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11 早く人間になりたい

「ミク、この世界で魔術を使うのが自分だけだと思ってないか?」

「え?」

「自分の身の回りに魔術を使う人間がいたら……とは考えたことはないだろう?」

「それは……」


 ミケの唐突な問いかけに、私はハタと考え込んだ。たしかに、今までそんなこと考えたことがなかった。というよりも、魔術のことを調べて使ってみたいと思いつつも、本当に使えるだなんて信じきっていなかった節がある。

 でも、私は魔術を使うことができたし、魔術が栄えた世界もあることがわかった。それは目の前のミケが証明していることだ。


「世の中にはいろんな魔術があるが、たぶんこっちの世界の人間が知らず知らずのうちにかけたりかけられたりしてる魔術の多くが、恋愛に関する魔術だ」

「恋愛に関する、魔術……?」


 ミケじゃない人がそんな言葉を口にしていたなら、きっと「なにを言っているの」と笑い飛ばしただろう。でも、相手はミケなのだ。魔術がある世界から来た、魔王を名乗る人。

 その目を見ても、冗談ではないことがわかる。


「まぁ、ほとんどがおまじないレベルだ。日が登る頃に東を向いて好きな相手の名前を呼び、日が沈む頃に西を向いて同じことをすれば相手に思われるようになる……とかな。でも、中にはシャレにならないものもある。惚れ薬だとか、相手の心を操る魔術なんてのは本当に存在する。そして、欲しい効果を得ているやつだっている」


 私はそんなふうに魔術を使おうと思ったことはないけれど、そういうことをする人がいるということを考えると、ゾッとした。

 ミケの言うとおり、おまじないレベルなら私の周りにも実行している人はたくさんいる。

 消しゴムに好きな人の名前を書いて使いきれば両想いになれるとか、ある写真を待ち受け画面にすると好きな人から連絡が来るとか。中学生の女の子なんて、みんな一度はなにかしらそういったものを経験しているだろう。

 それを、より本格的にやりたいと思う人がいたとしても、不思議な話じゃない。


「……ミケの世界では、魔術を使って恋愛を成就させる人たちが多いの?」

「いや。魔術が当たり前の世界だ。当然防御策もある。そうホイホイと他人に心を操られたらかなわんからな。そういった魔術をかけられないようにしておくのも、魔術を扱う人間たちにとっては常識だ。……でも、ミクは全然だからなぁ」

「どういうこと?」


 尋ねる私に、ミケは半目の呆れた顔のままだ。察しが悪いと言いたいのだろう。でも、そんなことを言われたって困ってしまう。だって、これまで魔術とは無縁で生きていたのだから。


「恋の魔術を誰かが自分に使うはずがないって思ってるところがダメなんだ。『私は誰かに好かれるはずなんてないから大丈夫』なんて思ってるやつに限って、なんの備えもなく誰かに魔術をかけられたりするんだからな」


 なるほど、そういうことか。

 蓼食う虫も好き好き、という言葉があるように、人の好みなんて色々だ。もしかしたらわざわざ私なんかを好きと思ってくれる人もいるのかもしれない。


「でも、備えるってどうしたらいいの?」

「むやみやたらに人からもらったものを口にするな。それで惚れ薬なんかは回避できる。あとは、鏡にとある魔術をかけて持ち歩けば、ある程度のものは跳ね返せるな」


 一番は自分が誰かに好かれているかもしれないという自覚を持つことだな、と付け足してミケは大きなあくびをした。言いきってやった、という感じなのだろうか。

 私としては、ミケの話は理解できたけれど、いまいち腑に落ちない。気をつけるに越したことはないけれど、それと柏木くんの話はどうつながるのだろう。


「でもね、ミケ。柏木くんは魔術とかおまじないとは無縁だと思うし、そもそも私のことを好きなわけではないと思うよ?」


 これだけは言っておかなくちゃと思って言ったのに、ミケはまた半目でこちらを見て、今度は鼻をフンと鳴らした。


「そいつがどんなやつかは、俺がこの目でたしかめてやるよ!」


 そう言ってミケは、紙ナプキンでできたバラを仇のようにクッシャクシャにしてしまった。口と前足を使って器用に丸めたり引っ張ったりして、数分後には見る影もなくなった。


(柏木くんのなにがそんなにミケをイラつかせるのかはわからないけれど、直接対決の機会はないんじゃないかな)


 私はそんなふうに思っていた。

 けれど、その機会は意外にもそれからすぐに訪れた。






 期末テストが終わってすぐの日曜日。

 待ちに待ったお茶会の日がやってきた。

 よく晴れているから、絶好のガーデンパーティー日和だ。青空の下で綺麗に咲いたバラが映えている。


「綺麗だね」

「うん」

「去年よりも咲いてる」


 先生のお宅に集まった部員たちは、香りを楽しんだり写真を撮ったり、庭に咲いたバラを各々楽しんでいる。私も優梨ちゃんたちと並んで庭を見て回っている。


「ミケくん、こっち向いて」


 スマホを構えて、伶奈ちゃんがミケを呼ぶ。よそゆきの態度のミケは可愛らしい声で鳴くと、バラに顔を寄せてポーズをとってみせた。それを見て、私は笑い出すのを必死でこらえた。

 今日は優梨ちゃんと伶奈ちゃんからの要望と先生のご厚意で、ミケもお茶会に招いてもらっている。声をかけたときは渋々といった感じだったのに、いざ女の子ばかりの部員を目の前にすると途端に[[rb:猫をかぶり>・・・・・]]、にゃごにゃご鳴きながらいろんな子に抱っこされるのを楽しんでいた。


「お前ら、そんな不細工な猫の写真撮って楽しいか?」


 女の子たちがキャッキャとミケの写真を次から次に撮影するのを眺めて、冷めたことを言う人がひとり……柏木くんだ。

 彼は今日なぜか、このお茶会に招かれている。優梨ちゃんと伶奈ちゃんとの待ち合わせ場所に行くとそこに柏木くんもいて、私はびっくりしてしまった。

 なんでも、先生に無理言って参加させてもらったのだとか。先生も「希望者が多ければ断らなくちゃいけなかったけど、彼ひとりならまぁいいかと思って」と言っていたから仕方がない。


「柏木くん、失礼でしょ? ね、ミケくんは可愛いもんね。おめかしして今日はいちだんと可愛いよ」

「おめかしって、首に似合わねぇリボン巻いてるだけじゃねぇか」


 私の腕からミケを抱きあげ、優梨ちゃんはかばうように柏木くんから隠した。ミケはレースのリボンを巻いて一応よそいきの格好をさせてみたのだけれど、やっぱり似合わなかったのだろうか。

 はからずも柏木くんとミケが顔を合わせることになってしまって私はなにかあるかもと内心穏やかじゃなかったのだけれど、意外にもミケはお利口さんだった。

 柏木くんのことを一瞥して「あんまりあいつに近づきすぎるなよ」と言っただけで、人語も発さずにゃごにゃご言っている。



「じゃあ、みんな集まってねー」

「はーい」


 支度が整ったらしく、先生に呼ばれた。庭を奥の方へ進んでいくと、白いクロスがかけられたテーブルの上にたくさんのお茶とお菓子が並んでいる。

 英国式の正しいお茶会とは違って、先生のお宅で開かれるこのお茶会は立食パーティーに近い。ホストである先生にお茶をついでいただくのは最初のいっぱいだけで、あとは好きに飲んでいいことになっている。


「あー早く人間に戻りてぇな」


 たくさんの軽食やプチフールを前にして、ミケが悔しそうに呟いた。たしかに、これらのおいしそうなものを食べられないのはつらいだろう。

 お腹が空いてかわいそうな思いをしないですむようにと、家を出る前にミケにはご飯をあげたのだけれど。


「おいしいね。美紅ちゃんはなに飲んでるの?」

「私はシャリマティー。伶奈ちゃんは?」

「マルコポーロ。高いお茶だよ。おうちや部室じゃなかなか飲めないね」


 花とフルーツの香りがする甘い感じの紅茶を飲みながら伶奈ちゃんは上機嫌だ。オレンジが浮かぶ紅茶を飲みながら、私もせっかくだからあとで飲もうかなんて考える。

 先生のお宅に招かれてなにが嬉しいかといえば、中学生ではなかなか手が届かないような高級なお茶も飲ませてもらえることだ。だから私たちの中で一番紅茶が好きな優梨ちゃんは、ひとりカップを片手に聞き茶のごとく様々な種類のお茶を楽しんでいる。


(あれは、つまり、そういうこと……?)


 そんな優梨ちゃんの後ろにつづく形で、お皿を片手に柏木くんが歩いている。その姿を見て、柏木くんが好きなのは優梨ちゃんで間違いないのかなと考えた。今日のお茶会に無理言って参加しているのなんて、好きな子とお近づきになりたいからに決まっている。

 そう思っていたのだけれどーー。


「これ、やる」

「え?」

「とってきてやった」

「あ、ありがとう」


 テーブルのはしまで行ってくるりとUターンすると、柏木くんは私のほうへやってきた。そして、ケーキやマカロンがたくさん乗ったお皿を私に差し出す。

 もしかして、優梨ちゃんの後ろをついて歩いていたわけじゃなくて、いろんな種類のお菓子をとってくために歩いていたのだろうか。


「やった! 柏木くん、ありがと!」

「あ! ……まぁいいけど」


 伶奈ちゃんが横からひょいと手を出して食べてしまうのを見て、柏木くんは一瞬ムッとした顔をした。でも、気を取り直したのかすぐに普通の顔に戻ってまたどこかへ行ってしまった。


「……あー、早く人間に戻りてぇ」


 柏木くんの姿が遠くなって、伶奈ちゃんがちょっとよそ見をしているとき、ミケがまた悔しそうに言った。

 間近で見たお菓子がよっぽど食べたかったのだろうと思って、こっそりケーキをあげた。

 ケーキを食べつつもミケの機嫌はいまいちで、それは家に帰るまで直らなかった。

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