表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生きていたくないこの世界で。  作者: 蒼伊織
一章 クレッシェンド 終りに向かって強くなる何か
5/36

一章 四

     四


 ――辺境 海――


 水口(みなぐち)(ゆう)は、控えめに言って、この世界に絶望していた。

 何を望みもしないため、燻る憎しみを何にぶつければいいかわからない。

 そんな歪んでも強い想いが、彼に「力」を与えた。

 それは、それこそ優が望みもしないような力で、見たくもないこの世界を、克明に見せつけた。


「一騎無縁……無敵、と言い換えても良い。僕は、この力にそう名前を付けた。現存する一騎当千という四字熟語をもじったものだね」


 海辺の小さなブレハブ小屋で、優は少女に向かって言葉を投げかけた。

 歪んだ笑顔を作りつつ、白い八重歯をむき出しに、少女は彼に返す。

 質の悪い絨毯の上で、表情とは裏腹に、自分を覆い隠す様な、膝を抱える座り方をしている。


「それ、あたしに言ってなにかなる? 正直、元の一騎……当千? の意味すら、わかってないし」

「僕は他人に理解を求める性格ではないよ。思考とは、言葉にすることで初めて完成される場合がある。考えを纏めるためにも、誰かに自身をさらけ出すのは意外といいことだよ」


 その言葉に、今度は歯を、敵意と共に尖らせて、少女は返した。


「引きこもりのあたしへの当てつけかなんか? うっざい」


 嫌悪を隠しもしない少女の台詞にも、優は貼り付けた笑顔を崩さず、きざったらしく言葉を並べる。

 度々、笑い声をあげてすらいる。


「君は、知識が乏しいだけで実はとても頭の良い子なんだね。僕の言葉の裏に隠された意味を、正確に汲み取っている。後は語彙力(ボキャブラリー)と、思考スピードの問題か」


 こちらに投げかけているようで、実の所自分至上の彼の言葉。

 それはいつものことなので、少女も気にすることなく自分の中に籠る。

 顔を上げれば、薄暗くも窓辺だけ明るい、そんな優の部屋に、視線を彷徨わせることになる。 


 ――迷うのは、もう終わりだ。

 ――……もう、充分だ。


「さて、本題に入ろう。今週を最後に、君の研修期間は終わった。パトロンたちからも、それで良いと許可が出てる。そろそろ、本気で力を発揮できるよ」

「……やっとか。引きこもり続けてて、体なまるっつーの」

「引きこもりは、こっちの責任だけではない気もするけど」


 笑んで、優がぼろぼろのソファに腰掛ける。

 顔立ちが整っているだけに、来ている服や住んでいる場所が貧相でも、ある程度絵になる。


「君の救世(きゅうせい)(しゅ)――メサイアとしての能力は、空喰(うつは)みの部屋。空間を支配し統べるその力は、まさに可能性無限大だ」

「……中二くさい」


 しかし、少女も本気で嫌がっているわけではなさそうだった。 

 存外気に入ったその名を、口の中で反芻する。


「まぁ、深い意味はない。そのままの意だ。でも、君の力はまさに唯我独尊。それのみで、世界すら統べることができる」

「世界……興味ないなぁ」


 そこだけは、心底興味もなさそうな顔を作る。

 それでも、目前に迫る混沌に胸を躍らせているのは、優と同じらしい。


 彼らは、理不尽かつ不条理なこの世界に、反旗を翻そうとする。決起集団。

 敵はこの世界。ひいてはこの世界に存在するものすべて。

 味方すらもある種の敵で、協力関係はただの利害の一致。

 必要があれば、いつかは裏切り、殺し屠る。手にする武器は、それぞれの力。

 メサイアなんて名前は付けたが、彼らにとってそれは、もっとも相応しくない、見当違いの言葉だ。


「優の力は? なんで、一騎無縁、なの?」

「ああ、そうだね」


 すっと、優が窓の外に目を向けて遠い目をする。目を細めて、考えを巡らせるように数秒の間。


「元の一騎当千というのは、一人で千もの敵を圧倒するような、強い力を持っていること。僕の、『何をどうすればどうなるかわかる能力』は、敵がどれだけ多くとも、戦う必要なんてない。それこそ、机上の駒を操作するように、敵をすべて退けることもできる。面白くないから、そういうことはしないけどね」


 なるほど、そういう意味での、一騎「無縁」か。

 敵と戦う必要もない、自分の負けとは無縁の能力。

 それこそ、少女のそれ以上に、この世界を統べるのに向いているような気もする。


「細かいことはわかんないし、良いや。あんたの人柄は全く信用しないけど、能力は、そうね……それなりに信用できる。だったら、とことん利用されてやるよ」

「頼んだ」


 少女は、立ち上がる。

 この世界を、壊すために。


「僕たちの、アノミアーのために」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ