にいない女の子のことをとやかく言うもんじゃないわよ?
これ以上話を続けるなら帰りまでに英語のプリントを用意しておくから覚悟しなさい!
野球部では女の子の噂話や悪口は、今後一切禁止! わかったわね!?」
真弓先生のこの言葉は、僕たちのゴシップ話を止めるのに十分すぎる効果がある。自らの手で口を塞いだ僕たちは、無言で何度も頷くのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし少しでも面白い、今後に期待が持てそうだと感じたなら、ぜひいいねや評価、ブクマでの後押しをお願いいたします。
今後の執筆に当たり励みになりますので、ぜひともご協力のほどお願いいたします。