愛したのは君だった
電車が音を立てて走る。
通勤ラッシュの中、俺は駅へと向かい歩いていた。
この時間は色々な人がいる。
はしゃぐ高校生、スマホを片手に歩くOLや
何やら疲れている中年サラリーマン。
元気な人もいれば元気じゃなさそうな人もいて
見ているだけで結構楽しいものだ。
そんなことを考えていると目の前の踏切が
カンカンと鳴り始めた。
この踏切を超えれば駅はもうすぐそこだ。
踏切の遮断機が降りようとしているのを見て
俺は足を止めた。
「山崎くんっ」
それと同時に後ろから声をかけられた。
「あ、先輩っ…」
振り返れば会社で一番可愛いと有名な
先輩の佐藤さんが立っていた。
おはようございますと頭を下げれば
おはようとまるで子犬のように微笑む。
佐藤さんは俺の二個先輩で歳も上なはずなのに
滲み出る愛くるしさからか俺よりもかなり歳下に見える。
制服を着れば高校生でもいけるんじゃないかと
思うくらいだ。
そしていつ見ても美人だ。
普通に話しているだけでもうっとりしてしまうほど
綺麗な顔に見とれていたらどうしたの?と
顔を覗き込まれていた。
大丈夫ですと答えて俺は改札を抜けた。
その後ろをテケテケとついてくる先輩。
電車に乗れば会社の最寄り駅まで三駅。
およそ十分で着く。
十分でもこの可愛い横顔を眺められるなんて
こんな幸せな朝はない。
「先輩、いつになったら
俺と付き合ってくれるんですか?」
「何言ってんの、山崎くん」
俺の告白もサラッと流す先輩を見ていたら
あっという間に会社の最寄り駅に着いた。
駅から会社は徒歩で三分でかなりの駅近だ。
「じゃ、またね!」
「はい」
会社に着けば部署が違う先輩とはお別れ。
何故こんなに馬鹿でかい事務所なのだろうといつも思う。
先輩は俺に手を振って左側の事務所へと歩いていく。
俺は右手の事務所へ足を進めた。
…もうお分かりの通り、俺は先輩のことが好きだ。
好きで好きで堪らない。
そりゃあんなに可愛くて優しくて仕事も出来て
完璧に近い彼女なんだから好きになるのも無理はない。
アピールしてるつもりだが先輩は
なかなか振り向いてくれない。
いつかあの可愛い先輩と付き合える日が来るようにと
願う毎日だった。
そんなある日、帰ろうと事務所を出れば
目の前に先輩を見つけた。
向こうも俺に気づいたみたいでそのまま近づいてきた。
「山崎くん、ちょうどよかった!
今日飲みにいかない?」
先輩から誘われるなんて夢にも思っていなかった。
是非と言ったら嬉しそうにニッコリと微笑む。
飲みに行ったのは近くの居酒屋。
もっとオシャレなところがいいかなと思ったけど
先輩がここがいいと言うので居酒屋になった。
着くなりビールを頼む先輩。
「先輩って飲めるんですか」
「ん?飲めない」
でも今日は飲みたい気分なのと飲めないのに
ビールを頼む先輩が可愛い。
きっと酔っ払っても可愛いんだろうなぁと
妄想を膨らませる。
あわよくば送っていってそのまま…って
俺なんでこんな事考えてるんだ。
急に恥ずかしくなってそこで考えることをやめたが
その妄想はあながち間違ってはいなかった。
その後ベロンベロンに酔っ払った先輩を
家まで送ることになったのだ。
「先輩、飲みすぎっすよ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」
もう呂律も回っていない。
支えるように肩を貸せばふわっといい匂いがした。
やばい、俺耐えれるかな。
空を見上げれば大きな月がまるでこちらを
見下げているようだった。
「ねぇ、山崎くん?」
俺の肩に持たれている先輩が俺の顔を見て言う。
「私ね、山崎くんが私のこと好きだって言ってくれるの
凄く嬉しいよ」
いつも俺が好きですと言っても適当にはぐらかして
何も言わないのに急にそんなことを言われて
ビックリした。
でも先輩の顔は俺をからかっているような感じではなく
真剣だった。
「でも、その気持ちには答えられないの」
「何で…ですか?」
「私、普通の人間じゃないから」
そう言って力なく先輩が笑った、かと思えば
「えっ」
さっきまで普通だった先輩の様子が
明らかにおかしかった。
おかしいというか何というか。
いつの間にか先輩の頭には小さな犬のような
可愛らしい耳が生えていた。
「せ、先輩どうしたんですか?」
「私ね、」
次の言葉に俺は絶句した。
「半分人間で、半分犬なんだ」
何の冗談ですか、先輩酔ってるんですか?
なんて言いたかったけれど頭から生えている耳は
明らかに本物だったから何も言えなかった。
つけ耳か何かかなと思ったがよく見たら
ちゃんと頭から生えている。
「…いつもこの姿を見たらみんな逃げてくんだ」
どんなに好きだと言ってくれた人も
どれだけ愛してると言ってくれた人も
みんなこの姿を見たら化け物だって
もう話してもくれなくなると悲しそうに俯いた。
「ごめんね、山崎くん。
いきなりこんな姿見せちゃって」
先輩は薄らと笑い、アウターのフードを頭に被せて
俺から背を向けた。
「私のこと…好きじゃなくなったでしょ?」
何も言わない俺に先輩がそう言った。
頭が追いついていない。
俺が愛した人は、半分人間で半分犬だった。
でも俺は先輩のこと…
「俺は先輩が人間だったとしても
犬だったとしても先輩が好きです!!!」
目をまん丸とさせて俺を見る先輩。
「嘘でしょ?」
「そんなの関係ないですよ。
俺はいつも優しくて可愛い先輩が好きなんです。」
次の瞬間、大きな瞳から涙を流す。
俺は泣きじゃくる先輩を抱き締めた。
小さくて暖かかった。
「好きだよ、山崎くん」
「俺も好きです」
いつも通り会社に行くために駅の改札を抜ける。
今日も色々な人が行き交う。
電車を待っていると
「山崎くん」
いつものように可愛い声が後ろから聞こえる。
その声に振り向けばニッコリと微笑む子犬が一匹…
じゃなかった。
ニッコリと微笑む先輩が立っていた。
「おはようございます」
「ん、おはよ」
今日も可愛い先輩に見とれていたら見過ぎだと怒られた。
でも怒った先輩も可愛いからいい。
あれから俺達は付き合うようになって
こうやって毎日一緒に会社にも行くようになった。
ずっと先輩は俺のことが好きだったらしい。
でも自分が半分犬だと知ったら
きっと嫌われると思って言えなかったと聞いた時は
かなりニヤニヤした。
やっぱり可愛い先輩。
ぼんやりと先輩を見れば先輩も俺の顔を見ていて
ドキッとした。
「…本当に私でいいの?」
たまに不安そうに俺に尋ねるから
俺は先輩が安心するように言う。
「先輩がいいんですよ」
そう言えば嬉しそうに俺を見る。
「耳が生えた先輩も可愛いから好きですよ」
「バ、バカ!!こんな所でそのこと言わないの!
あれは満月の日だけだから!」
「え、あれって満月の日だけなんですか?」
あの姿結構可愛いから好きなんだけどなぁと
残念がれば次の満月まで待ってとお預けを食らった。
僕が愛した人は半分人間で半分犬だった。
でもそんなこと関係ない。
愛しているのには変わりないんだから。
そう。
愛したのは君だった。
ただそれだけのことだ。