*参拾弐
おびただしい人々が芸術家に憧れるのは、私の考えでは、好きなことができるということのほかに、まさに社会を軽蔑しながらその社会から尊敬されるという生き方を選べるからなんだ。社会に対する特権的な復讐が許されているということだね。
――中島義道『働くことがイヤな人のための本』
▼扇
「八人ミサキを知っているか?」
八人ミサキ。今大人気のジュニアアイドルグループ、らしい。
「確かアイドルグループでしたよね?私のクラスにそこのメンバーがいますけど、それが何か…?」
「違う、そうじゃない。八人ミサキとは、高知県を初めとする四国地方や中国地方に伝わる集団死霊だ。災害や事故、特に海で溺死した人間が多い。その名の通り基本的には八人組で、主に海や川などの水辺に現れる。異形ランクはA」
顔が引き攣る。
「…え、死んだのに学校に通って、アイドルとしての活動もしているんですか…?」
「そういうことになるな」
「でもあのグループって、確かメンバー卒業しても、入れ替わるように他の子が入ってきてますよね?」
口を挟んできたのはしきみ。
「そうだな。“ある条件”で八人ミサキに出くわした人間は、高熱に見舞われて死ぬ。一人を取り殺すと八人ミサキの内の一人が成仏し、替わって取り殺された者が八人ミサキの内の一人となる。そのために八人ミサキの人数は常に八人組で、増減することはない」
「え、ちょっとそれファン死にませんか?」
菊里がある意味当たり前のことを訊く。
「大丈夫だ。“プライベートで行動している時”の“あいつら全員”に、“同時に”遭わなければ安心と思っていいだろう。本気になれば人を死なせることもできるようだが、それはプライベートを覗くような不届き者を相手にした時とかだ」
「じゃあどうすれば…あの子、客引きするって言ってて…」
「文化祭か。人気のあるアイドルだから、人はたくさん集まるだろうな。――とにかく当たり障りのないように心掛けろ。普通にクラスメートの一人として接するのであれば問題ないからな」
***
「『八人ミサキ』…と」
ピンク色のスマートフォンで動画検索サイトを起動して、検索をかける。
「…あった」
赤い見出しの下に、白い背景に色々な動画が浮かび上がってきた。
「これ聞こうかな…」
書かれていたのは『八人ミサキ ライブ 朝葉原路上』。そこへのリンクをクリックする。
『はーい!私達、ずっとファンの皆さんと添い遂げるアイドル!八人ミサキでーす!』
出てきた八人の少女の中に、私のクラスメートもいた。
『ここでメンバーの一人、しぃちゃんからお知らせです!どうぞ!』
『しぃちゃんこと御崎志步です!えっと、皆さんは朝葉原の銀庭学園、知ってますかー?』
すぐに大衆から黄色い歓声が上がる。普通は自分が通っている学園などを公表するものだろうか?いや、万が一ストーカーされてもその場で殺せるから言えるのか。
『私その文化祭にいますので、ファンの皆さんは九月二十五日の予定は開けとくこと!いいかなー?』
『おっけー!』
やはり現役アイドルは影響力が強いのだろうか。




