9、その問いの解を求めよ
大人になると時間の流れが早く感じるというけれど、中学生だってなかなか時間が経つのが早いなと感じている。
中間試験が終わって、衣替えをしたと思ったら、もうあっという間に期末試験がやってくる。それが終われば、夏休みだ。
今年は中学最後の夏休みだから、いろんなことをしたいねと優梨ちゃんと伶奈ちゃんと話している。お泊まり会をしようとか、プールに行こうとか。
それに部活動の一環のティーパーティーもある。顧問の先生の自宅のお庭に部員たちで集まるのだ。
ケーキやお茶も楽しみだけれど、先生と旦那さんが手間暇かけて育てたバラを見るのも楽しみだったりする。アーチの形に蔦をはわせたものや、小ぶりな花をつける背丈の低いものや、大きな花を咲かせる私の身長と変わらない背丈のものなど、たくさんの種類のバラがあるのだ。
見頃は少し過ぎてしまっているけれど、花持ちが良い品種も多く植えられていて、初夏のこの時期は先生の家のお庭はバラでいっぱいになる。
そんな綺麗なお庭でお茶をするのは、女の子である部員たちのこの時期一番の楽しみなのだ。イギリス文化研究部に男子部員もいたことがあったらしいけれど、今は女子しかいない。だから、このお茶会はさながら男子禁制の秘密の会のような感じなのだ。
その秘密の会が近づいてきてそわそわしているのだけれど、まずは現実的な問題と戦わなければならない。期末試験だ。
今回の試験の成績をもとに、三者面談で進路について話し合うことになっているから、みんないつも以上に落ち着かない感じだ。
「江藤、ノート貸してくれよ」
帰りのホームルームが終わって、カバンを持って優梨ちゃんたちのところに行こうとしたとき、呼び止められた。というより、前に立ち塞がられた。
目の高さには男子の制服であるスキッパータイプのシャツが見える。誰なのかと思い目線をあげていくと、そこにいたのは柏木くんだった。
「ノートってなんの教科?」
「とりあえず、国語と数学と英語と社会と理科」
「五教科全部⁈ 嫌だよ」
「なんで? 先生が、頭良いやつのノート見せてもらったらいいって言ってた」
「頭良いって……」
それならクラスで一番の人に言えばいいのに。私はできるかできないかの分類ではできるに入るだけで、じゃあ特別できるか? と問われれば当然答えはノーだ。
それに、試験前の大事な時期に人にノートを貸せるほど余裕があるわけではない。
私は助けを求めようと、優梨ちゃんたちのほうを見た。私の視線に気がついた二人はこちらへ歩いてくる。
「柏木くん、ノート借りるだけじゃなくて美紅ちゃんに勉強教えてもらったら?」
「え? やだよ」
「即答かよ!」
助けてもらおうと思ったのに、伶奈ちゃんに背中を撃たれた感じだ。フレンドリーファイアではなく、狙い撃ちだ。
「それならさ、今から勉強会にしようよ。みんなでなら美紅ちゃんもいいよね?」
「みんなって、私と優梨ちゃんと伶奈ちゃん?」
「と柏木くん」
「やった! 行く行く!」
「……えー」
最後の頼みだった優梨ちゃんまでそんなことを言い出してしまって、私はもう、裏切られた気分だ。四人中三人が行くと言っているのなら多数決の原理でそれは決定したようなものだ。
今日からテスト期間が始まって部活がないから、みんなでマックに行こうって話になっていたのに。
(柏木くんって、デリカシーない。空気読めない感じが嫌い)
私は、女子のグループにまじって悪びれもせず歩いている背の高い背中を見て思った。
小学生の頃はそんなこと気にならなかったけれど、中学生になると男子と女子は一緒に行動しない。彼氏彼女や特別に仲のいい場合を除いて。
私たちと柏木くんは、当然彼氏彼女でもなければ、仲がいいわけでもない。それなのに、こんなふうに連れ立って放課後にどこかへ行くなんておかしい。
でも、柏木くんは優梨ちゃんか伶奈ちゃんのことが好きなのだろうから、今日はチャンスなのだろう。
そう思うとあんまりむげにできないけれど、それでもやっぱり、面白くなかった。
放課後のマックは混んでいた。テスト期間に突入した学生はみんな同じようなことを考えるのだろう。混み合っている店内の人口のほとんどが制服を身につけていた。
私たちは仕方なく、二階の窓際カウンターに並んで座ることにした。美紅ちゃんが勉強を見てあげるんだからと、当たり前のように柏木くんの隣同士に座らされて。
「なにを教えてほしいの?」
「え? 勉強するの?」
優梨ちゃんと伶奈ちゃんがそれぞれ問題集や単語帳を開き始めたから、私は仕方なくズイッと柏木くんに向き直った。それなのに、彼は素っ頓狂な声をあげた。
「うわぁ……男ばっかでこうやって集まったって勉強したためしないのに……お前らはちゃんと勉強するんだな」
ひどく感心した様子で柏木くんは言う。でも、そんなの当たり前で、感心されることもまるでないのに。
「大体最低でも三十分は集中してやって、そのあとはわからないところを聞いたりしながらおしゃべりかなぁ」
「だから柏木くんも、三十分は集中しなきゃダメだよ」
「……はい」
相変わらずニコニコしている二人にぴしゃりと言われて、柏木くんはしおらしく返事をした。私は彼女たちの、やるべきことはちゃんとやる、という気質が好きだ。女の子同士で集まったときにありがちな、空気がダレて不真面目になるということがない。
「じゃあ、中間で一番点数が悪かった教科は?」
「数学」
「なら、数学からやろう。ワークはやってる?」
「まだ」
「じゃあ、ワークのテスト範囲の最初からね」
人に勉強を教えたことなんてほとんどない。なぜならいつも一緒にいる二人はできる子たちだから。教えるというより、一緒に考えることがほとんどだ。
だからどう教えたらいいかわからなくて、私はとりあえず柏木くんが解いているのと同じ問題を解くことにした。どうせワークはテスト当日に提出することになるから、早く済ませてしまうにこしたことはないから。
柏木くんは本当に数学が苦手らしく、私が五問解き進めるあいだにようやく一問解くといった感じだった。
解いたものを丸つけしてみても思ったけれど、柏木くんは苦手というよりは圧倒的に勉強量が足りていないだけのようだ。
スポーツと一緒で、勉強も積み重ねが大事だ。数をこなせばある程度どうとでもなってしまう。
「柏木くん、テストまでに教科書とワークの問題を何回も何回も繰り返し解いてみて。答えを覚えてしまうくらい」
ひとまず三十分集中して解いてみて、私は言った。ワークの見開き一ページも終わらなかったけれど、成果はあった。
「答えを覚えればいいんだな」
「違う。丸暗記したって意味ない。答えを覚えてしまうくらい何回も解けば、解き方も身につくってこと」
「うぇー……楽はできないんだな」
「ハンドボールだって、練習しなくちゃ上手くならないでしょ?」
「うぇー」
たぶん、慣れていない人にとってはたったの三十分でも、ひたすら問題を解くというのはつらかっただろう。げっそりとした顔で、柏木くんはカウンターに上半身を倒した。
「柏木くん、楽しかった?」
そんな柏木くんを見て、伶奈ちゃんは笑っている。
「楽しくねぇよ。江藤、厳しいんだもん」
「でも、柏木くんってMっぽいから大丈夫でしょ?」
「Mじゃねぇし!」
「うそー。スポーツとかで体を酷使するのが好きな人はMが多いんだってよ」
普段はそんなことを言わない優梨ちゃんが、きわどいことを言って柏木くんをからかっている。Mって、SとかMの話だよね?
ようは、いじめるのが好きか、いじめられるのが好きかという、そっち系の話。たぶん、服のことではない。
部活中に後輩たちもまじえて、そんな話をちょっとだけすることはあっても、こんなふうに男子とこの手の話題をするなんて、なんだかとんでもないことだ。
「俺、Mなんてやだよ。だって、女子はSが好きだろ?」
雲行きが怪しくなってきたなとは感じていたけれど、やっぱりそうだった。
優梨ちゃんのパスをキャッチして、柏木くんは巧みな話題転換をおこなった。こやつ、できる。きっとハンドボール部でも活躍しているのだろう。
話題がそういったことへ切り替わったことを感じ取った優梨ちゃんと伶奈ちゃんは、顔を見合わせてクスクス笑った。女の子だもん。こういう話が嫌いなわけがない。
「そうだね。私は俺様ドSな人がいいなぁ」
なんでもないことのように伶奈ちゃんが言う。
「私はね、王子様っぽい人が時々Sなのがいいな」
少しだけ恥ずかしそうに優梨ちゃんは言った。
「で、美紅ちゃんは?」
わかっていたことだったけれど、答え終わった二人が私のことを見てくる。わかっていた流れだったけれど、この手のことを話すのが苦手な私は、正直困ってしまう。初恋もまだの私が、そんなことわかるわけないのに。




