早朝
学園の名前がプロットの物のままだったのを修正。申し訳ない。
プロローグ:早朝
「ッ……夢か」
そうぼやいて、彼は布団から這い出る青年は膝立ちになって、今まで包まっていた寝具を畳みだした。
『大丈夫かね? 酷く苦悶の表情を浮かべていたが』
不意に、誰かの声が聞こえてくる。
彼にとっては慣れた声で、他者が聞けば驚きを隠せないであろう男性寄りの中性的な声。
「……ああ、問題無い」
『貴公がそう言うのは何時もの事過ぎて、唯の嘘にしか聞こえんよ』
「へえ、それは重々」
『呆れて者が言えん……』
「五十歩百歩だろう?」
『違うな……この大馬鹿者』
「くく、よく言われる」
一人。
国立アヴヘイルソ学園クラス対抗戦上位生に割り当てられた寮の個室。
防音や暑さ、寒さ対策の行われた部屋で、つい先ほどまでは使われていた布団が部屋の隅に畳まれて置いてある以外には、部屋と一体化したクローゼット位しかない非常にもの寂しい部屋で、休みにも関わらずそれの上で胡坐を掻きながら早朝から独り言を見えぬ存在に語らう、目つきが恐ろしく悪い彼。
彼は、人では無い。
人ならざる者、化生。そう呼ばれる者。
証明として、側頭部の辺りから細く鋭い二本の角が上を向いていた。
彼は言葉を続ける。
『第一、貴公はもう少し自己愛を持った方が良いと我は思う』
「アンタが言っても説得力の欠片も無いな、『醜悪なる守護神』様よ」
『……貴公はどうして我と契約したのか……いや、聞くまでも無い、聞く意味すらない事であるのは重々承知だ。だが、我以外にも貴公の願いを果たせる神はごまんと居るだろう?』
彼と語らう、この場において姿も気配も全くない醜悪なる守護神と呼ばれた存在は、彼に問うた。
彼は「その質問、確か十何度目だよな……?」とさも呆れたように、何時も通りの返事を返した。
「他は教えを広めろ、だの、供物を収めろ、だの、煩いだろう? あの正義馬鹿……アムが良い例だ。それに、俺の場合はアンタを見て正気を失うような状況に陥る事はまず無い。それはアンタも十分わかってる筈だよな?」
『貴公は救世主でも志していると言うのか? 味方を助け敵を救い、何もかも関係なく全てを救う狂人を』
「まさか。やり方こそ違うが、それはアンタだろう?」
そう笑って否定した彼の眼には、深い闇があった。
絶望、或いは、後悔。
その類の感情が、眼にそのまま表れていた。
「都合が良かっただけさ。俺はアンタを見ても怯える事は無い。それだけの話だ」
そう言ったきり、眼に浮かんでいた色が無くなっていた。
存在は、心の何処かで安堵していた。
自身という存在を直視しながらも平然と言葉を交わし続けている、目の前の彼のかつての姿を思い浮かべて。
『貴公が我という存在の姿を認識しても問題無いその精神力……ある種、貴公の方が我の立場には向いているのかもしれん』
不意に、そんな事を見えない存在は言い出した。
彼は首を緩やかに横に振って、「それこそまさかだ」と言って薄く笑った。
「在り得ないよ。友達を一人として守れなかったんだぞ?」
『それを決めるのは貴公では無い。第三者か、今その立場に居る我自身という事だ』
「そりゃあ、そうだろうけど」
『何より、友は全員存命で、その中で貴公を責めている者は居ると思っているのか? 感謝をしている者は数度見た事はあったが、恨んでいる者は一人とていなかったな』
「……」
無言。
唯、難しい表情をしながら彼は額に親指の先を当て、目を閉じた。
深く考える時の癖である。
見えざる者は、はあ、とため息を吐いた。
『まあ、そうだな。後は学び舎での態度をもう少し緩くしておいた方が良い』
「無茶言うな。他人と緊張せずに過ごせと? 俺には晒し首に等しい言いつけだな」
『せめて友の前での態度と同じ位に、だ。では我は神殿に戻る。またいずれ』
「……ああ、じゃあな」
彼の返事を聞いてから、見えざる者はこの場を離れたようだ。
姿も見えなければ、気配すらない。幽霊以上に実体の無いようなその存在を居るか居ないか判別するなんて、意味の無い事だと彼は割り切っていた。
「……今日は暇だし、剣でも振るっていよ―――」
―――うか、と。
最後まで言葉が紡がれることは無かった。
ガチャン、と。
鍵の掛かった玄関から、僅かに聞きなれた音がした。
次いで、ドンドンッ、と扉を叩くような音も聞こえてきた。
彼は首を捻って窓から外を、空を見る。
太陽すら上がり切っていない朝焼けが目を焼き、今の大よその時間を考える。恐らく五時にすらなっていないだろう。
そして、彼の知っている者の中に、この時間帯からこの部屋を訪ねに来て、生まれて初めての元女友達の顔が頭に浮かんだ。
(あいつ以外にこんな時間帯に尋ねてくるやつなんて……あいつ位、だよな)
「今、出る」
プロローグ END
もしかしたら、次の話を投稿するのが大分遅くなる可能性あり。