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4、これからどうするの?

 がっくりとうなだれたミケを見ながら、私は一生懸命かけるべき言葉を考えた。

 魔術が当たり前にある世界からやってきた人が、知らない世界でその力を失ったとしたら一体どんな気持ちだろう。

 すごく大変で心細いだろうということ以外わからなくて、軽はずみな言葉はかけたくなくて、私はなにも言えずにいた。


「まぁ、一時的なもんなのか、この姿になってるからなのかはわかんねぇけどな」

「そっか。……よかった」


 たぶん一生使えないってことはねぇよ、と付け足してミケは笑った。

 猫の顔だから、それが強がりの笑いなのか本当の笑いなのかわからなかったけれど、とりあえず私は少しホッとした。


「じゃあ、お昼ご飯にしようね」

「俺も下におりる」


 気を取り直しているうちにご飯を食べさせてしまおうと思って部屋を出ようとすると、ミケは私についてきた。

 ぴったりと横をついて歩く黒猫の姿を見て、私は「猫を飼うっていいな」なんて考えてしまった。……猫じゃないのだけれど。






 印刷した地図を片手に私は歩いていた。

 動物病院は隣町にあり、バスで五分ちょっとだった。

 距離も近いし、そこまでの道もわかりやすいのだけれど、それより困ったことがあった。


「こぇーよぉーこぇーよぉー」

「静かに!」


 肩からかけたカバンがゴソゴソと揺れるたび、中から情けない声が聞こえる。

 猫用のキャリーをまだ用意できていなかったから、大きめのカバンにタオルをつめて、その中にミケを入れた。外が見たいだろうとカバンの口から顔が出るように厚めにタオルをつめてあげたのだけれど、それがいけなかった。

 猫の姿で異世界の景色を見るのがよほど怖いらしく、激しく震えてずっとうるさいのだ。

 お昼を食べている間ずっとなだめて励まして、それでやっと外に連れ出したのに。


「ミク! このへんの人間は変な宗教でもやってんのか⁉︎」

「なんで?」

「ずっと、へんなオブジェが等間隔で並んでる!」

「ああ……」


 なにかと思えば、ミケは電柱を見て怯えていたらしい。

 たしかになにも知らずに見れば、不思議な光景に見えるだろう。


「これは電柱っていって、電気を各家庭に届けるために建ってるの。オブジェじゃないんだよ」

「電気?」

「んー……雷みたいなもの? それを人工的に生み出して、この線を通して送ってるの。テレビも部屋の明かりも、電気がないと動かないからね」

「雷⁈ めっちゃあぶねぇじゃねぇか!」

「……うん」


 私のわかる範囲で説明してみたけれど、ミケの恐怖は増すばかりだったらしい。たしかに電線に触れると危ないし、倒れてくるっていう可能性もあるけれど、ミケはただ単に異文化にたいして恐怖があるだけなのかもしれない。

 それからもミケは車が横を通れば「鉄の馬車だ! しかも馬もいねぇのに走ってる!」と騒ぎ、たまたま上空をヘリコプターが飛べば「魔獣か⁉︎」と震えた。

 ここまで来ると怖くないものなんてないんじゃないかと思う。怖がり方がいちゃもんレベルだ。


 病院がそろそろ見えてくるという頃、ミケの震えは一段と激しさが増した。カバンの中にすっぽりと頭を隠しているから見えていないはずなのに。獣の勘というやつだろうか。


「ミクぅ〜無理だぁ〜」

「大丈夫だって。検温と体重測定とかくらしいかないから。注射は費用を確認してまた後日にするから」

「嫌だぁ〜怖いんだよぉ〜」

「でも、行かなくちゃ」

「い"や"だぁ"ー! ごろ"ぜー! い"っぞお"れ"を"ごろ"ぜーっ!」


 首をしめられた猫のような声を出しはじめたから、私は回れ右をして来た道を逆走することにした。

 かわいそうだったからじゃない。ミケの声があまりにも大きくて、道行く人に不審な目を向けられたからだ。ここにおまわりさんが通りかかったら補導か職質をされるかもしれない。そんなの困る。問題を起こさず良い子でいるのが私のモットーだ。あまり色々うるさく言わないお母さんが、「ルールを守らない人は社会に守ってもらえなくなるよ」と言っていたくらいだし。


「ミケ! もう行かない! 行かないから静かにして!」

「……わかった」


 カバンの上から優しくトントンとしてやりながらなだめるように声をかけると、ようやくミケは騒ぐのをやめた。


「帰るからね。あと少しだから」

「……うん」


 昼と夕方の間の微妙な時間帯のせいであまり乗客がいないバスの中、私は小さな声でミケに声をかけつづけた。

 なにを話しかけてもミケはか細い声で答えるだけで不安だったけれど、家に帰るとすぐにテレビの前に走って行った。こっちの世界の文明を恐れてみたり、馴染んでみたり……ミケはたぶんミーハーだ。





「ミケは、これからどうするつもり?」


 夕飯にはまだ少し早い時間。ミケにねだられて作ったゆで卵を食べながら私は尋ねてみた。

 別に深い意味はなく、純粋に疑問だったのだ。

 帰るための魔術の準備はできていなくて、魔術も一時的にではあれ使えなくなっている。おまけに猫の姿になってしまっているし。


「これからどうするって、今日の予定か?」

「猫に予定なんか聞かないよ。そうじゃなくて、帰るなりもとに戻るなりしなきゃいけないでしょ? ほら、ミケだって学校とか仕事とかあるんじゃない?」

「……ゔっ」

「大丈夫⁉︎」


 しっかり冷まして小さくしてからあげたはずなのに、ミケはゆで卵をつまらせた。

 背中をさすってやって水をすすめると、喉もかわいていたのか一気に飲んでしまった。


「そうだな……帰らなきゃいけねぇな。で、でもまぁ、方法が見つかったらな」


 ひと息ついたはずなのに、どこか焦った様子でミケは言った。目が泳いでいる。それはもう、バッシャバシャと。

 それを見て、私はこの話題はミケにとって触れられたくないものなのだなと気がついた。


(世界征服とか言いつつ、なにかから逃げてきたんじゃないの?)


 ミケはもしかしたらなんらかの犯罪を犯して逃げてきたのではないのか……なんてことを考えて、すぐにそれを否定した。

 だって、この頭の悪そうな人にだいそれたことなんてできるわけがない。もし犯罪を犯して逃げてきたにしたって、きっと軽犯罪だ。それなら、わざわざ大がかりな魔術の準備をして異世界に来たとは考えにくい。


「そっか。それなら、その方法が見つかるまでうちにいたらいいよ」


 じゃあなんで逃げてきたのか? という疑問は残るけれど、別にそれはたいした問題ではない気がした。私だって、せっかく異世界から来ただなんて変な人間と出会えたのだから、積極的にさっさと帰ってほしいわけではないし。


「すまんな。面倒をかける」

「いいよ。そのかわり、私に魔術とかミケの世界のことを教えてよ」

「……まぁ、俺がわかることならな」


 浮かない顔のままミケは残りのゆで卵を食べはじめた。自分の知っていることなら嬉々として話しそうなタイプなのに。

 どうしようかと、私はまた頭を悩ませた。こういうのが、私は不得意だ。

 お父さんとお母さんと話すときも、よくこんなふうに困ってしまう。私は、踏み込むということがどうにも苦手らしい。

 だから私は、優梨ちゃんや伶奈ちゃんが好きなのだ。彼女たちのすべるようなおしゃべりや、年頃の女の子らしいささやかな悩みごとなんかには私はさして悩まず相槌を打つことができるから。

 今は猫の姿になっているけれど、ミケは知らない人で、しかも男の人。そういった、自分のテリトリーの外にいる人とのおしゃべりの作法というものが私にはまだわからない。


「ねぇ、もとに戻るためにはなにをしなくちゃいけない?」


 しばらく悩んで、私はまぁいいかと思い直した。私はミケと友達になりたいわけでもなく、仲がこじれたところでなにも困らない。安易に踏み込めないのはこじれたくないと思うからだけれど、よく考えたら別にミケとはどうなったって構わないわけだ。

 それなら、気にせずなんでも聞いたらいいと気がついた。聞かなければはじまらないわけだし。


「そうだな。まずはお前がどんな魔術を使ったのか解析する必要がある」

「どんなって、ネットで見つけた教科書通りにやったよ?」

「いや、教科書通りにやっても魔術にはひとりひとり癖が出る。だから、その癖の部分も読み取って解析して、そこから解除の魔術を構築するんだ」

「おー」


 イヤイヤという感じではあったけれど、ミケは質問に答えてくれた。解析だとか解除の魔術だなんて、ネットとかで調べるだけでは知り得なかったことだ。


「人には元々属性ってものがあって、魔術を使うときにはそれに依存する」

「どういうこと?」

「属性っていうのは、火とか水とか自然界のどのエーテルから力を借りるかってことで、それによって同じ魔術を使うにしても属性ごとに陣や呪文が微妙に変わるんだ」

「じゃあ、たとえば私とミケの魔術は違うってこと?」

「俺とお前の属性が同じじゃない限りな」

「でも私、自分の属性なんて意識せずに使ったよ?」

「それが問題なんだよ。……そもそも、魔術がない世界で、独学でそれを使おうとする人間がいることがおかしいんだよ」

「じゃあ、これからはミケが先生をしてくれるね」

「なっ……!」


 流れるような説明に感心して素直な気持ちで言ったのに、ミケは顔をひきつらせた。


「……こ、こんなのは魔術の初歩だ。一番最初に習うようなことを話しただけで感心すんな」


 照れたのか困ったのか、ミケはまるで猫のように顔を舐めはじめた。なんとなく、何かをごまかそうとしている気がする。

 でも、どんなことを考えているのか尋ねようと思ったとき、思いがけない邪魔が入ってしまった。

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