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第二話 魔王(仮)は恐ろしい者と出会う

 ーーそうだ、異世界へ行こう。


 ミケ・バックハウスはそう思い立ってから、かなりの時間をかけて準備をした。綿密とはいえなかったかもしれないが、入念とはいえるだろう。とにかく、これまでにないほどの熱意を込めて準備をした。

 だから、準備が整うとすぐさま実行に移した。


 陣の上にたち、魔術を発動させると、まばゆい光が体を包んだ。ただその場に立っているだけなのに、箒に乗って高速で飛び回っているときのような圧が全身にかかる。そして、耳元では羽虫が激しく飛んでいるような、少し不快な音。

 それらの感覚に、ミケは自分が空間から空間を移動しているのを感じていた。そして、自分が確実に世界を移動しているのだと感じていた。

 その魔術が成功したとき、ミケ・バックハウスはものすごい達成感に満たされた。目的を達したという気持ちと、まだ誰もやったことがないことを成し遂げたのだという優越感。そんな感情で、自然と高笑いが出てしまった。

 異世界と異世界を繋ぐ魔術というのは、実はあまり確立されていない。

 今のところ有力なものは、つい最近、エルネスタ・アーリンゲが完成させたある研究だけだ。それも、噂によると副産物的なもので、本来の目的とは外れていたらしい。だが、この物語にはあまり関係がないので多くは語らないでおこう。

 ミケは、異世界へ行く方法を学ぶために、エルネスタが書いた論文をかなり読み込んだ。その結果、今ある空間と空間を結ぶ移動魔術を応用した、新たな魔術を編み出したのだ。

 一から自分流の魔術を創るというのも、センスの為せる技で、だからミケは自分が異世界へと無事到着したとわかったときは嬉しくてたまらなかった。


 異世界へとやってきたミケが最初に目にしたものは、ひとりの少女だった。

 ミケが暮らしていた大陸では見かけない感じの、黒髪に黒目が特徴の少女。その少女が自分を見る目が驚きに満ちていて、それを見て気を良くしたミケはこう叫んだのだ。


「俺様は魔王だ! この世界を征服してやるぞ!」


 これがどうにもいけなかったらしい。

 ミケの姿を驚いたように見ていた少女は、その声にすっかり怯え切った。怯え切って、とっさになにかしてしまったようだった。

 彼が出現したのは書きかけの陣の上。怯えた少女は、その陣を慌てて完成させた。


 そしてミケは光に包まれた。


 光の中で、ミケは自分の体が組み替えられていくのを感じていた。バラバラに砕かれ、そしてまたより集められ、瞬く間に自分が別物に変わっていくーーそんな感覚だった。

 気がつくと、視界を奪っていた光が消え去っていて、さっきの少女の姿が見えた。

 だが、なぜかその姿が大きいのだ。ミケはすぐに、彼女が魔術で体を大きくしたのではないかと思った。自分とやり合うために、大きくなったのだろうと。

 しかし、驚きに満ちた目でこちらを見ているのが気になった。やり合おうというのなら、もっと好戦的な目を向けてもいいはずなのに。

 あまりにもジッと見つめられるから、ミケは不安になって自分の姿に目をやった。そして、気づいてしまった。

 自分が、猫になってしまっていることに!

 まず手を見た。それは手ではなく、黒々とした毛に覆われた前足になっていた。手のひらを見れば、ぷっくりとした肉球がある。

 その肉球つきの前足で自分の顔を触ってみると、人間のものではない感触だ。そしてトドメに頭頂を前足で触ると、そこには可愛い三角のお耳があったのだ。いわゆる、猫耳である。

 少女が大きくなったのではなかった。自身が、猫になってしまったから彼女が大きく見えるのだ。先ほどの感覚は、体が猫に変わっているものだったのだーーそのことに気づいて、ミケはかなり焦った。

 だが、とりあえず彼は叫んだ。


「なんてことしてくれてんだー!」


 本当は怖い。正直言えばビビっている。いきなり人を猫に変える魔術を使ってくるなんて、まずまともな人間ではない。

 それに、この世界には魔術が存在していないはずだった。さらに言えば、人を動物に変えるだなんて、かなり高等なもののはずだ。

 魔術がないはずの世界で、かなり高等な魔術を使う人間と行き遭ったーーそのことだけで、ミケは自分がかなり不運だなと感じた。

 だが、自分が怖気づいているのだけは悟られまいとした。


 ミケはいきり立ち、少女に説明を求めた。

 少女は戸惑った様子ではあったが、謝罪を述べた。そして、どういった魔術を使ったのか説明した。その様子は、とても丁寧だった。

 それにミケはすっかり安心して、さらに強気な態度に出た。早くもとに戻せ、と。

 だが、その言葉に対しては、ハッキリキッパリ「できません」と少女は答えたのだった。

 少女の返答に、焦り、さらに怒って見せたが、それ以上はダメだった。

 やはりミケが最初に感じたとおり、その少女はとんでもない人間だったのだ。

 魔王を名乗るなら自分でとっとと元の姿に戻って勝手に帰れと、少女はミケに言い放った。そして、猫になったミケの首根っこをつかみ、目線の高さまであげるとプラプラさせたのだ。

 さらに少女は、自分にはミケを元に戻すことはできないと言った。そんな方法は知らない、と。使うことができる魔術は、さっき使ったものだけだ、と。

 それを聞いて、ミケは泣いた。

 絶望したのだ。

 もとよりこの世界で魔術を使って好き放題するつもりだったから、帰るための用意はしていなかった。その上、猫にされてしまって、戻ることができないなんて、そんなのあんまりだーーそう思って、ミケは泣いた。

 魔術学校で毎日暴れまわり、教師たちの手を焼かせている悪い奴の面影はなかった。

 ただの惨めな黒い毛玉と化して、ミケは泣いた。


 そんな情けないミケを見兼ねて、少女は自分の夕飯を分け与えてやった。

 夕飯を食べたあと、食べたんだから出て行けなどと言われたが、結局ミケはこの少女に飼われることになった。そこに至るまでに、プライドもなにもかもかなぐり捨てて頼み込んだわけだが。

 なにもかも予定通りにはいかなくて、もうヤケになっていたのだ。

 ヤケになってはいても、今ここでこの少女に放り出されるわけにはいかないーーその一心で、ミケは少女に取り入ったのだ。

 少女の気を引くのは簡単だった。

 魔術のない世界で、集められる情報を頼りに自分なりに魔術を学ぶだけのことはあって、少女はかなり魔術にご執心だった。

 だから、魔術やミケが来た世界の話をすると、目を輝かせた。

 ミケがやってきた大陸であり大きな国であるグラフローズの成り立ちや、ミケの世界の技術の話にかなり興味を持ったようだ。

 ミケの話を聞きつつ、少女も自分の世界の話をした。その様子は、まるで話したがりな子供だった。

 その無垢で無邪気な感じに、少しだけミケは戸惑った。


 最初の印象は、おどおどとしていた。だが、そうかと思えば、冷静で冷酷だった。そうかと思えば、こんなふうに無邪気。

 ああ、この子は少し不安定なんだなーーそれが、ミケのこの少女・美紅みくに対する感想だった。

 魔術のない世界で独学で魔術を学び、そして自身を動物にするための魔術の準備を進めていただなんて、まともではない。

 そう、恐ろしいことに彼女は悪巧みの一環で人間を動物に変える魔術を準備していたわけではなく、自分を動物に変えることが目的だったのだ。

 ミケの世界でもなかなかお目にかかれないほどのキレッキレだ。

 運悪く美紅自身にかけるはずだったその魔術はミケにかかってしまったわけだが、動物になどなって何をするつもりだったのかが、非常に気になるところだ。

 ともあれ、ミケはこの不安定でキレキレで好奇心の塊で、そして本人は無自覚であるだろうが非常に魔術のセンスのある少女・美紅に飼われることになった。


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