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開眼の章

 木造の小屋のような家が並ぶ、貧民街の通りを急ぐ。この辺よりはマシな場所に住んでいるが、隣の区画だ。まだ距離がある。街並みがマシとはいえ、わたしが住んでいる部屋もぼろ家の二階で、この辺の家と大差はない。


 その部屋を、一緒に借りているフィアの顔が浮かび気が重くなる。

 フィアが受けた依頼に付き合う約束をしていたのに、遅れるのは確実だ。


 少しは店らしきものも並ぶ区画に辿りつくと、通りの先がざわついた。

 店先で開店準備をしている売り子たちが、手を止めて道の先を見る。


「ねえ、あれ。天上級パーティの人たちじゃない?」

「ほんとうだわ。今朝はなんて運がいいの!」

「挨拶くらい、いいわよね?」


 会話の内容に気を引かれ、そちらを見る。確かに。あの金に飽かした、ごてごてとした装備は今話題のパーティのものだ。

 こんな都からも離れた外れの街で、冒険者組合に最上級者が出たのは数年ぶりのことだった。しかも天上級<クラス・スカイハイ>の冒険者だけを集めた、この国最大のクランである『雷帝の饗宴』にも認められたとあれば話題にならないはずがなく、女たちの目の色が変わるのも無理はない。


 わたしは溜息をこらえた。グイルへ名前を出した直後で気まずい。


 数人連れは、人に囲まれ渋々と足を止めた。狭い道だってのに、女どもはお構いなしだ。

 避けようにも無視できる距離ではない。近付くと男の一人と目が合う。パーティーのリーダーだ。彼は軽く手を上げる。わたしも軽い会釈だけで応えた。

 顔見知りの同業者相手なら、当たり前の挨拶だ。感情はどうあれ、冒険者たちは意外と繋がりを気にする。

 けど、そんなことには疎いだろう女たちの、厭味ったらしい声が響いた。


「まぁ、あんな低級の冒険者へも、目をかけてらっしゃるんですね!」

「大変な立場だもの、妬まれて大変でしょう? おもてなししますら、ぜひ私の店に寄ってくださいね」


 妬みって、それはあんたらだろっての。

 どの女も長い髪をまとめている。そいつらを見ないように、足早に通り過ぎた。



 ◇



 しなる階段の板を軋ませて登ると、部屋の扉が勢いよく開いた。

 急いで室内へ飛び込むと、横っ腹に蹴りが飛んでくる。


「フィア、ごめん!」

「おっそい!」


 それを両腕で挟み込むようにして勢いを流す。

 わたしより頭一つ背の高いフィアは、足を床に戻すと見下すように詰め寄る。


「アメリ、ようやく戻ったと思ったら、出かける準備もできてないじゃない……待って」


 フィアは眉間に皺を寄せると顔を近付け、思いっきり仰け反った。


「あんた、遅れた理由ってそれ? どうしても出かけたいって友達のお願いに、オス臭いにおいを撒き散らして遅れてくるなんて、信っじらんない!」


 まずい、始まった。


「いつまで初心者の瞑想級<クラス・メディテーション>気分でいるつもりよ!」


 放っといたら、本当に出かけるどころじゃなくなってしまう。

 声から逃げるように奥に引っ込み着替えを掴む。


「おねがい。体、洗わせて。その間、わたしの荷物もまとめといて」


 大きく息を吸って、フィアは動きを止めた。

 今日の依頼の主導者はフィアだ。なんとか怒りを収めることにしたんだろう。


「行きがけに、あたしの荷物を運んでくれる? それで手を打つ」

「あぁもう、いいよそれで!」


 急いで体を洗い着替える。

 装備だって大したものはない。準備を終えて戻ると、フィアも私の荷物を集めていた。

 いつでも出られるように、行き先ごとに必要なものを種類ごと道具袋に分けてあるから、必要なものを背負い袋に詰めるだけなんだけど。

 最後に階下の井戸で水袋に水だけ汲むと、街の外へ続く門へと急いだ。


 行きの荷物を増やす程度で、フィアの文句が減るなら安い取引だ。

 日帰りの予定だから、重いものといえば武器を除けば水袋や食べ物くらいのものだし。


 けど、また溜息が出た。

 ほんと、あいつはケダモノかっての。

 腰に残る、じんとした痺れを無視する。

 グイルの触れた感触が消えるようにと願いながら。





「なんだお前ら、今日は遅いな」

「ただの野草採りだからね」

「帰りまで遅れるなよ!」


 見慣れた門番たちに手を振って、草原の中に伸びる街道から、すぐそこに見える森を目指す。

 わたしたちの他に、冒険者たちの姿はすでにない。


 ふと、街を囲む薄汚れた壁を振り返った。

 あぶれ者の掃溜めのような下町の住人の一角は、冒険者組合に属する者で溢れている。

 あんな頼りなく見える壁が、外の危険から人間の命を守っている。



 外には、魔障<イビル・フェノメナ>がはびこっている。



 街のゴミ掃除のような雑用だって多いけど、わたしたち冒険者は、そいつらを片付けるためにいる。

 主にそいつらを倒すことに従事するなら、魔障討伐組合でも良さそうなもんだけど、耳障りの良い冒険者と呼ぶことにしたのは、人寄せの為だけではない。


 そんな専門的な技術が必要な名称では、登録希望者も、依頼者も集まらなかったに違いない。上の奴らも、根無し草を集めて、誰もやりたくない雑多なことを押し付ける下働きを確保したかったのが本音だろう。


 実際は、専門的な技術もそれなりには必要になる。

 少しでも稼ごうと思うなら、より危険な魔障(フェノメナ)退治に向かうしかないからだ。




 森の中を入っても、しばらく歩き続けた。

 採取場所である目的の小さな山の中に入っても、黙って周囲を見回しつつ歩く。

 崖を上ったり下りたりして、一見、横穴のように見える斜面の窪みへと近付いていく。

 フィアが立ち止まったのを見て、荷物を降ろした。


 木漏れ日がちらつく、やや開けた場所を囲むように、不自然な下草の暗がりがある。

 ゆっくりと足を進めると、垂れ下がった草の陰から、黒い塊が頭を上げる。

 そいつらは黒い霧をまとい、のたりと滑り出た。

 じっと見れば視点が定まらない煙のようでありながら、実体を持つらしい不気味な存在。

 ここらにいるのは、危険度の下がる小型の魔障だけだ。


 小型といえども、取りつかれたら人間の意志力<ウィル・パワー>を、食いつくしてしまう。

 魔法を使うために必要な、意志力。

 それを生みだすことにしか使わない、役立たずの器官だというのに、なくなれば死んじゃうなんて、なんて理不尽なんだろうと思う。


 魔法なんて、本当に必要なわたしたちにさえ、滅多に使うことはできないってのに。


 わたしは、ほとんど杖代わりの木製の棍棒から、片手で扱える程度の短い手斧へと武器を変える。

 フィアは枝をはらう鉈を持ったまま、魔障へと駆け出した。




 魔障が片付いたのを確かめて、手斧を腰の帯革に差す。

 地面に屈みこんで、雑多な草を掻き分けながら、ようやく口を開くことにした。


「で? なんでわたしたち二人なわけ?」


 フィアが人集めにしくじったのは分かっている。

 ほんと、日帰りの依頼で良かった。ただの野草採取だから遠出はしない。

 それでも、約束の人員を揃えられなかった指摘はしておく。

 あまり繰り返してほしくはないことは、伝えておかなければ。


「あんたが引き受けたいって言うから、手配も任せたんだけど」


 問題は、どうしてそこまでして無理しているのかっていうこと。

 フィアは頬を膨らませて、声を絞り出す。


「そうね。そこは、悪かったわよ……でも、二人いりゃできない仕事でもないし」


 別に、こうして二人だけで出かけるのも珍しいことではない。

 近場の単純な採集依頼くらい、随分と慣れた。

 だからって、無理を当たり前だと思って欲しくはない。

 わたしたちは、冒険者なんだから。

 影のどこからでも現れ得る魔障を、警戒し続けての移動は大変なことだ。


「もういいでしょ。今朝のあんたの失敗とお互い様ってことで」

「それはそれは、ありがたいわね」


 一度口を開いたら、いつものように途切れることなくお喋りを始める。

 もともとフィアは落ち着きのない性格だ。


「それよりも! なんなの、あんた。次の相手は誰よ。昨日は臨時で組んだ相手だったよね。あら、でも女じゃなかった? そうよ確か、経験の浅い小娘で……ああ、酒場で小娘のおこぼれをもらったとか?」


 フィアの意地の悪い言い方は、自虐でもある。

 その小娘は、近くの村から出てきて日の浅い、瞑想級<クラス・メディテーション>だ。まだ十代の彼女に、手を付けようと男どもが群がる。

 だからこそ、依頼の手順なんかを教えるようにって、たまにわたしに周ってくるんだけど。

 真面目に仕事してるから、組合の信頼も高いのかもしれないけれど、金にならない面倒な仕事が回ってくるのは良いことなのかどうなのか。


「まあ……そんなもん」


 つい、そっぽを向いてしまった。しかも歯切れが悪い。

 これじゃ、誤魔化せない


「変ね。なんなの、その態度」

「いい気になって奢りまくってるバカがいたから、ちょっと、誘いに乗ってみたっていうか……」

「あんた、まさか……」

「まさかって何よ。誰と遊んでようがいいでしょ。あんたの相手を取ったわけじゃあるまいし」

「グイルね」

「……うん」


 大げさに呆れた溜息が聞こえた。


「また? またなの!? 何度目よ、グイルにコケにされんのは!」

「黙ってよ。あんたの失敗を誤魔化すために、揚げ足取ろうっての?」

「そんなこと言ってないでしょ」


 それからフィアはむっつりと黙り込んだ。わたしも、とっさに言い返してしまった唇を噛む。これ以上八つ当たりしたくないし、させたくない。

 そしてまた黙々と草花を摘んでいく。


 それでも、こんなに静かな時間が続くなんて、フィアには珍しいことだ。いつもなら、もっと散々な言葉で罵ってくるのに。


 でも、今は何も聞かない。

 現場で無駄話に気を取られて失敗したことだって幾らでもある。

 こんな時は、つい、かっとなってしまうから。


 でも、静かな時間は続かなかった。

 ふたたび暗がりが蠢く。即座に立ち上がった。


「また魔障? 小物とはいえ、今日はついてない」

「知らないわよ。文句言ってないで、そのでかいケツ振りな!」


 フィアがわたしの愚痴に文句をつけながら魔障へと飛びかかる。

 むっとして、わたしも文句を返す。


「あんたは縦に伸びて、起伏が乏しいんだから、しっかり見張りにくらい役立てたらどうなの!」


 フィアの言う通りで、グイルにコケにされるのは何度目だろう。

 忘れてしまいたいと思うのに、その一時は、それでもいいと思ってしまう。

 苛立たしい気持ちを力に変えて、手斧に乗せた。



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