10、ミケさんは心配症
六つの好奇心旺盛な目が、私を見つめている。こういうのはあまり間が空きすぎるのはよくない。場が白けてしまうし、なにより本当ぽさが増してしまうから。
「うーん……私もSっぽい人がいいかな。ドSは怖いけど、ちょっと意地悪なのはいいかも」
こんなのは適当でいいんだーーそう思って私は、ヘラッと笑ってそう答えた。
「でしょ? やっぱりちょいSくらいがいいよ」
「えー? かっこよくて俺様の人がドSってのがいいのに」
優梨ちゃんと伶奈ちゃんは私の答えを聞いてキャイキャイと騒ぐ。なんとか白けさせることなく収めることができたみたいだ。
「うそだ。江藤はMっぽいのが好きだろ? だって厳しいじゃん」
「やだよ。いじめられるのが好きな男の人となんて付き合いたくない」
空気の読めない柏木くんは納得いかない顔をしている。こんなの、本気で話すことじゃないから絡んでくるなと思うけれど、こいつにはそんなこと通じないらしい。
「じゃあさ、江藤はどんな男がタイプなの?」
「え?」
騒がしいはずのマックの店内が、一瞬静まり返ったのかと思った。実際はそんなことはなくて、周りの人たちはみんな思い思いに談笑を続けていたのだけれど。ただ、確実にここにいる三人の神経はピシッと私に集中した。
(私の好きなタイプ……?)
今まで考えてもわからなかったのに、こんなときに限ってほわんとミケの姿が思い浮かんだ。猫のことなんて考えている場合じゃないのに!
これまで、どんな人と付き合いたいかなんて考えたことがなかったのだ。見ているぶんには、イギリスのラブコメによく出てくるような、甘くてちょっとチャラい感じの男の人が好き。でも、実際にそういう人と付き合いたいかと言われればそうではないし、そもそも自分が誰かと付き合うという図が思い浮かばない。
それでも、そんな答えじゃ納得してもらえるわけないから、私は必死に頭を悩ませた。
「頭が良くて、行儀が良くて、大人で、働き者な人がいいな」
しばらく悩んで、私はそう答えた。頭に思い浮かんだミケと正反対の人を答えたのだ。
答えとしても無難だし、理想が高すぎると言われても、言うだけタダというやつだ。
「へぇ、美紅ちゃんってそういう感じの人がいいんだね」
「でも、美紅ちゃんっぽいかも」
「なんだよそれ……俺と正反対って言いたいわけ?」
「別にそういうわけじゃないよ」
柏木くんがなぜか本気ですねてるっぽいことに少し焦ったけれど、優梨ちゃんと伶奈ちゃんが続いて自分たちの好みの話をしてくれたからよかった。
突然こういう話が始まってしまって戸惑ったけれど、さすが私たちは中学生。そんなに生々しい話になることなく、やがて好きな芸能人の話題に変わっていた。
しばらくふくれていた柏木くんも、そのうちに紙ナプキンで器用にバラの花を折りはじめた。優梨ちゃんたちに褒められ気を良くした彼はそのあと調子に乗ってバラを量産した。
私たちは彼の不器用そうな指からバラが生み出されるのを感心してながめ、そして冷静になってあわてて生み出されたバラをカバンの中に回収した。
「まったく、こんな時間までなにやってんだ!」
帰るなり、玄関で待ち構えていたミケが私を叱る。こんなこと、お父さんにも言われたことないのに。それに、まだそんなに遅い時間じゃない。
「ただいま、ミケ。なんでそんなに怒ってるの?」
「だって、今日は部活がないだろ? それなのに、こんな時間に帰ってくるからだ」
「友達と勉強して帰ってきたんだよ。あ、これあげる」
「……男か?」
柏木くんが折った紙ナプキンのバラをミケにあげながら靴を脱いで家に上がると、後ろをついてくるミケが不機嫌そうな声をあげる。
変なものでも食べておかしくなったのだろうか。
……ネギ事件以来、ちょっとミケがおかしい気がする。
「ミケ、お父さんみたい。あ、これは世間一般の年頃の娘を持つお父さんって意味ね」
「俺はお前のひとつ年上だって言ってんだろ! って、ごまかすな。男が一緒だったろ?」
手を洗って二階にあがって自分の部屋に帰り着くまでのあいだ、ミケはずっと私の横に張り付いていた。なんだか、事件の渦中にいる人を追う報道記者のようだ。
今日あったことは、ちゃんと話すつもりでいた。お父さんやお母さんには話さないことも、ミケには話すから。
でも、今日のミケはなんだか変だ。
「たしかに男子が一緒にいたよ。でも、どうしてわかったの?」
「野生の勘だ」
「野生ねぇ」
そもそも猫じゃないし、そもそも野生じゃないのに、なにを言っているのだろう。寝ている姿なんて「ザ・失われた野生」って感じなのに。
「例の柏木くんがさ、勉強教えてって言うから、本当は優梨ちゃんと伶奈ちゃんとマックに行って勉強するはずだったんだけど、その男子も一緒に行くことになったの」
クローゼットの戸の影ですぽーんと部屋着に着替えてしまって、私はそのままの勢いでベッドにダイブした。柔らかなマットに体が押し返されて心地良い。
「あの男か」
「優梨ちゃんか伶奈ちゃんのどっちかのことが好きな男子だよ」
「……本人がそう言ったのか?」
「ううん。ただ、そう推測できるなって」
手持ち無沙汰で、あおむけになってクッションを手と足を使ってクルクルと回しながら、私は考えていた。このパンダみたいな格好はふざけているように見えて、考えごとには適しているのだ。
優梨ちゃんや伶奈ちゃんくらいにしか話していなかったミケの話を柏木くんは知っていたこと。
やたらの私に絡んでくること。
このことから考えると、やっぱり柏木くんはどっちかのことが好きなのだと思う。本人の口から聞かなくたって、わかる。
おっとりとして女の子らしい優梨ちゃんと、元気でちょっとお調子者の伶奈ちゃん。どちらもザ・運動部の柏木くんと似合いそうな気がする。
ハンドボール部だし、背は高いし、たぶん女の子受けも悪くない。
身近なロマンスとしてはなかなかいい組み合わせだと思う。
自分の恋に興味がなくても、誰かが誰かに恋しているという話は嫌いじゃない。
柏木くんのように問答無用でこちらを巻き込んでくる人は、ちょっと嫌だけれど。
「ミク、お前はその男が自分を好きかもとは思わないのか?」
ベッドの端っこから呆れた目で私を見つめながら、ミケはそんなことを尋ねる。
そんなこと、思いもしない。私は自意識過剰じゃないのだから。
「世の中にはさ、いろんな植物があるでしょ? すごい日向で育つものもあれば、逆に暗くてじっとりしたところじゃないと育たないものとか。それでね、私がもし植物だとすると、たぶん日向からちょっと影に入ったところで生えてるタイプだと思うの。うまいこと姿形が似た、日向で生えるタイプの植物と寄り添いながら生きている植物。影の植物だってことをあんまりたくさんの人には気づかれないようにしてる植物だよ」
「なに言ってんだ、突然」
私は言葉を探しながら、自分の生態系というものをミケに説明しようとした。
私はキノコやコケではないけれど、花畑に咲くような可愛い花でもないわけだ。道を歩けば、たまにポッと目の端にとらえることがあるかもしれない、そんな植物。小さな花くらいつけるかもしれないが、それを好んで愛でる人はいない。
「私は、選んでもらえるお花じゃないってこと。それでいいと思ってるし」
孤独を愛しているわけではないけれど、どこにいても当たり障りない存在でありたいとは思っている。そんな、メインステージから一歩引いたところに立ちたがる私を選ぶ男の子がいるわけないのだ。
「お前なぁ……そんな、他の人間が気がつかない存在を『みっけもんだ』ってありがたがるやつだっているんだぞ」
「そうなの? ……じゃあ、いつか見つけてもらえたらいいんだけど」
世の中にはたくさんの綺麗な花が咲いている。そんなものには目もくれず、私を見つけて、私だけを見てくれる人が現れたらいいなとは思う。
ミケはたぶん、異世界の人だからこっちの人たちの恋愛事情がわからないのだ。それか、近くにいるから私を過大評価しているか。
「とにかく、気をつけろよ」
「気をつけるって、なにを?」
「お前なぁ……」
猫の顔でいっちょまえに心配そうな顔をするのがおかしくて、つい笑ってしまった。そんな私にミケは大きなため息をついた。
「いいか、よく聞け。世の中にはお前が知らない怖いことがたくさんあるんだからな」
ストンとベッドの下に降りると、ミケは前足で床をトントンしながら言った。




