来訪者
今思うと場面的に無理があったので修正。あと、付け加え。
第一話:来訪者
考えるのを放棄し、来訪者に聞こえているかどうかは分からない程度の音量で声を出す。彼の雰囲気は、先程まで姿無き存在と話していた時から一変。悪い目つきは更に悪化し、顔は無表情で固められている。
立ち上がり、その大柄な体格に見合う筋力を持つ体。
唯立っているだけで、ヒト殺しと言われても納得せざるを得ない迫力の塊が、そこに顕現していた。
慣れきった扉を目の前に、彼は鍵を外す。
がちゃ! と。時間帯をまるで考えていない事を知らしめるばかりに勢いよく開く扉。それを行ったのは彼では無い、それを証明するように彼の顔には扉の角がぶつかっていた。
「だ、大丈夫か?」
「…………大丈夫だ」
驚いたように、開けた張本人はその場で固まってしまった。
若葉色の髪の大半を後ろで流し、一部の三つ編みにした髪を紐代わりにポニーテールにして、簡素なドレスを着た小柄な少女。
その少女を見つけた途端、彼は表情を崩した。ゆっくりと立ち上がり、付けたばかりの鉄仮面を自ら剥いだ。
「じゃあ、改まって。一昨日ぶりだ、アスカ」
「―――そうだな」
「気分はどう?」
「最悪だ」
「……私に対して何か思っていたりする?」
「少し」
「そ、そう」
少女に呼ばれた彼ことアスカは、呼ばれた直後に鉄仮面を被りなおして最低限の会話を繋げる。
少女は本来このような態度では無く、先程失せた見えざる者と同じように接せられる相手である。
しかし、今はその対応がなされていない。
少女は焦ったのだろう。「あ、あれ?」と首を少し傾げてしまう。
「……」
「痛っ、行きなり何をする?」
アスカは自身の言いたい事がいまひとつ伝わり切っていない少女の額を指で小突いた。
とん、という音で無く、ごっ、と。やけに痛そうな音、というよりも聞こえてはならない音が少女の額から聞こえた物の、それに動じる事無く半目で睨らみつけてきた。毛を逆立てた猫のような雰囲気を感じてしまったのは、彼の勘違いでは無い筈だ。
思わず、はあ、と吐き出してしまいそうになるのを。睨みたいのはこっちだ、とも言ってやりたくなったが、まずは問題解決が先かと思い直した。
「名前」
「え? ……あ」
「飛鳥じゃなくて彩歌が名前……何回目?」
「よ、四回目……」
「…………レヴィントン」
「わ、悪かった。悪かったから睨むのは止してくれ。あと呼び方も。居心地が悪い」
「―――ならよし。サーヤ、上がってくれ」
「あ、ああ……お、お邪魔します」
「似合わないな、それ」
「自覚はあるから、言わないでくれ……」
その言葉を聞いて、サーヤと呼ばれた少女―――サーヤ=レヴィントンは、ほっと胸をなでおろした。鉄仮面が無くなったのが、声色から知れたのだ。
彩歌も溜息を漏らす。この名は彼の父親が住んでいた世界で使っていた姓らしいのだが、どうやら彼の父親が住んでいた土地は姓を先にと読むらしい。
なので、事情を知らなければ名前を飛鳥だと勘違いしてしまうし、クラスメート以外の顔見知り以上知り合い以下のヒト達は今尚彼の名を『飛鳥』と誤認してしまっている。
彩歌と友達になったサーヤですら、偶に間違えて飛鳥と呼んでしまう事があるほどだ。
彩歌の部屋に入ったサーヤは「相変わらず寂しい部屋だ」と言って、適当に腰を下ろした。
「お前の部屋に物が多過ぎるだけだ」と言いかえして、彩歌も腰を下ろす。
僅かな空白が生まれ、先に口を開いたのは彩歌だった。
「それで、何の用だ? 生憎これから剣を振るいに行こうと思ってたんだが、早速その予定が崩れた」
「むっ、こんな朝早くから恋人が会いに来たのに、そう言うのか君は」
「ああ。少しでも強くなりたいからな。あと、次からもう少し時間を考えて来い」
「ふっ」
どストレートに『色恋沙汰よりも鍛えていた方が良い』と言われたのにも拘らず、その言葉を聞いてサーヤは思わず笑みを漏らした。
彩歌はその笑みの意味が理解できず、首を傾げた。
彼より早く男女の仲になった友達から聞いた話だと、こういう対応をすると女という物は怒るらしいと考えていた。
おまけに、前にも似たような事が起こった際、その時はもう酷かったのだ。
とにかく酷かった。この一言に尽きる。
故に理解できなかった。少女が怒らなかった理由が。
「私としては、いや。恐らくこの世の女性の大半が言われれば腹が立つであろう事を、言われるのは前回の一件でうすうす感づいていた」
「……それで?」
「そこで考えた。考えに考えた。無い頭を捻って考えた」
「二年連続学年主席防衛してるやつが言えた言葉じゃないな」
「一緒に居たい、でもただ傍に居るのは叶わない。だったら――
――こうしよう」
彩歌の言葉を無視し、そこまで言ってからサーヤは何も無い腰に右手を添え、素早く薙いだ。
彩歌が自らに這い寄る死の気配を感じ――――左腕を縦代わりにして迫りくる死を防ごうとするのは、サーヤが何かを掴んだ右手を薙いだのよりも、数瞬遅いくらいだった。
ザッ、と左腕の中ほどに浅く裂傷が発生し、漏れ出した血が見えざる死を赤く濡らす。
正体は、サーベルだ。それもクラス対抗戦で使われるような模造品では無く、サーヤの愛用している派手な装飾こそ無い物の煌びやかな、世にも珍しい結晶竜の鱗を加工したガラスのように向こう側が透けて見える刀身を持つサーベル。
恐らく、鞘も腰に下げていたのだろうと、彩歌は考察した。
何も持っていない筈だった右腕には、それが握られていて。
顔を顰めたのは、サーヤであった
「硬い、な。振り下ろせば鉄塊さえ難なく斬る事の出来るこのサーベルで、なまくらを岩に叩きつけた時のような衝撃が帰って来るとは」
「魔法で隠していたのか、驚いた。それで、何が言いたかった?」
「……普通、不意にこんな事をすればまず引かれると思ったのだけど、何事も無かったかのように返されると、君がまともな精神をしているのか甚だ疑問なんだよ。……それはいいとして、要するにだ」
斬った側と斬られた側。
加害者と被害者。
たった今成立したそんな関係を全く気にする様子を見せない被害者は、加害者に問う。
加害者が言ったように、不意にこんな事をすれば友好関係に確実にひびが入るだろう。加害者もそれはよく理解している。
だがそれにも関わらず、その事はさもどうでもいいかのように流す被害者に対して、加害者の方が少し引いてしまっていた。
(ここまで来ると、ある種清々しいわね。精神異常の可能性も考慮した上で、これも彼の過去に関係していると考えた方が無難でしょう)
男女のそういう関係として付き合いだして早半年程。まだそういう事をした訳でも無く、更に言えば相手方の知らない事が多いと改めてサーヤは感じた。
言う事を言う前にそう考え、それが僅かにでも表に出ないように努めて、彩歌の腕に食い込んだままであったサーベルを下げ、彩歌に治療の魔法を掛けた。
「放っておけば治る」と彩歌が言った。だが、見た所血は流れ肘の辺りに滴を作っていた。サーヤは言葉を無視して魔法を掛ける。
あっという間に治療が終わり、一息ついて。
部屋が汚れるのを考慮し刃を汚す血を払わずにこう言ったのだ。
「私がサイカの相手をすれば良いんだ、とね。私も学年二位の実力者を相手にする事で経験が積める上に、一緒に居られる。サイカも一人で仮想の敵を相手に剣を振るうよりはいいだろうし、万が一にサイカが大怪我でも負えば私が看病できる。どうだ、至れり尽くせりだとは思わないか?」
「サーヤ……。ありがとう、恩に着る」
「……一応とは言え種族が違う相手に素直にその言葉が言える君には感服するよ」
「? 普通の事だろ?」
その言葉を聞いて、面白おかしそうにサーヤは笑うのだった。
第一話 END