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世界の終わりに転生してやれやれ  作者: サトイチ
世界の終わりに
3/11

3.「あなたってタフね」

「ここは『世界の終わり』だ。いくつかある世界の終わりの一つだ。共通する点もあれば、異なる点もある。共通することは、街の中に入るには影を預けなければならず、そして冬が厳しいということだ。何か質問は?」

 門番は僕に尋ねた。5メートルほどの高さの門の前で、我々は立ったまま会話をしていた。昼を過ぎたあたりで陽は射していたものの、物悲しい風が吹いているせいで体温が徐々に奪われていくのを感じた。風が泣いているのだ。


「僕は何故、いつからここにいるんですか?」

 門番は、やれやれ、という顔をした。門番は150cmほどと身長は低いが、丸太の上にドラム缶を乗せたような体型をしている。脂肪ではなく、すべて筋肉であることが見て取れた。

「お前は、気がついたら門の前に倒れていた。あの娘が見つけてくれなければ、そのまま死んでいただろう。何故ここにいるかは誰も知らない。お前は事象としてここに存在するだけだ」

 僕は自分の頭の中に潜り混んだ。しかし、得られたのは僅かな頭痛だけだった。確か僕は、自宅でパスタを食べていたはずだ。それが喉に詰まってーー夢を見ているのだろうか。でも、自分の中に一度『死んだ』という感覚があるような気もする。


 門番は、僕の顔をまじまじと見て、こう言った。

「お前は、一度死んでいる。そして、ここから出ることはできない。影を切り離しちまったからな。ここは『世界の終わり』だ。そういう場所なんだよ」

「ちょっと待った。現に僕はこうして生きているじゃないか。だいたい、影を切り離したからここから出られないってどういうことなんだ。そんなことを頼んだ覚えはない」


「お前は、違う世界の住人だ。別の世界で一度死んでここに来た。だが、ひどく弱っていたから、休ませる必要があった。それには影を切り離して街の中に入れなければならなかった。そういうことだ。感謝されても、怒られる筋合いはない」

 門番は腕を組みながらそう言った。結論を淡々と述べる判事のようだった。

「まあ、受け入れるには時間がかかるさ。まだ影に会わせるわけにはいかないから、ひとまず夏に会いに行くといい。この道を戻って大きな木を右に行くと夏がいる。木の家だ。君を見つけたのは彼女なのだから、感謝するように」

 門番は、それ以上話すことはないという風に口を閉ざし、仕事に戻った。それ以上情報が得られそうになかったし、『夏に会いに行く』という響きは悪くなかった。僕は夏に向かって歩き出した。


◇◆◇


 夏は、家の前で薪を割っていた。細身のジーンズにTシャツ、その上にライトブルーのパーカーを羽織っていた。耳が出るくらいのショートヘアーが、快活な印象を際立たせている。

「手伝いますか?」と僕は言った。

「あ、君がもしかして噂の新人さん?」彼女は額を拭いながら、初めましてと挨拶をした。汗が爽やかに光を反射し、眩しく見えた。

「家に入りなよ、コーヒーくらい入れるから」


 夏の家は、内部もログハウス調で統一されていた。木造りの無骨なテーブルにコーヒーが差し出された。いい香りがした。

 僕は手短に、気がついたらここにいて、門番から簡単な経緯を聞いたことを述べ、彼女に助けてもらったことを感謝した。夏は照れくさそうに、当たり前のことをしただけだよと言った。そして、影を切り離されたことについて申し訳なさそうな顔をした。表情がコロコロ変わる様が、ネコのようだと思った。

 それから、僕がここに来る前の話をした。雑多な話だったけれど、彼女は興味深そうに聞いてくれた。話をしているうちに、どうやら夏は同い年であることがわかって、なんとなくほっとした。


「影がないと落ち着かないと思うけど、そのうち慣れるから」と彼女は言った。

「もしこれが僕の夢じゃないとしたら、家に連絡をしないと。親が心配しているかも知れない」

 彼女は首を横に振った。

「連絡は取れないし、取る必要もない。あなたは一度死んでいるし、ここは『世界の終わり』だから。ここにはたまにそういう人が流れてくる。大丈夫、この街はちゃんと受け入れてくれるから。大切なのは、自分をしっかり保つことだよ」


 やはり、僕は死んだらしい。徐々に記憶が戻ってきた。パスタが喉につまり、ベッドでもがき、視界が暗くなっていく光景が浮かんだ。


「さて、そろそろ準備しますか」と言って、夏は冷蔵庫に向かった。

 彼女は僕の方に向き直り、人差し指を立てながら「役割に徹すること。混乱したときや辛いときは、それが一番だから」と言った。僕にできることは、やるべきことは何だろうか。そうだ、まずはパスタとサンドウィッチを作ろう。


◇◆◇


 オイルサーディンがあったので、ペペロンチーノを作った。コンロの火が強くてにんにくが少し焦げてしまったが、まずまずの出来だった。ありあわせのサラダとスープを添えて二人で黙々と食べたあと、サンドウィッチをたべながらビールを飲んだ。瑞々しいレタスに成熟したスモーク・サーモンと薄氷のように鋭利な玉ねぎのスライスを挟んだものだ。ビールに合うかどうかは別として、味は悪くなかった。


 いつの間にか陽は落ち、斜陽が差していた。僕は彼女が入れ直してくれたコーヒーを飲みながら、いったい僕はどうなるんだろう、と思った。

「受け入れるには時間がかかりそうだ」と僕は言った。

「あなたってタフね」と彼女は言った。タフだって?

 僕には、その意味するところがわからなかった。彼女は満足そうに微笑んでいた。


 日が暮れ、僕は今朝の家に戻ることにした。夏が言うには、そこが僕の家ということになっているらしい。

 去り際に「まだ冬が来るまで多少の時間があるから、街に慣れておくといいよ。でも、森には近づかないようにね」と夏は言った。


 帰り道、一人で星空を見上げながら、色んなことが頭を通過していった。それはどこにも行き着かない、意識と無意識の澱のようなものだった。結局のところ、好むと好まざるとに関わらず、僕は色んなものを受け入れていくしかない。僕は世界にとって、あまりにも小さな存在に過ぎないのだ。それが仮に、『世界の終わり』であったとしても。


 僕は眠りについた。パリッとしたシーツは、やはりどこかよそよそしかった。

次回、第4話「ロックなんてものは学生か肉体労働者の聞くもんだ」

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