ケース4.甘いお菓子に誘われて
翌日、死神は部屋にいなかった。
家のどこを探してもいなかった。
侑斗が昨日見た出来事は全て幻だったのか。
少々困惑した侑斗だったが、数分も経てば、嬉しさが混みあがってきた。
「やっぱ悪い夢だったんだな。昨日は殺人事件はあるわ変な女はくるわってひどかったもんな。ったくツイてないよ。」
朝の支度を終え、侑斗は学校へと向かった。
日々の授業なんて退屈極まりない。
国語や理科は好きだった、数学が大嫌いだった。
数字見ているだけで頭痛くなる・・・というのは侑斗も同じだった。
侑斗の通知表を見ればわかることだが、とことん偏っている。
例えば、大好きな国語や理科は必ず5がついた。数学や英語は2がついた。
興味があることはとことん、無いものは真っ先に切り捨てた。
そんな性格の侑斗だからこそ、学校は嫌いだった。
もちろん、興味があることを徹底的にやってしまう、侑斗は友達がほとんどいない。
遊びに時間を使うなら、興味を持ったことに使うほうが有意義だと考えてしまうからかもしれない。
そしてなによりも・・・・
おやつが満足に食べられない。これが学校へ行くのが嫌いな原因。
甘いものが食べられないのは、何よりも侑斗にとって苦痛だったのだ。
時間は無駄に取られ、おやつも食べれない。
これが侑斗の学校へ対する主なイメージといえる
ずっと、窓を見て過ごしていれば、放課後を知らせるチャイム。
そんなよくある日常が、今日も続いていた。
時計を見れば3時30分。
「帰るか・・・。・・・・あ。」
昨日の出来事を思い出した。
殺人事件に巻き込まれ、その情報提供に協力した侑斗。
協力したどこかの探偵さんに、今日の4時に事務所にこい・・・って言われてた気がする。
「探偵・・・・か。」
帰り支度を整え、侑斗は学校を後にした。
うろ覚えだった道を歩いていくと、昨日の記憶とぴったり当てはまるボロ小屋を見つけた。
看板をみると、七海探偵事務所と書かれている。
時刻を確認、3時57分。
どうやらぎりぎり間に合ったようだ。
「どうも。」
「いらっしゃい。昨日はいきなり出て行ってごめんなさいね。」
「いえ、別に気にしてませんよ。」
「そう。それじゃ、座って待っていて頂戴。」
昨日と同じ場所に、侑斗は座った。
相変わらず汚い場所だな・・・と思ったが、もちろん口には出さない。
2分後に、所長はお菓子とお茶をもって、昨日と同じ場所へ座った。
「まず、お礼を言っておくわ。昨日は事件解決に協力してくれてありがとう。秋山君の言ったとおり、床を調べたら、水と油があったわ。」
「そうですか・・・。お役に立てたようなら何よりです。」
「君がそれを示してくれたおかげで、全ての謎を解くことができたわ。本当にありがとう。」
「全ての謎・・・事件、解決したんですか?」
「ええ、犯人も殺害方法も・・・全てね。」
正直うらやましかった。
自分は中途半端にしか捜査できずに、答えを全てだすことができなかった。
このときほど、一般高校生という立場を不便に思ったことはないかもしれない。
「聞かせてください!俺にも聞く権利はあるはずです!」
「そうね・・・あなたがいなければ、こんなに早く解決するとは思わなかったし、いいわ。教えてあげる。」
所長はお茶を一口飲むと、話を続けた。
「まずは君も知らない被害者の状況から。被害者の腹部と首に刺し傷が数箇所あったわ。それらと君の情報をあわせると、答えは自ずと出てきた。床に隙間があったというのは君も知っているわね?あの後床の下からナイフが10本押収されたわ。」
「な・・・ナイフ・・・。」
「刃渡り11cmのね。床の下はただのコンクリートだったわ。床とコンクリートの間は10cmくらいよ。そのそこにナイフを切っ先を上に向けておけば・・・。」
「被害者が倒れたときに、ナイフが刺さる・・・。」
「そう、難解だったのがあの血の飛び散り方ね。基本的に刃物が刺さっただけではあんなに血はでない。たとえ数箇所にナイフが刺さっていてもね。」
所長の言葉を聴き、侑斗はもう一度昨日の現場を思い出す。
被害者は、床に塗ってあった水と油により、前方に倒れた。被害者が倒れたとき、被害者にナイフが数箇所に刺さった。
そのときの出血量はさほどたいしたことは無いはず・・・それなのに、あの量は一体・・・。
思えばあの時、倒れてからすぐに所長さんが駆け寄って、被害者を仰向けにしたんだったよな。
そのときに俺は初めて被害者を遠目から見ることができたんだ。すぐに目をそらしたけど・・・。
あの時は仰向けだったよな・・・たぶん。そのときは、かなり血だらけだったはず。
刺さった時の身体の向きは、常識的に考えればうつ伏せ、俺が見たときは仰向け・・・。
・・・あー、甘いもの食いたくなってきた。
「あの、秋山君?考え中のところ申し訳ないけど、先を話していいかな?」
「・・・あ!す、すいません。お願いします。」
答えは出ているんだ、ここは所長さんの話を聞こう。
侑斗は思考を中断し、聞く姿勢に入った。
「盲点だったわ。床の隙間から刃先が出ている以上、うつ伏せから仰向けにする際に刃先が床にひっかかるはずだったのよ。隙間からナイフを取り出すことはできない、持ち手の部分が隙間より太かったから。ナイフを床の隙間に設置した際は、床を一回取り除いて、ずっと仕込んであったそうよ。」
「・・・そういうことだったのか・・・。」
「そう。私は無理やり被害者の身体の向きを変えてしまったから、ナイフは身体から抜け落ちてしまったということね。身体からナイフが抜かれ、傷口から血が大量に出た・・ていうのがミソね。何せ数箇所も傷口があるものだから、そりゃ、血も出るわよ。」
「死因の謎についてはわかりました。それで、犯人は・・・?」
そこで、所長は目を伏せて言った。
「マスターの・・・息子さんよ。」
「息子さん?あのいつも店内を掃除してた人かな?」
「ええ。本人も認めたわ。自分が父親を殺したって・・・。何かね、店の権利がどうとか言ってたけど。動機はともかく、彼が犯人だったわ。」
「待ってください、その息子さんが犯人だった証拠は?」
「・・・君、さっき言ったね。店内をいつも掃除してた人が息子・・・って。」
「いいました・・・あっ・・・。」
全ての線が繋がってしまった。
そもそも被害者を転ばせた時に使った水と油はどのタイミングで塗られたのだろうか不思議だった。
最初から塗っておけば、客が滑る可能性もある。
そこに全て隠されていた。
「気づいたようね。彼が掃除してる際に使っていたバケツが2つ見つかったわ。片方が水・・・もう片方が・・・油。」
「・・・・・・。」
「もう、わかったわね。これが事件の全てだった・・・。」
「・・・ありがとうございました。胸につっかえていたものが取れた気がします。」
アポロチョコレートを箱から6粒取り出し、口に投げ込む。
甘い。お菓子はこんな時にも甘い。
「さて、秋山君。私からある話はこれだけじゃないのよ。」
「はて・・、事件以外に俺に話しがあるんですか?」
「ええ、話というか提案ね。」
所長は次の瞬間、ありえないことを口に出した。
「どう、秋山君。探偵になってうちで働く気はないかしら?」
「ぶぅぅぅぅぅーーー!!」
「あ、きったね!何してんのよもう・・。」
驚きのあまり、普通にお茶を吹き出してしまった。
この所長さんは俺に探偵になる気はないか聴いてきた。
一般高校生である俺になぜ・・・。
「げほっげほっ・・・。なぜ、俺が探偵に・・・?」
「あなたが必要だからよ。逆に聞くけど、あなたは探偵になりたくないの?」
「いや、そういう問題じゃ・・・。」
「そういう問題よ、あなたは能力がある。後は探偵になる意思があるか、ないか。」
「俺は・・・。」
正直、昨日の事件だって悔しかった。
一般の立場である以上、突っ込んだ捜査はできない。遠目から眺めてそこからしか答えを導き出すことができない。
たかが、床で倒れた理由しか知ることができなかった。
充分な証拠も得られず、中途半端な捜査しかできなかったせいだ。
全ての謎を解けずに、途中で終わってしまう・・・。
「君が探偵になれば、捜査だって今よりずっと詳しくできる。遠めから眺めるだけであれだけの推理ができる君なら、探偵になれば・・・。」
「全ての謎が知ることができる。」
「そう。あなたにはその資格があるわ。・・・もちろん、給料もでるし・・・お菓子だってたくさんあるわよ?」
「ありがたくその話を受けさせてもらいます。」
「そう、嬉しいわ。(案外ちょろいな)」
別にお菓子に釣られたわけじゃない・・・いや、お菓子も嬉しいけど。
ここにいれば、いつもとは変わったことができるかもしれない。
興味を持った推理というものをもっと極めることがでるかもしれない。
お菓子も食えるし、侑斗的には大満足な条件だった。
「もちろん君は高校生だから、放課後にここに来てくれればいいわ。週末は2日とも活動するけどね。」
「はい、わかりました。」
「そうそう、聖もあなたと同じ高校に通っているのよ、知らなかった?」
「え・・まじですか。全然知らなかった・・・。」
「聖は3年生だからね。となると後輩か・・・。」
「そうですね、俺は2年生ですから。」
「そうそう、この紙に色々と記入する欄があるから、明日にでも持ってきてよ。それが受理された瞬間、君は七海探偵事務所の探偵だよ。」
「わかりました、明日また来ますね。」
渡された書類をカバンにしまい、侑斗は事務所を出ようとしたら、ドアが勝手に開いた。
入ってきたのは、所長さんの妹である、七海聖さん。
どうやら仕事帰りらしかった。
「あれ・・・。秋山君じゃない。あなた、探偵になったのかしら?」
「一応、明日書類を渡せば、ここの探偵に・・って所長さんに言われたけど。」
「そう、せいぜい足を引っ張らないことね。それじゃ、私は忙しいから。」
「あ・・うん。」
侑斗はそのまま事務所に入る聖を眺め、事務所から出て行った。
帰り道で、お菓子をたんまり買って帰った。
自宅の前で止まると深呼吸。
「昨日現れた・・・たぶん幻だろうけど、赤髪の女の件もある。用心しないと。」
深呼吸を終え、ドアに手を伸ばし、一気に引いた。
ガチャ!
【がおー!!】
「・・・・・・・。」
バタン!
無言でドアを閉める。
きっと幻覚だ。そうに違いない。
さて、もう一度開けるか。
ガチャ!
【にゃあ!】
「・・・・・・・・・・・・・何してんだよ、お前。」
【あれ~おっかしいな。一発目じゃ普通は驚くし、二発目だとあたしに悩殺されるだろ普通。】
「んなもんで悩殺されてたまるか!ったく・・・。」
靴を脱ぎ、そのまま2階に上がり、自室に入った。
死神はそのままついてきた。
ドアを閉めたってすり抜けてくるし、幽霊なのかもしれないな。
てか今朝はいなかったのに、なぜいきなり戻ってくるんだ。
【なぁ、腹減った。昨日のあれだ、油で揚がったあの芋よこせ。】
「ポテチのことか?誰が渡すかよ。」
【そんなこと言ってもいいんだな?お前はまだあたしの本当の力を知らないからな。】
「死神様なんだろ?何かやってみせてくれよ。」
どうせ何かの悪霊だし、呪いなんて別に信じていない侑斗は余裕の態度だった。
【ははは、そうだな。ならばそうだな・・・そりゃっ!】
「何も起きてないけど?どうしたんだよ、死神さ・・・ん?」
本棚の上に積んでおいた本がゆれている。
物理的に考えて、あれだけゆれるなんてことはあり得ないはず。
その揺れはどんどん大きくなり・・・ついに。
本棚から落下し、鈍い音を立てて、侑斗の頭にぶつかった。
「いってぇぇぇ!!なんだよいきなり!」
【これでも手加減してやったほうだぞ?これでわかったか?あたしの力がどれほどすごいか。】
「こんなのただの偶然だろ、そんなもんに力なんて働かないだろ。」
【懲りてないようだね・・・それ!】
「うわあああ、やめろおおお!」
本棚の本が、一斉に落下し始めた。
幸い侑斗に当たりはしなかったものの、本がすべて落っこちてしまった。
「認める・・認めるから・・・もうやめてくれぇ・・・。」
【はいはい、わかればいいんだよ。ま、あたしを疑った罰だね。】
「あああ・・・、なんでこんな目に・・・。」
【あ、そうそうあたし腹減ってんだ。ポテチ?ってやつをよこせ。】
「その袋の中に入ってる・・・。」
【ん、サンキュー♪ふんふんふ~ん♪】
ご機嫌な様子で死神はポテチを食べ始めた。
対する侑斗は・・・。
「・・・・・・・・・はぁ。」
泣きそうな気分だった。
本が散乱した部屋を片付けながら、所長からもらった書類を書いて、夜は更けていった。
ちなみにその間も死神はポテチを食べ続け、合計5袋ほど食べた。
「・・・なんでこんな奴家に来たんだよ・・・。」
消えそうな声で、空に呟いたときにはもう、朝日が昇ろうとしていた。