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第一話 ミケ・バックハウスという男

 ミケ・バックハウスは、悪い奴である。

 悪党というほど悪いことはしていないし、小悪党にも届かない。だが、じゃあ善良な市民かといえば決してそういうことはなく、悪い奴であることに間違いはない。

 ここではない世界の言葉を借りるならば、不良とかヤンキーと呼ばれる人種に近いのだろう。


 ミケ・バックハウスの住む世界は、魔術や魔法が当たり前に存在する。

 そうはいっても、すべての人間が上手い具合に使いこなせるわけではないが。

 魔法は、それを使いこなす血がその身に流れていないといけない。魔女だとか、魔法使いだとか呼ばれる者の血が一滴でも流れていなければいけない。いわゆる血統の問題だ。

 それに対して、一応魔術はすべての者が使えるとされている。魔法を血統の者でなくても使えるよう研究され生み出されたものが、魔術だと言われている。

 しかし、それでもやはりセンスや力量というものは問われる。

 すべての者が絵筆を持ったからといって画家になれるわけではないのと同じで、学べば使いこなせるというものではない。デッサンを学び、練習を重ね、うまいと言われる絵を描けるようになっている者さえ、一流の芸術家になれないのと同じで、魔術の世界もやはり最後の最後に問われるのはセンスだ。

 そして、ミケ・バックハウスという男は、そのセンスがあった。

 とはいえミケ・バックハウスは悪い奴である。その魔術のセンスを向上のために使おうという意識は、全くもって皆無だ。

 彼が魔術を使うのは、専ら悪いことをするときだ。

 それは、魔術学校に入ってからも変わらない。むしろ、学校という場で学ぶようになってなお一層、その悪さには拍車がかかったと言えるだろう。


 ミケ・バックハウスは大陸北部の、寒村の生まれだ。両親に恵まれず、気がつけば悪い奴になっていた。

 父親は昼間から酒をかっ喰らい、機嫌が悪いとよく彼を殴った。

 母親は、そんな父親に媚びへつらい、彼のことはいないもの、あるいは邪魔者のように扱った。

 そういったわけで、幼い頃から見向きもされずに育った彼は、一人遊びの中で魔術の才能を開花させていく。彼は専ら、破壊の中に喜びを見出した。

 雷を呼んで森を焼き、火を操って草原を焦がし、水脈をいじって地面を割った。

 本来なら、学校へ入って高等なことを学ばなければできないような芸当を、彼は独学でやってのけたのだ。

 偉い魔術師が魔術を修めていない者でも生活の中で使えるようにと編み出した初歩的な魔術を応用して、彼は自分流に魔術を使いこなしていた。

 そんな様子を見兼ねて、彼の叔父が彼を十二歳のときに魔術学校へ入学させた。学校へ行き、師について正しく魔術を学べば、少しはまっとうな人間になれるのではと期待したのだろう。

 それに、彼を然るべきところに預けなければ周りがもたない、という理由もあった。

 魔術学校に入る頃には、ミケ・バックハウスの周りには、彼をどんな力でも抑えられる者がいなくなっていたのだ。

 性根の問題はいっこうに解決の兆しを見せないが、彼より強い者がいないという問題については、学校に入ることによって落着した。


 この世の中に魔術学校で魔術を修めた者というのは、それなりの数がいる。年々増加傾向と言えるだろう。

 だが、魔術学校の教壇に立つのは、学校に入るのと同じくらい大変だ。

 まず、強くなくてはいけない。攻撃魔術を専門にしなくても、ある程度の訓練は強いられる。

 そして、学び続ける姿勢が必要だ。魔術は日々進化する。新しいものが生まれる。より良いものが求められる。そんなふうに流れていくものに置いて行かれないように、日々魔術のことを考えられるくらい魔術が好きでなければ、魔術学校で教鞭をとるのは難しい。

 ようは魔術マニアでなければ務まらないのだ。つまり、魔術学校の教師なんてものは変人ばかりというわけである。そして、厄介なことに強い。


 そんな変人で強い教師たちに見守られ、もとい見張られ、入学してすぐはミケ・バックハウスも村にいた頃のような悪さはできなかった。独学で身につけた魔術など、長年研鑽を重ねてきた教師たちにとっては幼子の悪戯も同然だった。

 だが、そんなことで改心するミケ・バックハウスではない。

 彼は学校という場で、まるで乾いた土が水をグングン吸収するように魔術の知識を身につけていった。身につけたものは、教師にひと泡吹かせるために日々磨かれた。

 最初はやすやすと彼を抑えることができた教師たちも、そのうちに手を焼かされるようになった。ある日は防ぐことができても、その次の日にはこっぴどい目に遭わされることも増えてきた。

 そのため、北部の魔術学校の教師たちは、ここ数年このクソガキを抑えるためだけに新たに魔術を研究していったと言っても過言ではなかった。


 そんなミケ・バックハウスだが、入学して四年が経つ頃には学校で悪さをすることにも飽きはじめていた。

 退屈で、苛立って、なにか大きなことをしないと心が晴れないような鬱々とした日々を過ごすようになった。

 これがもし魔術のない世界なら、彼はきっとその苛立ちに任せてバイクで暴走していたかもしれない。バイクの代わりに改造箒に乗って、よく学校上空を騒がせてはいたが。

 そんな満たされない彼は、ある日新たな悪巧みを思いつく。

 それは、魔術のない世界で思う存分暴れまわる、というものだった。


 彼が魔術のない世界というものの存在を知ったのは、単なる偶然だった。

 この春から彼が籍を置く魔術学校に教師および研究生としてやってきた三人の魔術師のひとりにまつわる噂話がきっかけだったのだ。

 有力者の後ろ盾を得て魔術を研究する者を魔術従士というが、エルネスタ・アーリンゲはこれにあたる。ミケ・バックハウスが籍を置く魔術学校の理事のひとりが彼女の研究に興味を持ち、王都魔術学院から彼女を引き抜いたのだ。

 本来なら、とても名誉なことで、人々の羨望を集める存在だ。当然彼女も多くの魔術を志す者から憧れられる存在になったのだが、同時にある噂を間に受けて彼女を面白がる者もいた。

 彼女は、彼氏欲しさに魔術の存在しない異世界から好みの男を部屋ごと召喚したのだというのが、彼女が面白がられる噂の主な内容だった。

 恵まれた者は得てして妬まれやすい。だから彼女にまつわるその噂も、やっかみによる根も葉もない話の可能性が高い。

 だが、ミケ・バックハウスにとってはそんなこと、どうだってよかった。彼がその興味を惹かれたのは、魔術が存在しない世界がある、という部分だった。

 理事直々に引き抜かれただけあって、エルネスタはミケ・バックハウスをねじ伏せるおっかない職員のひとりだったが、同時に彼に新たな興味と目的を与えることになった人物でもあるのだ。


(魔術のない世界でなら、俺は最強なんじゃねぇの?)


 ミケ・バックハウスはそう考えた。

 魔術がない、普通の人間しかいない世界に行けば、魔術を使える自分はチートなんじゃないかと。

 そう考えたら、いてもたってもいられなくなった。

 日頃は開かない教科書や専門書を開き、必要なことを大急ぎで学んだ。

 異世界への扉の開き方、言語の異なる人間との意思疎通、とっさのときの姿の消し方……などなど。

 悪い奴のわりに、準備は念入りだった。向学心というものが正しい方向にむかいさえすれば、秀才になれるほどの勤勉さだった。

 しかし、彼の頭にはまだ見ぬ世界で好き放題することしかなかった。

 すべては、大暴れするためにーー。

 幼い頃、独学で魔術を会得していったときと全く行動原理は変わっていないのだ。


 様々なことを調べながら、ミケ・バックハウスは強大な力で人々の上に君臨するものを“魔王”と呼ぶことを偶然知った。これも、エルネスタからもたらされた異世界の知識だ。

 その呼び名が大層気に入った彼は、魔術のない世界に行ったらそう名乗ろうと決めていた。

 異世界に行って、魔王になって、人々を支配して……その先のことはまだ考えていないけれど、とりあえずまぁいいかと思っていた。

 そう、ミケ・バックハウスは悪い奴だが、致命的なことがあるとすれば、やや頭が悪いのだ。

 悪いことを考えるわりに能天気、とも言えるかもしれない。

 運が良いのか悪いのか、これまでそれで生きて来られたから、その姿勢を改めようとは思わなかったのだ。


 だが、もう少し考えればよかったと、のちにミケ・バックハウスは思うことになる。

 彼は自他ともに認めるキレッキレの人間であるが、一本線が切れている人間というのは、世の中には意外にいるものなのだ。そして、彼のように暴れるでもなく、静かに好奇心という枝葉を伸ばし、すくすくと力を手に入れているタイプのキレキレ者もいるのだ。

 ミケ・バックハウスは、征服しようとした世界で、そんな静かな魔物と出会うことになる。

 実際には魔物ではないのだが、その者の純粋な好奇心とそれによって得た力というものの恐ろしさを前に、ミケ・バックハウスは魔物のようだと思ったのだ。


 ミケ・バックハウスは、征服してやろうと意気揚々と準備をして向かった異世界で、こっぴどい目に遭うことになる。

 今まで教師たちにもされたことがないような、恐ろしい目に。



 これから語るのは、そんな彼のちょっと変わった異世界滞在記録である。


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