第六話:シリアスもたまにはいいですよね神様?
嫌だ!!
嫌だ嫌だ!!来るな来るな来るな!!!
お前は――――――!!!
「ハッハッハッ・・・ぅく・・・ハァ・・・ハア」
乱れた呼吸を整えることが出来ずにその場に会ったベンチに体を投げ出した。小柄な僕はその小さなベンチにもスッポリと収まった。
「・・・はぁ・・・はあぁ・・・」
もうすぐ冬だってのに汗だくの自分を見て回りはどう思ったのかチラリと僕を盗み見てゆっくりと目を逸らしていく。それはそうだろう。・・・僕も危険人物なのだから。
もう・・・いやだ。
まさか体に触れられただけであんなに取り乱すとは思わなかった。あいつは・・・きっと何も覚えてはいないはずなのに。
目を閉じて昔を思い出す。
今の僕にはそれしか出来ないから。
◇
あれは僕達が小学校6年生だった頃。忘れもしない修学旅行の日だった。
仲が良かった僕達は当然同室で、私立だったためか二人部屋だった。ご飯を食べて満腹だった僕はベッドに倒れこんでしまっていた。どうせお風呂は誰もいないときに入るんだ・・・眠ってしまったって誰も気にはしないですよね。
「―――ぃ、ぉぃ・・・おい!!純っ」
「ふぇぁ??ぅー・・・なにぃ??」
新が僕を揺さぶった感覚で目が覚めた。何故か切羽詰った様子の彼に“どぉしたの?”と問いかけると彼は言いにくそうに口をもごもごさせた。
「ぅ・・・すみません、降りてくれないですか?重たいです・・・」
「はっ!え、あ・・・ごめん。大丈夫だったか?」
何故か僕の腰に馬乗りになっていた彼だったが、口では謝っておきながら動く様子はない。眉根を寄せて凝視していると新も吃驚したように顔を左右に降った。
「あれ・・・俺?・・・俺じゃ、ない!!ゴメンっわからないんだ」
「・・・はあ・・・??」
何を言っているんだろうこのヒトは・・・。
ジト目で見詰めてみるが、こんな変な嘘をつく人じゃないとも僕は知っている。どうしたのだろうか、本当に。
そうしているうちの新の手は僕の頭のほうに移動してきた。小学生ながら他の子よりも成熟した体を持っていた彼の手は大きく・・・なぜか僕はそのとき彼のその手に恐怖していた。
「な、に??どうしたんです―――」
「じゅ、純!おれ・・・俺・・・」
コワイ・・・!!
火事場の馬鹿力というのか。そのとき僕は彼を凄い力で突き飛ばしてベッドから飛び降りた。いきなり視界が反転した新は何が起きたのか分からず手を伸ばしたままのその状態で仰向けに転がっていた。
「・・・ッ!?」
目が怖かった。手が怖かった。戸惑う彼が・・・怖かった。
小さく“ゴメンっ”と呟いて、そのまま僕は部屋から駆けていった。
お風呂は誰もいない。もう12時を回ってさえいると言うのに大風呂の鍵は開いていて、電気もついたままだった。店の人が使う前なのかもしれない。
とりあえずバクバクと激しく動く心臓を落ち着けるためにもお風呂に入ることにした。服は・・・大丈夫、浴衣があった。服を脱いで風呂場に入るともわっと熱気が体を包み込んだ。少し落ち着いた僕はほおっと息を吐き出して空を仰いだ。天気が良かったためよく星が見えた。
「大丈夫でしょうか・・・」
突き飛ばしたまま放置してきた新を少し心配してから、体を洗って湯船につかる。しかし、普通基準よりも数段小さい僕は意外に深い底に足を取られてしまった。
「ぅわぁ!?」
ヤバイ。こける!!
と思ったときには既に遅く。湯船の端に頭を打ち付けていた。途端に真っ暗になる視界。このまま死ぬんだろうかとパニックになった。
ああ、せめてもうちょっときちんと謝っておきたかったです・・・。
そんな事を考えたけど、もう時既に遅し。僕は意識を手放していた。
「――ぃ!!大丈夫か!!!おい、純!!!」
ああ、デジャブです。
彼の呼ぶ声がしてゆっくりと目を開けていく。クラクラする頭に手を添えてみると、大きなタンコブが出来ていた。ライトに目が眩んでぎゅっと強く目を瞑るとそれに気がついた新が、大きな手を僕の目に当てて体を起こしてくれた。
ざぶっと湯のなる音がした。
・・・あ。
此処が温泉だって忘れていた。
「え・・・」
ヤバイ。新は・・・知らなかった。
「女の、子??」
僕が本当は女だって。
◇
「純!!純!!!」
ガクガクと肩を揺すぶられる感覚にはっと意識が浮上した。一瞬新かと思ってしまって身構えたが、目の前にいたのは芽。それと昌吾。
「はぁ・・・良かったわ、こんな所で寝ちゃメッよ?」
「メッて・・・きっしょ・・・わぁぁ!!芽っ悪い悪かったって、そんな怒んなやっ」
振り向いた芽の顔は僕には見えなかったけれど、昌吾の表情を見れば見たいなんて気は全くなくなる。なんだかイツモドオリな光景に安心してクスリと笑みを零した。
「・・・ああ、純。笑っといたほうがええわ。そっちのがキレイやぞ」
「ぅあ、口説かないで下さいよ・・・」
「くどっ!?ちゃうわっ」
途端に顔を真っ赤にして手を左右に振って奇声を発する昌吾。あの豹変した彼からは想像できなくて、今度は大きく口を開けて笑ってしまった。
「あははははっ!!昌吾!あんた耳まで赤いわよ♪」
「うるさいわっ!!」
暫くは、このままでいたい。
女の子だってばれたら、彼らに迷惑が掛かるかもしれない。
・・・僕に普通が来ないのは、僕が皆をだましているからですか?
頭の端でなぞった思考を頭を振って誤魔化した。