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水と油は求めあう?

作者:

なんちゃって学園物語。

「なあ、そこどけよ」

「何で私がどかなきゃいけないのよ」

「ぼくがそこに用があるからに決まってんだろ」

「お生憎様。私の方が先に用があるの。こういうときは早い者勝ちでしょ。アンタが引っ込みなさいよ」

「ぼくの方が一歩前に出てるね」

「いいえ、私の方が手が伸びているわ」

「いーや、ぼくの肩の方がしっかり場所をとっている」

「何を! 私の方が髪分先進んでいるわ」



 静かな静かな図書室で、小さな小さな攻防が繰り広げられている。その中心人物となっているのは、ロッソとアーリーである。

 男の方がロッソ。身長160センチメートルと小柄な男子学生である。年齢が14ということを鑑みるとまだまだ伸びる余地はあるだろう。さらりとした黒髪に紅の瞳をもつ、怜悧な顔つきの少年だ。どこか人を小馬鹿にしたような雰囲気をまとっているが、事実彼は他者を小馬鹿にしている。特に、今彼と張り合っている少女に対して、それは顕著に表れている。

 そして、女の方がアーリーである。身長は162センチメートルのすらりとしたプロポーションの少女だ。年齢はロッソより一つ上の15歳。柔らかそうな金髪にやや吊り目気味の紫の瞳をもつ、猫の様な少女だ。基本的に友好的な交友関係を築く方だが、人の好き嫌いが激しい。特に、今彼女と張り合っている少年に対して、それは如実に表れている。


 ここは中央大学校。世界中から身分を問わず、才能のある者に門戸を開いている教育機関だ。一つの中立地帯と考えられている大学校は、どの国からも独立し、そしてどの国からも支援を受けている。それはこの大学校で学問を修めた人物はとても優秀な人材として輩出されるからだ。どの国もその人材を確保することに忙しく、また、人材を育てることに余念がない。そのため、ただの一教育機関としてどこの国の影響も受けることもなく。自治を守り、そして教育に集中することができるのだ。

 中央大学校に入るためには、まず入学試験を受けなければならない。基本的な知識はもとより、それまでに独自で研究している内容が必要だ。その内容は所謂学問の内容から体術、はたまた料理や芸術など、幅広い。一つのことに集中して取り組むことができ、また、それに対してある一定ラインの成果が見込めることが条件だ。入学時期というものは設けていない。入学意思のある者がその旨を伝え、そして試験を受け、見事合格したものが翌日から学生として通うことができる。

 こういった条件から、門戸をくぐるものは老若男女問わず、毎年多数の人物が挑む。しかし、条件をクリアする者はほんの一握りで、一年に一人も入学許可が下らなかった年もあるほどだ。

 基本理念が「ただ求めよ」という、簡素かつ究極なもののため、一風変わった人材が集まることも否定できない。今、小さな争いを起こしているロッソとアーリーもその例に洩れない。



「いい加減…諦めなさい…」

「それはこっちの科白……」

 ぐぎぎぎ、と音が聞こえそうな二人の争いは一向に収まるようにみえない。男女の差異で言えばロッソの方が有利に見えるのだが、如何せんロッソは典型的なひょろ長であり、肉体的な面は得意ではない。逆にアーリーは一つ年上ということと、ほんの少しの身長差を生かして、ロッソより優位に立とうとする。

 二人が争っているのは図書室にある、ある一冊の本だ。本棚に入っているその本を手にしようと、精一杯腕を伸ばしているのだが、双方共にそこには届かない。ぷるぷると震えているその腕は、すでに体力の限界を訴えているのだが、二人にも意地がある。


 ロッソとアーリー。ほぼ同じ時期に入学した二人は、同期生である。同期生というのは、えてして両極端に分かれる。仲の良い友人になるか、競い合うライバルになるか。

 この二人は後者である。しかもお互い嫌悪しているタイプだ。相手に一目置いてお互いの技を磨き合うタイプのライバルではなく、隙あらば相手を蹴落としてやろうと思っているタイプのライバルだ。つまり、性質が悪い。学校では結構有名な二人組なのため、今日のこの光景も「ああ、またいつものことか…」とみられ、退避されることはあっても止められることはない。下手に巻き添えをくらうことは勘弁、というのがこの学校の生徒の気持ちだ。


「よ、し…。これで、この本は私のもの…!」

 アーリーの手があと少しで本に届く。勝利を確信したのか、声に喜色が混じる。


「「あっ!!」」


 二人の声が重なった。アーリーの手に触れると思っていた本が、横から伸びた手によって取られたからだ。二人は呆然としてその腕の持ち主へと視線を移していく。


「悪いね。これは俺が先に目をつけてたんだ」

 くるりと掌で本を一回しし、にいっと唇の端をあげる。その表情がとても様になっているのは、相手が美男子だからだろう。

 今本を手にしたのは、カーク。二人の同期であり、二人のやりとりに介入できる数少ない人物の一人だ。少し長めの茶髪に若草色の瞳をもつ、十人いれば十人が「美男子」という美貌の持ち主だ。近寄りがたいというより、気易さを感じさせる、よく言えば警戒心をもたせない人物だ。しかし、二人のやりとりに介入できるというところから分かるように、彼もなかなかクセの強い人間であるが、周りの人間は何故かそれに気付いていない。


「カーク! 横取りなんてサイテーよ!」

「そうだ。それはぼくの物だ。さっさとぼくに渡しなさい」

「ちょっと。それは聞き捨てならないわね。あのままだと私の方が先に手にしてたわよ」

「そこは分からないことだからね。実際、アーリーの手に本は無いわけだし」

「それはカークが!…ちょっとカーク! アンタのせいよ!!」

「はいはいはいはい、そこまでで。ここはね、一応図書室なんだから。騒がしくしたら迷惑かかるでしょ」

「「誰のせいだと思ってんだ(のよ!)」」

 二人の揃った声にカークはまあまあとなだめつつ、二人の前にそれぞれ一枚ずつの紙を出して見せた。

「…何、これ」

「見ての通り。さきほどクオール教授から渡された、新しい課題」

「ええ!?」

「……まだその前の課題が終わってないんだけど…」

「そうなんだけど、どうやらクオール教授、二月後に休暇をとられるらしくてね。課題を早めに繰り上げたようなんだ」

「そんな…」

「で、だ。資料集め、重要だろ? 何しろ次の課題もなかなかエゲツナイものだから」

 カークの言葉に二人がカークの手にある紙をひったくり、内容に目を通した。確かにカークの言う通り、現存する資料が少なく、また、この学校にないものもある。

 二人は紙から顔をあげて、知れず顔を見合わせていた。

「これは…」

「なかなか…」

「な。早めに資料集めした方がいいだろ。それをわざわざ教えてあげる俺ってば、親切」

 大きな手柄を立てたかのようなカークのことを無視して、二人は考え始めた。

「この資料は確か街の図書館でみかけたな…」

「これは第二高等学校にあるって聞いたことがあるわ…」

「それと、研究するための材料も必要だな」

「フォッチョ教官がもっていたわね、確か」


 うんうんとお互い頷きあい、そしてくるりと踵を返す。

「ちょっと! 今度こそ邪魔しないでよね!?」

「それはそのまま返してやるよ」

「なっまいき~!!」

「お互い様」

 罵詈雑言が図書室を遠ざかる声に含まれているのを、図書室にいる人物全員が聞いていた。


「全く……。気が合うのも問題だな」

 やれやれと、カークが呟いた。二人が聞いたら全力で拒否するような言葉だが、カークにはそうとしか考えられない。



 ロッソとアーリー。

 二人はとても似ている。

 似ているからこそ、お互いがお互いを意識しすぎている。

 故に、そこに衝突が生じる。



「同属嫌悪」



 誰が始めに言いだしたかしらないが、その言葉はまさしく二人にぴったりだ。



「ま、おかげでこの本が手に入ったし、よしとするか」




 手の中にある本を見つめて、小さく微笑んだ。

 最後に得をするのは、この男なのかもしれない。

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