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模擬戦

第二話:模擬戦



 昨晩の大雨の影響で足元は滑りやすく、朝靄が出ていた。

 そんな中、朝も早い頃。二つのヒト影が動いている。

 ガキンッ! と硬い物同士がぶつかり合う音。飛び散る火花。互いの得物を交える男女。それらの全てが朝靄によって、神秘的な舞を思わせるものとなっていた。交える得物が模造品などでは無く、本当の、(殺傷の)(兵器)であるというのがこの神秘性を高めている要因かもしれない。

 女が持つ得物は透明なサーベル。

 男が右の手に持つ獲物は、独特の形状をしていた。全長は五十サイ程度。部類で言えば短剣の部類に入る事は違いない。

 柄が丁度『コ』のような形状をしており、内側に二本、握りが存在する。握りと鍔は並行で、刀身とは垂直という、中々に特異な外見だ。

 拳の先に刀身が来るので、正拳突きの要領で突きを行う事が出来る。

 ジャマダハル。

 男の右手に握られている武器の名は、それであった。

 銘が別に存在するのだが、それはまた何時か。

 唯、男が扱っているそれは、刀身が厚く、同時に突きの事だけでなく、薙ぎの事も考慮されたものである。


「らっ!」

「つぅ!」


 男が冗談のような速度で得物を薙げば、女はその一撃を刀身の峰で滑らせて受け流す。流す事は出来たものの、その手に響いた痛みと衝撃で声が漏れた。

 流した勢いを活かした袈裟切りでサーベルが躍れば、男が女の得物を吹き飛ばす勢いで刀身を振り上げ、女はそれを見て再び受け流すために得物の軌道を僅かに逸らせば、あたかも同じ極の磁石でも向き合せたように刀身同士の接触が終わる。

 女が弾かれる形となった獲物の、その弾かれた勢いを乗せて逆袈裟に斬りかかる。だがその一撃は男の得物の柄によって防がれた。

 ギャチャギチャと硬い物同士が擦れ合う嫌な音が響く。

 発生源は、女の震える腕からだった。無理も無い話だ。男の力は尋常では無い。腕がとんだと錯覚したのは、この僅かな応酬の間に既に三度。


「……フゥ……っ。全く。その怪腕の一撃を受け取った暁には冥府行きは免れないだろうな。しかも、それだけの力を振るって、本気で無い(・・・・・)というのは……。少し前の私に早まるなと言いに行きたい所だ」

「ただ肉弾戦でやれば嫌でもそうなるだろうな。きついなら止めにするが、どうする?」

「それこそ在り得ない。私は言い出したら止まろうとしない性分だ。君はよく知っているだろう?」

「そのサーベルの材料を集めるのを手伝わされた時に、重々理解しているつもりだ」

「なら、此処から先は、全力で行かせてもらう。それだけだ。―――アイスウォール」

「っ」


 女が不意に一言、言った。

 距離を取ったのは男。大よそヒト三人分程度の距離を取った。その行動ははたして正解であった。

 男が立っていた場所が、凍っていたのだ。

 壁。

 正しくそう呼べる程の、ヒト一人なら余裕をもって凍らせてしまうほどの氷塊が男の目と鼻の先にあった。男が地を蹴った際に跳ねた泥が、空中に静止したままの形でそこにある。

 不意に起こった現象の正体。それは、不可能を可能にする秘儀。奇跡と呼ばれる意図的現象。

 魔法。そう呼ばれる技術の結果が、そこには現れていた。

 起こしたのは、女であるという事実は揺らがない。


「おいおい、詠唱破棄してこの早さ(・・)。補助の為のそれは……あんまり関係ないか」

「魔導具は魔法の威力の大小には関わりこそすれ、発動時間には干渉できないからな。そんな真似をするなら契約を結ぶか、私のように詠唱破棄をするしか方法は無い筈だ。今の私が知っている限りでは、だが」

「普通、前者は兎も角後者を選んだら逆に遅くなるのが常識だぞ」

「流石は火衣(ひごろも)の魔女の一人息子。博識だな」

「それは嫌みか? あと、繰り返すようだけど常識だ」


 嫌みなんかでも無いし、心底そう思ったからそう言ったのに……。

 落ち込んだ様子を見せるまでも無く、そこで女は思考を切り替えた。

 本来は、目的の魔法を発動するためには定型文とでも言うべき言葉―――呪文とその魔法の名を唱えなければならない。

 各国の考古学者、研究者の粋を集めた一般向けの本『魔導写書』と呼ばれる一見白紙で、魔力を通す事によって文字が浮かび上がる書物に、今の所解明されている魔法の呪文と、その呪文によって引き起こされる結果が書されている。

 曰く、呪文とは精霊に頼むためのまじない言葉である。

 曰く、魔法とは世界の在り方を塗り替える為の絵筆である。

 等と言われているが、その実、真実を知っている者は当の昔に死んでいて、結果的に言えば誰も知らない。分からないのだ。

 だが、分かっている事が在るとするなら呪文は魔力を乗せた言葉であり、 呪文を唱えれば、その分魔法の威力は正規の物になるという事だ。

 逆を言えば呪文を唱えなければ、その分魔法の威力は本来の物から遠ざかるという事だ。

 同じ包丁でも、新品の物と、刃こぼれして錆び付いた物。どちらの方が良く斬れるかなんて語るまでも無い。


 女が使ったのは詠唱破棄と呼ばれる魔法の使い方は、わざと呪文を唱えずに発動する技法である。

 聞いた限りでは使い勝手が良さそうに聞こえる致命的な欠陥が存在する技法だ。

 その欠陥というのが二つある。

 『威力が低い』事。『呪文を唱え終えてからの魔法の発動に時差が生じる』という、中々にふざけた物なのだから。

 唯一の利点は、消費魔力の少なさ位しかない。

 一般的な魔法使いが詠唱破棄を行えばその時差は短い者でも三秒、長い者だと十秒にもおよぶ。

 更に、魔法は一つの物を使用している間は、その魔法が発動するまで別の魔法を発動する事が出来ないのだ。考える為の器官は、一つしかない。それ故だ。


 だが、女は詠唱破棄をして一秒を切る早さで魔法を発動させた。魔導具を使えば、威力の方はどうにでもなる。発動速度はどうにもならない。


 付け加えるなら、女が使った魔法『アイスウォール』は、女の最も苦手とする氷結属性の魔法である。それも、一度基点を定めると場所を選べない類の魔法だ。

 属性の得手不得手というのも魔法の発動速度に影響するが、苦手な属性でそれだけの早さ。得意な属性になれば更に早くなるのは想像に難くない。

 天才。女はそう呼ばれる類のヒトだ。

 その天才に相対する男も、そんな早さで発動した魔法を身体強化の類を一切せず、素のままの肉体で魔法を回避して見せたのだ。

 怪物。この呼び名が、相応しいだろう。


「なら、君の中での常識を修正してくれ。『但し、一部例外は有り』なんてどうだ?」

「くく、背筋が凍る思いだな」

「アイスウォールだけに? 寒いね」

「自覚は有るさ。それと―――――――」

「うん?」

「少しばかり本気を出そう。そうだな。こういう言い方はどうかと思うけどな……―――死にたくなかったら(・・・・・・・・・)、すぐさま動け」

「―――!!」


 天才と怪物の漫才染みた会話は、怪物の一言によって掻き消え。

 天才は顔を引き攣らせ顔色を青くし、詠唱破棄する必要すらない最も初歩的で、かつ見習いであっても自他共に魔法使いを名乗るのを認められるための無属性小規模魔法『ウィング』を唱え飛翔した。高さは大体二十メクト。そのままの高度を維持して、下りる心算は毛頭無い。大げさとも取れるほど、高く。


「――――はぁ、はぁ、はぁ――――ッ!」


 上空で酸欠になった様に息を切らす天才。

 先程まで彼女が立っていた場所、より正確に言うなら頭があった場所には、左拳を振り抜いた体勢で舌打ちを鳴らす怪物が居たのだ。

 天才は怪物の必殺の拳が顔に迫るのをスローモーションの様に見ていた。

 そして、思わさせられた。『本気だったら、死んだ。死んでいた』と。


(冗談じゃないわ……少しでも油断したら狩られる!)


 普通、これだけ距離を離し尚且つ上空から一方的に攻撃できるチャンスがあれば、畳み掛ける物だろう。天才でもそうする。

 しかし、天才の顔色は優れなかった。動けずにいた。

 何せ、知っているから。

 純粋な力という存在を。

 優劣を無為にしてしまう勝敗以前の怪物を。

 本来は間違っても(・・・・・)真正面から戦ってはいけない、量りきる事の出来ない怪物の力の片鱗を。

 だから、こればかりは相手が悪かったとしか言いようがない。


「る――――ぉぉおおおおおおおお!!」

「本当の常識外れは、絶対に君の方だあぁ!?」


 怪物は右腕のジャマダハルを腰の鞘に納めると、氷塊の下の地面ごと掴むと、咆哮を上げながら天才の逃げた方、即ち上空へ(ほう)ったのだ。

 天才も、叫ぶ。心からの咆哮だった。

 それもそうだろう。だって、怪物は武器が無くても十分に厄介なのだ。全身そのものが矛であり、また盾である硬く強い身体は、天才にとっては羨ましさと愛おしさを感じると同時に、恐怖を感じさせる圧力がある物だった。

 圧力と迫力を伴って飛来する氷塊が天才に衝突するまであと二秒。防御も回避も間に合いそうにはない。


「―――テンペストティアーズ!」


 それに対し、天才が取った行動は実に簡単で合理的な事だった。

 避ける事は叶わないなら、それよりも大規模な攻撃で迎撃してしまえば良いだけの事。

 天才自身が得意とする風翔属性である大規模魔法テンペストティアーズ。

 その魔法は、雨粒程に圧縮された風を、目標に対して無数に放つという物。

 何かにぶつかれば、圧縮された風が解き放たれる。名を冠する通り、嵐に匹敵するほどの暴風が全方位に。

 それは爆弾であり、一粒でも受ければ致命傷となりうる傷を負わせるその魔法で、迫りくる氷塊を迎撃した。

 ガガガガガガガガガッ!! 連鎖的に火薬が爆ぜたような音と共に氷塊がごっそり削られ、天才にぶつかる前に氷塊は天災を内包する涙によって形残さず粉砕され、周囲には霰の様な氷が空を舞い、落ちていく。

 発動者の任意時間発動し続ける無数のテンペストティアーズは、怪物目掛けて降り注いだ。

 まるで火薬を使った爆撃の様な音が周囲に響く。地面は抉れ、芝生が飛び、それでも尚天才は魔法を止めない。


 詠唱破棄されたそれでさえ、大規模魔法というのは侮れない威力を誇る。

 その弱まった分の威力を補うための魔導具も天才は持ち合せている。結晶竜の鱗から作られたサーベルがそれだ。結晶竜は膂力こそ竜の中でも最低クラスで、翼が有るのに非力すぎて自力で飛べないという少し残念な竜だが、魔法絡みになると途端に竜の中で最上位に匹敵する程の存在と化す。その最上位に匹敵する程の力を支えているのが、一つ一つが魔法のブースターの役割を果たす鱗なのだ。

 つまり、常に最高以上の威力で、最速で魔法を発動できる。

 

 これがどれだけ恐ろしい事なのか、怪物は身をもって味わったと言えるだろう。


「―――はぁ……はぁ……防がれたか。オリハルコンか何かで出来ているのか、その体は」

「こいつのお蔭だ。……それにしてもこれを着てもここまで痛手を負うとは思わなかったさ。この怪物が」


 くつくつと喉を鳴らして笑う怪物に、天才は目元を痙攣させ、仮にも付き合っている仲の相手に掛けるとは思えない様な声色で異議を唱えた。


「繰り返すようだけど、その言葉、君にだけは死ぬほど言われたくない」

「おいおい、何でも『死』を付ければいいっていう話じゃないだろう。死んだら何も出来ないし言えない」


 尤も。

 味わったからと言って果たしてそれが本当に勝負に関わるかなんて、誰も事前に知る事なんて出来はしない。

 天才が見たのは、体のいたる所から僅かに血を流し、されど依然二本の脚で地を踏む黒いボロボロのコートを着た怪物の姿だ。

 そのコートを、天才は知っている。自身の誇る最強の魔法を持ってして中規模魔法程まで威力を削ぎ落として見せた契約魔導具コントラクト・マジックアイテムを。

 何より、その魔導具が怪物の契約した存在が身に着けている物の複製だという事も。

 そして、それの本来の能力も。


「『贖罪のコート』……全く、本当に厄介な代物だ。参った、降参だ。それが出て来たとなると、もう私には勝ち目は無いだろうよ」

「焦ったぞ。思わず魔法装備マジック・エンチャントをしそうになった」

「……いや、逆に言えば、君にそこまでさせたとも取れるか。寧ろそこが強化魔法(エンチャント)じゃない分マシ……いや、五十歩百歩だ」

「どういう意味だ?」

「君とは絶対に真正面から戦わない事と、少しでも本気で来る事が分かったら即座に逃げる事を決心しただけだ」

「それは傷つくな」

「慰めてやろうか?」

「硝子か蛍石みたいな脆い心はしてない」


 怪物がそこまで言うと、天才―――サーヤはへたってしまいそうになるのを、怪物――彩歌は腕を引いて支えようとするも失敗し、結局彼女は膝立ちになった。


「ご……すまない。緊張が切れて、腰が……」

「気にするな。今まで俺と一対一の状況になったやつの殆どは戦い終わってからそうなる」

「怖い話だ。取りあえず、お前のその怪腕に抱きとめられていると思うと、何時潰されるか分からな……わー! わー! ま、待とう彩歌! は、話せば! 話せば分かる! だからその右手を下げてくれ!」

「大丈夫だ。あついのは一瞬だから」

「少しも、大丈夫な要素が無い!」

「冗談だ。それじゃあ、寮まで運ぶぞ。まだ朝も早い。……そうだな。今日は一日サーヤと過ごすのも、悪くないか。どうする、今から一緒に寝るか?」

「な、なな、何を言っているの!?」


 彩歌が心底嬉しそうに言いサーヤがその言葉を聞いて狼狽えて、常日頃の女性らしさをあまり感じられない硬い口調が瓦解し、本来の話し方が出ていた。

 夫婦漫才、とでも表現すべき聞く方が馬鹿馬鹿しく思えるような、そんな光景があった。本人たちにとっては楽しい日常の一コマなのかもしれない。

 もし此処に彩歌の父親が元々住んでいた頃より時代が流れ、この世界とはまた違う技術が発展した世界に住んでいる若者たちがこのやり取りを見れば、嫉妬と憧れ、それから細やかな祝福を視線に乗せつつ、言葉に出すか、内心でこう思う筈だ。


 『リア充爆発しろ』と。


第二話 END



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