謁見
~これまでのあらすじ~
異世界に転生した青年、シュウは町に突如現れた魔物を撃破したところ、何故か兵に囲まれ城へ連行された。
「ちょ……こ、これどういうことですか!?」
「知らないわよ!?」
狼狽する二人。当然だろう。甲冑を纏った兵たちは何も言わない。
「なんか教えてくれてもいいのに……」
「これはもう駄目なんですかね」
「城へ連行されるなんてよっぽどの事だもの……」
「はぁ……せっかく転生したのに……」
二人はとぼとぼもくもくと歩き続けた。やがて城に着いた。
「ここは……?」
「なんだか派手で綺麗なところですな」
二人が招き入れられたのは、シュウの貧しい感性でも分かる絢爛な間。
兵たちは二人を部屋の中央に立たせ、周囲に待機する。
「……?」
怪訝に思った矢先、壮麗な鐘の音が鳴る。と同時に枯れてなお澄んでよく通る声が響く。
「ティソトール家628代目当主、レギサ様の謁見であります!」
「当主……?」
「謁見……?」
二人の前方にある階段から二つの影が降りてくる。
一人は男。黒いスーツを纏った、髭を威厳たっぷりにたたえた銀髪の老人。
もう一人は少女。白銀の爛爛ドレスに身を包んだ白髪の麗しい、姫。
「レギサ様」
「うん」
どうやらあの少女がレギサという姫らしい。彼女は咳払いをしたのち、こう告げた。
「よく来てくれた、我が町を守ってくれた勇士よ!面を上げることを許す!」
「……はぁ」
「最初っから上げてるわよね」
「勇士よ!その顔をよく見せてみよ!」
「ははぁ」
しかし特にどうすることもないので、シュウはレギサの顔を黙って見ていた。
(……なんだかユアさんに似てますな)
シュウが抱いた第一印象。
一方のレギサはというと。
「……え?」
しばしの沈黙の後、マヌケな声。
「ちょっと、ロー」
「はい?」
老人を呼び寄せる。ロー。それが名前らしい。
二人に背を向けコソコソ話。
「……ほんとにアレが町を守った属聖なの?」
「はい、そのように伝わっております」
「まじで?」
「ガチじゃん」
「いや、だって……あの顔、どう見ても性犯罪者、百歩譲って亀の甲羅よ?」
「ですが……」
「…………そうね、早いところ現実を受け入れた方がいいよね……」
「……人を顔で判断してはいけませぬ」
「そうね……んんっ」
咳払いし振り返る。
「ボクの名前は《レギサ・ティソトール》!宵闇の時から代々続く由緒正しきティソトール家、その628代目当主にして姫である!」
(ボクっ娘なんですな)
「勇士!名乗ることを許す!」
「ぼ、ぼくですか。芦花シュウ、あるいは属聖テヰルと申します」
「私はユア・ヨネダット。エレメンターの導き手で、今はワケ合ってこのシュウを導いているわ」
「ロカシュウとユアか、よい名前だ!」
「いや、芦花は名字で……」
「それで、私たちはなんでここに連れてこられたワケ?」
「ロー!説明を!」
「は」
ローは二人の前に立ち、丁寧な説明を始める。
「まあ、至極簡単な話です。町を襲う魔物を退治してくださったあなた方をもてなす為でございます」
「そう!そうよ!あなたたちは勇敢にも戦い、我が城下町を守ってくれた!それ故に……」
レギサは階段を駆け下り、二人の眼前に駆け寄る。
「ロカシュウ!ユア!この城に住み、ティソトール騎士になることを許す!」
「嫌よ」
きっぱりばっさり拒否するユア。
「何故!?」
「私たちはもう決めた拠点があるのよ!」
「ティソトール騎士だぞ!?なぜ拒否する!?」
「なんか嫌なのよ城とか姫とか!しかもなんかあんた私に似てるし!」
「私がお前に似ているのではない!お前が私に似ているのだ!」
「なんだとー!?」
「なまいきー!!」
いきなり喧嘩をおっぱじめたユアとレギサ。
「お、おやおや」
シュウはおどおどしながら見つめるだけで何もしない。
「……やれやれ」
ローは仕方ない、といった感じ。
しばらく二人は見苦しい争いを続けていたが、外の騒ぎに気付いて止まった。
「この騒ぎは……?」
シュウが疑問に思ったとき、一人の兵が城内へ雪崩れ込んできた。
「どうした!?」
「ま、魔物が城の庭に出現しました!」
「庭にだと!?」
「警備は何をしていた!?」
「分かりません!突如出現したとしか、そうとしか言えません!」
「くっ……!」
狼狽えるレギサとロー。
ユアは既にシュウの手を掴んでいた。
「うっ!」
突然女性に手を掴まれたシュウのおバベルの塔が屹立。
「行くわよ!仕事の時間!」
「わ、わかりましたな!」
庭。そこには確かに大量のラケツがいた。
「う……!」
「魔物の量が多すぎる!」
「無理です!逃げましょう!」
「諦めるな!あなたしか戦える人はいないのよ!」
「いやぁ、でも」
「四の五の言わない!」
ユアは強制的にシュウの腕輪に変身用石をはめ込む。
シュウの意思とは無関係に、テヰルの鎧が装着される。
「ああ、着てしまった」
諦めて、ラケツの群れを見るシュウ。
「多い……」
腰が引ける。これは辛そうだ。
と、その時。
〈おい!シュウ!聞こえるか!〉
「おや?」
腰を見てみる。黄色の属性石、すなわちソイリの属性石が光り、声が聞こえてくる。
〈一対多なら私の出番だ!私を使え!〉
「わかりましたな」
腰から属性石を外し、右の腕輪にはめる。
属性石から黄色の煙が噴き出る。
〈おっしゃ!行くぞ!〉
煙がテヰルの鎧に定着し、その色を黄色に染める。
シュウの眼前には半透明の黄色いソイリが浮かび上がる。
その姿は段々と姿を変え、鎚になった。シュウの両手に収まる。
「おお、これが」
全身に力が漲る。これが土のエレメンターの力か。
〈さあ行け!大地のパワーを見せつけろ!〉
「は、はい!」
シュウは鎚を振るう。重いはずのそれを軽々扱える。
「おお、強い!」
豪快に振り回し、周囲を薙ぎ払う。
「あああああっす!」
重々しい鎚の打撃は一撃でラケツを爆砕する。
だがそれでも多い。確実に数は減らせるが、時間がかかる。
〈ちっ……仕方ない、シュウ!〉
「は、はい!?」
〈必殺技を使うんだ!そうすれば纏めて倒せる!〉
「わ、わかりましたな!」
黄色く光っている腕輪をタッチ。鎚に地の力が満ちる。
〈今だ!叩き付けろ!〉
「うおおお!《テヰルアースバイト》!!」
全力で鎚を地面に叩き付ける。
地面は大きく凹み、地割れが出来る。
その割れ目から起こった衝撃波は怪物の姿となり、ラケツたちを噛み殺す。
あっという間にラケツの群れは一掃された。
…………大地が噛み砕かれた、痛々しい跡を残して。
「……凄い威力ですわ」
〈あはは。どうだ、すごいだろう〉
「ええ、すごいですわ」
ユアやレギサが近づいてくる。
「やっぱり途轍もない威力ね、土のエレメンターは」
「派手に荒らしてくれたな。まあ、いいが」
「ははぁ、すいません」
〈……待て!まだいる!〉
「え?」
ソイリの声。振り向くシュウ。
その頭上から奇襲者。
「うわっ!?」
咄嗟に防御。奇襲者は距離を置いて着地。
「あれは……」
「ターカモソ!それに今回のは」
「GYUUUYUYUUYU」
そのターカモソは以前の物よりも一回りも大きな体躯をし、体のあちこちには刃を備えている。
〈……あいつも同じだ、私と〉
「土の属性持ち……」
「GAAA!」
威嚇とばかりに大地を切り裂く。そこには深い深い痕が残る。
「つ、つよい……」
〈同族勝負はしたくないな、ここは変わってくれクロン〉
〈わたくしの出番……嗚呼、いよいよわたくしの……!〉
「うわ、うわうわ」
黄色の属性石が独りでに腕輪から抜け、腰に戻る。
それと同時に、緑の属性石が風を纏い腕輪にはまる。
〈わたくしの力……風の力……なんなりと、お使いくださいませ!〉
属性石から緑色の煙が噴き出る。
煙がテヰルの鎧に定着し、その色を緑に染める。
シュウの眼前には半透明の緑色のクロンが浮かび上がる。
〈さあ!一つになりましょう!〉
その姿は段々と姿を変え、弓になった。シュウの右手に収まる。
シュウの脚に力が纏う。
弓の本体部分は刃になっていて、近接戦闘もこなせる形だ。
「弓。風属性らしいですな。しかし矢はどこですかな?」
〈弦を引けば風が生み出してくれますわ〉
言われた通りにしてみる。風が集まり、矢となった。
「おお、なるほど便利ですわ」
〈相手は地属性。わたくしが負けるわけありませんわ〉
「行きますぞ!」
「GGUUUUUUU!」
両者急接近。刃と刃のぶつかり合い。火花が飛び散る。
「ハイ!」
「GYA!」
「ハイ!ハイ!」
「GYUU!GAYHA!」
火花が激しく飛び散る。
「ふ、ううううう」
「GGGGG」
鍔競り合い。両者一歩も譲らない。
〈今ですシュウ様!弦を引いて!〉
「……なるほどですな!」
シュウは刃で競り合ったまま弦を引く。そして矢が放たれる。ゼロ距離で。
「GYAAAA!」
さしものターカモソでも接射は避けられない。胸に深々と矢が刺さる。
「GU、UU」
「チャンスタイム、行きますぞ!」
駆け出すシュウ。風のエレメンターの力で今の彼はスピード特化だ。
「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」
「GU!GA!GI!GE!」
高速でターカモソの周囲を駆けながら切り裂いてゆく。
〈シュウ様!決めてくださいまし!〉
「はい!」
立ち止まり緑色に光る腕輪をタッチ。弓に風の力が纏われる。
「《テヰルハリケーンストライク》!」
大きく引き絞り、射出。
「G!!」
ターカモソの体を貫通する。それと同時に弓から竜巻が巻き起こり、ターカモソを飲み込む。
「GGGGGGGGAAAAAAAA!!!」
竜巻に揉まれ潰され砕かれる。そして風が止むと同時にターカモソも爆散した。
「これで卒業ですな!」
「嗚呼……すばらしいですわシュウ様……やはり私たちは消えぬ糸で結ばれた存在……!」
「だーかーらー!はしゃぐなさかるな暴れるな!」
「うふふ~相変わらずですね~」
シュウに抱き付こうとするクロンとそれを抑えるソイリ。そしてそれを見守るウォル
「ははは……って、あれ?もうその体維持できるんですか?」
「ええ、そうよ」
シュウの疑問に応えたのはユア。
「彼女たちが形を成さずにいたのはあなたにエレメンターの力を使いこなす技量が無かったため」
「……?いまいち、関連性が掴めませんが」
「力を制御できない、ってことよ。実戦でその力に直接触れ、使いこなしたことで彼女たちもあなたを認めてその姿で現れているってこと」
「ははぁ、なるほど……じゃあファイさんは……」
「そうね。あなたの事をまだ認めていない。ま、これに関してはあなた自身の努力よ。頑張りなさい」
「ははぁ、努力は苦手なんですが、まあ頑張ってみますな」
シュウは心に誓った。属聖の英雄となる道はまだまだ長い。
「こらそこーっ!ボク抜きで話を〆ようとすなーっ!」
「あら、姫様これはこれは」
「結局ボクとの話はうやむやになったままではないか!」
「いいえ、決めたわよ?あなたたちの提案は聞かないって」
「なぜなのだ!?我々ティソトールの恩恵を受けられるのだぞ!?」
「そういうのが嫌いなの!私は!」
「このわがままガールめが……!」
再開したいがみ合い、一触即発。止めるのはシュウしかいない。
「ま、まあまあ。少しは提案を飲んでもいいんじゃないですかね?」
「むっ。例えば?」
「そうですな……拠点は我々が確保したものを使うけど、支援は受けさせてもらう、的な?」
「……」
「……」
さすがのシュウも、我ながら言ってることの横暴さに気付いていた。
「……まあ、それで気が済むのならば良いが」
「そうね、シュウが決めたことなら仕方ないわね」
(これで通るんですか……)
「じゃあ、そういう事で」
「そうね、あなたと意見が一致するのは癪だけど」
「そちらの提案に合わせてやっているのはこちらであるのだが?」
「あぁん?」
「なんだと?」
再び一触即発。
「……駄目ですなこりゃ」
シュウはがっくりと肩を落とした。
新たな協力者は増えたものの、これは更に厄介なことになりそうだ。
「やれやれですな」
三人の男。赤黒、黄灰、青白の装束。
「…………へぇ、あのターカモソまでやっつけちゃうか、あいつ」
「四つもエレメンターを従えてるんだ、そのくらいはやってもらわないとな」
「わかってるさ、わかってる」
「どうする?そろそろ俺たちも動くか?」
「そうだなァ。そうしてもいい感じかもなァ……」
「ならば作戦を起てよう。緻密に、精確に、厳粛に」
「やだ」
「は?」
「めんどいしまどろっこしい!バーンっていじめちまえばいいんだよ!行くぞホラ!」
「あっ、待て!?」
赤黒の男は黄灰の男の制止も聞かず跳びだしていってしまった。
「アアア」
黄灰の男もすぐに追いかけようとしたが、振り向いて青白の男にこう言った。
「《サウザンドオルドの森》だ!そこで集合!忘れるなよ!」
そしてすぐに走り去っていった。
一人残された青白の男はバウムクーヘンを食べながらこう呟いた。
「……照っている」
【続く】