Christmas Love
真っ白な息が、透き通るガラスの窓をくもらせた。さっきから濡れた雑巾を使ってるせいか、手がかじかんで思うように動かない。どうせこんなに寒いなら、雪でも降らせて欲しかった。せっかくクリスマスなのに。ただただ寒いだけなんて気が利かない。汚れきった雑巾を洗いに水道に行く。水道には人が大勢集まっている。使い古されてヨレヨレになった雑巾はなんだかとってもみすぼらしく見えた。
「今日さ、めっちゃ寒くない?」
驚いて前を見ると、そこには羽嶋がいた。雑巾を洗いながらやわらかい笑顔でこっちをのぞいている。笑顔が可愛くて、バスケ部のエース的存在でもある羽嶋亮は、みんなの人気者。そして…私の片思い相手。
「そうだね」
不意に話しかけられて、素っ気ない返事しかできない。目を下にそらしてしまった。羽嶋は雑巾を洗い終わったみたいで、水道の蛇口をしめた。別に私が使うから、そのままで良かったのに。
「はい、これ」
そらした目の照準をもう一度羽嶋に合わせる。洗ったばっかりの、少し綺麗な雑巾を私に差し出して、また笑った。
「え?」
「ずっと窓の掃除してたよね?」
なんで、知ってるんだろう。
「手先、赤くなってる」
ふと自分の手先を見てみると、ほんのりと赤く染まっている。寒いとは思ってたけど、手先が赤くなるほどだとは思わなかった。
「これ洗っちゃうから、それ持って先に戻ってて?」
そう言って羽嶋は私の手から汚れた雑巾をとって、洗ったばかりの雑巾を私に渡してくれた。雑巾を冷たい水で洗うのは、さらに手が冷えるだろうと思ってくれたんだろう。
「ありがとう」
嬉しさと恥ずかしさで消え入りそうな声しか出なかった。すでに私に背中を向けた羽嶋に、私の声が聞こえてたかどうかはわからないけど。
足早に教室に向かってドアを開け、外へ出る。教室には既に掃除を終わらせた人たちの雑談タイムが始まっていた。そんなみんなを横目に、そそくさと外に出る。早く窓の掃除を終わらせたかった。
「誰だよ。窓開けんなよ、寒いだろ。」
誰かがそう言ったように聞こえた。手に持っていた雑巾を握りしめる。教室の中に戻り、薄い緑色のカーテンを閉めて、また外へ出て、濡れた雑巾で窓を拭き始めた。やっぱり寒い。唇をぎゅっとむすんだ。掃除の時間内に窓を拭き終れるといいけど、六枚もある窓を全部拭くのは難しいだろう。風が吹き荒れて、木々が揺れる。その風景がなんだかとても寂しかった。
不意にドアが開いた。教室の暖かい空気が、息苦しかったかのように、一気に外に流れてきた。羽嶋だった。
「どこまだやってない?」
思いがけない言葉に、驚きを隠せなかった。
「そんなびっくりしなくてもいいじゃん」
そう言ってまた羽嶋は笑う。胸がギュッと締め付けられるような思いだった。
「寒いし、中戻っていいよ? もう終わるから」
まだ当分終わらないけど、手伝ってもらうのは申し訳ない。来てくれたのは嬉しかったけど、今は嘘を言ってでも、羽嶋に教室に戻って欲しかった。2人きりなんて無理だ。
「俺が手伝いたいだけだから笑 どこやってない?」
軽く沈黙ができた。羽嶋の優しさがあまりに温かくて、苦しくなる。なんでこんなに手の届かない人を好きになっちゃったんだろう。
「じゃあそこの2枚、お願いします」
目をそらして、聞こえないくらい小さな声でボソボソと言う。それでも羽嶋は笑って、窓を拭きはじめてくれた。
時間が止まったように思えた。ベランダから見えるテニスコートや校庭には人1人いない。教室のなかの話し声も聞こえない。もちろん私達も会話はしない。それでも、寂しい気はしなかった。この沈黙のおかげで、隣にいる羽嶋をより強く感じられる。さっきまで吹き荒れていた冷たい風は、私が夢から覚めないように、じっと息を潜めていた。
「今日さ、クリスマスなのに、やることないんだよね」
羽嶋が口を開く。いつもみたいに笑っているのだろうか。気になるけど、羽嶋の顔はギリギリ窓ガラスに映ってなくて、クリスマスなのになんの飾り付けもしていない裸の木と、好きな人の顔さえ見れない意気地なしの自分だけが映っていた。
「今から誘ってみたら? 仲良い子、いっぱいいるじゃん。」
そっちも見ずに、言いたくもないことを冷静なふりをして言った。こんなことが言いたかったんじゃない。別に他の誰かを誘って欲しいとか、思ってない。だけど、そんなことしか言えない。そんな自分が恥ずかしかった。悲しかった。
また沈黙になった。でも、さっきまでの心地のいい沈黙じゃなくて、重苦しくて、息苦しい、そんな沈黙だった。
「こっち、終わったから。お疲れ様。」
羽嶋はそう言って、笑わずに教室へのドアに手をかけた。
ただ黙って見送ろうと思った。また消え入りそうな声で「ありがとう」と言えばいい。
(本当にそれでいいの?)
「羽嶋っ!」
床にぴったりとくっついて離れなかった足を引き剥がして、踏み出す。思ったより大きな声が出た。冷たい風は、羽嶋が少しだけ開けた教室のドアから、待ってましたと言わんばかりに教室内に吹き込んで、薄い緑色のカーテンをざわつかせた。羽嶋は、ゆっくりとドアを閉めた。驚いた顔でこっちを見ている。恥ずかしい。だけど、言葉が溢れた。
「好き。 好きっ…」
なんでかわからないけど涙が出る。少女漫画みたいに、どこが好きだとか、いつから好きだとか、そんな気の利いたことは何も言えない。それでも羽嶋は、いつもよりずっと優しく微笑んでいた。
風が踊る。木々が騒ぐ。
「今日、行きたいところある?」
そう言って、私の手を包み込んだ羽嶋の手は、私と同じくらい冷たくて、赤かった。
こんにちは。
綾です。
これが初投稿になります。
これから、よろしくお願いします。