火あぶりの刑
火あぶりの刑に関して、これは史実ではありません。火あぶりにするとどうなるのか、これで正しかったと思うのですが。
「神父様、誓って彼女は魔女ではありません」
「もう刑が決まったのだ。仕方ない」
神父は首を振り、冷たく私の主張を退けた。確かに、もはやどうしようも無い。既に裁判を終え、しかも今日は刑の執行の日。既に彼女は高く磔にされ、薪は彼女の周囲に積み上げられている。
彼女はこれから我が身を焼かれることにただただ怯え、ガクガクと震え上がっている。彼女に救いがあるとすれば、このまま恐怖に気が触れて何も判らなくなるか、あるいはそのまま意識を失うのも良いだろう。
しかし、ほんのささやかな慈悲、具体的な慰めが神父から下された。
「魔女よ、そう恐れることは無い。いきなりお前に火を付けるわけでは無いのだ。ほら、薪は梁から少し離しているだろう?」
ああ、そういえばそうだ。直接、彼女の足元に積み上げるのではなく、薪はドーナツ状に取り囲まれている。遠目には少し判りにくいが。
「魔女よ。お前は身を焼かれて死ぬのでは無い。まず、お前が煙に包まれ、その煙によって息を詰まらせるのだ。それは大して苦痛にはならない。徐々に意識は朦朧として失われ、気を失うようにお前は死ぬのだ。それを見越してから、燃えたぎる薪をお前の足元に寄せ集める。そうして、お前の遺体が火葬される、という寸法だ」
彼女は今だガクガクと身を震わせながらも、コクコクと神父に頷いた。確かに、生きたまま身を焼かれるよりは幾分マシだ。無論、死ぬことに変わりはなく、私が納得する訳もない。
そんな私に抗議する暇も与えず、神父は私の腕を引っ張っていく。
「あ、あの、神父様、何を」
「昔は残酷にも、そのまま身を焼いていたそうだがな。この擬似的な火刑は、例え相手が悪魔といえど慈悲をかけることこそ、神に仕える我々の使命という訳だ――さあ、ここがお前の持ち場だ」
神父はそういって、私を彼女の真後ろに立たせた。
「神父様、私に何を……」
「お前には重要な役目を担って貰うぞ。彼女を生きたまま焼くようなことが無いよう、これで突いて息絶えてることを確認するのだ」
そうして私に手渡されたのは、一本の小さなナイフだった。
「神父様、これでは彼女に届かない――」
「風向きも良し、刑はまもなく執行される。さあ、しっかり頼むぞ! お前の『勇気』が試される重要な役目だからな!」
「……あ、ああ」
刑の執行を見届けようと、集まった群衆はざわめいた。
「うわ、なんだこの煙は」
「薪が湿気ってたんだな」
「こ、これでは何がなんだか判らない――げほ、げほ」
火をくべられた薪からもうもうと煙が上がり、磔にされた彼女を覆い隠すまでに舞い上がった。おまけに風向きも最悪、集まった群衆を追い散らすほどに「煙幕」は広がっていく。
神父は歯ぎしりをして周囲に愚痴を飛ばした。
「やはり彼女は魔女だったのだ。この呪わしい臭気がその証拠だ。みんな気を付けろ。この煙にまみれれば小癪な魔術をその身に吸い込んでしまうぞ」
そう云って、更に群衆や教会の僧侶達を追い散らした。
「……私は死んだの? あなたは向かえに来た天使様?」
「ああ、そうさ。これから僕達は天国に行くんだ」
こんなススだらけの天使様なんて居るはずも無いが――私はようやく息を吹き返した彼女を抱えながら、密かに用意されていた馬を駆って大草原へと走らせた。
確かに天国には違いない。一切れのパンも持たない逃亡生活が待っていようと、彼女が生きているならどこだって天国だ。
(完)
映画「薔薇の名前」を見て思い立ちました。なにか間違えてたらすいません。