それぞれの立場
正直いって学校生活は退屈なものだった。
ここまで2週間ほど経過して、この生活にもやっと慣れ始めるころのはずだが、俺はもうすでに退屈を感じていた。
俺は代々能力者の一家にうまれ、兄弟の中でも一番の実力があった。
幼い頃から将来を期待され、SAR高等学校を優秀な成績で卒業して国を背負って立つ人間になる、そう思われて育ってきた。
実際に自分もそうだと思っていた。
しかし、現実は違った。俺が入ったクラスは、クラス内では1位とはいえ最下位のEクラス。
期待していたことと違っていたのはそれだけじゃない。周りにいるのは入学するので精一杯、入れただけで嬉しいというような生徒ばかり。
能力のコンプレックスが見え見えで、物の尺度は能力の数値だけ。上に媚びへつらい、下を見下す、つまらない人間ばかりだった。
俺は、自分が高いクラスに行けなかったのが、この退屈の一番の原因であり、これは自分の能力相応の環境なのだ、ということが理解できるくらいには賢かった。それがなにより一番タチの悪いことだった。
そのクラスメイトたちの中でも、身の程知らずの恥も知らず、妹を利用してこの学校に入ってきた上杉 陸に、俺は特に苛立ちを覚えていた。
……はずだったのだが、俺を苛立たせていた張本人が、今1人で親子丼を、顔の筋肉全てが緩みきったシワあせそうな顔をハフハフしている。
俺はこんなのにイライラしてたのか?
急になんだかイラついていたことがバカらしくなってきた……
長い前髪で見えなくても、その目は親子丼だけを見つめているのがわかる。
そんなうちのクラス断トツのワースト一位に、興味が湧いた俺は話しかけてみることにした。
「や!上杉君、だよね」
話してみると、上杉の印象はガラリと変わった。
それまでは、周りの目も気にせず、この学校にしがみつく浅ましいやつだと思っていた。
しかし、彼はなんというか、何も考えてはいなかった。
自虐的な性格ではあるが、鈍感で、とても無欲な人物だった。ご飯が美味しければ幸せなのかと、本気で思うほどに。
上杉の妹は学校で知らない人はいないほど有名だ。
下手をすると、全国ニュースにもなっているので知らない国民の方が少ないかもしれない。
上杉 海。学年トップの成績で入学し、初の女子生徒。噂で聞く限り、容姿はその寸分狂いない人形のような美しさ故に、見るものを釘付けにしてしまうらしい。
そんな、今目の前にいる野暮ったい前髪の少年からは想像できないような、妹の話を振ってみると、陸は急にバツが悪そうな顔をした。
どうやら妹の話はして欲しくないらしい。
鈍感な彼をそこまでさせるようなことがあったのかと思うと、今までの彼の人生を少し気の毒に思った。
もしかして比べられたりして、辛い思いをしてきたのかもしれない。
俺は自分の弟たちにするように、頭を撫でてやった。前髪の隙間から、閉じられた目の、長い睫毛が覗いた。しかし、やっぱり上杉の瞳を見ることはできなかった。
なぜか、その瞳をしっかりと見てみたい、そう思わせるような時間だった。
俺が陸と話すようになったことで、陸の周りの環境は少し変化があった。
「やあ。上杉君。僕の名前きっと知らないよね。まぁ、別に影がうすいからしょうがないんだけど。」
俺と陸が初めて教室で会話をしていて、それに驚いていた他のクラスメイトたちから、1人、こちらに話しかけてきた奴がいた。
「え? あ、ご、ごめん。あの、ぼく友達がいなかったから……」
そのセリフが過去形になっているのが、俺は少し誇らしい。
「知ってる。ハブられてたよね」
「うっ。……そうです。はい」
「僕だって話しかけたかったんだ。悪く思わないでくれよ。君は僕と同じ雰囲気だから友達になりたかったし。でも、僕は地味で根暗で成績が悪いからさ。僕が話しかけたらむしろ悪化するんじゃないかと思ったし、かわいそうに傷を舐めあっているぞ、と思われたくなかったんだ。でもここにはクラス1位がいるんだから。これで僕らが話していても変じゃない」
小声の早口で喋る、小さな眼鏡の少年は、橘 伊織だっけ?
こんなに言うやつだったんだな……
「いや、全然、話しかけてくれてありがとう。君の名前、教えてください」
「橘 伊織。橘もいおりも名前負けしてるから、メガネって呼んでもらって構わないよ」
「そんなことないよ……いおりってよぶね!」
孤独なクラスメイトが、自分の手によって友人を増やした。俺が唯一の友達であるという優越感を、もう少し感じていたかったが、これは喜ばしいことなのだろう。