電子力
顕微鏡の中を覗き込んでいる私は、突然現れたそれに、思わず叫んでしまった。
周りから同僚が駆けつけて、同じように顕微鏡を覗き込んで、私と同じように驚いていた。
「こんなはずはない。何かの間違いだろう。なあ」
私はその場で腰が抜けてしまい、立ち上がれないまま、顕微鏡を覗き込んでいる同僚に聞く。
この部屋には私と同僚の2人しかいない。
「…このことは追試が終わるまでは秘密にしておいたほうがいいだろう。所長には一応報告をしておく」
「それがいいだろうな」
私がこの殺風景な研究室に入ってから10年。
歴史に載るような大発見を、初めてした。
顕微鏡写真を見せられた所長は、私たちと同じように驚いていた。
証拠写真として同僚がとったその写真には、顕微鏡では見えるはずがないものが写っていたのだ。
「…何が起こったんだ。これはごみではないのか」
「いいえ、掃除をしてもその写真のままでした。現在は見ることができませんが、その状況を再現できれば、追試は完了し、論文を私たちで書くことにします」
「…わかった。ほかの仕事よりもこれを優先しろ。これは命令だ」
「わかりました、所長」
そういわれなくても、私たちはそうするつもりだった。
翌日、別の部屋に私たちは移り、昨日と同じ状況を作り出した。
「エタノール、それにカビ菌だったな。ほかには…」
「イースト菌に水。あとタンパク質もだな」
同僚と思い出しながら、材料をそろえていく。
今回は、所長からの命令で、別の研究をしていたやつを見張りに尽かして、証人にさせるつもりだった。
「これらをエタノール1、カビ菌2、イースト菌2、水10、タンパク質.5の割合でよく混ぜる。それをプレパレートにセット。光学顕微鏡を」
「用意済み」
同僚はさすがに10年も一緒に共同研究をしているだけあって、私の次の動きを読んでいた。
顕微鏡にセットをしてから、中を覗き込むと、昨日と同じように見えた。
「…やっぱりだ」
「見えたか」
私がつぶやいたのを、同僚は聞き逃さなかった。
「ああ、これで間違いない。俺たちは新しい技術を生み出して、電子一つ一つを移動させることに成功したんだ」
昨日見たままに、光の動きに合わせて、カビの粒子が動いているのがはっきりとわかった。
イースト菌は、その動きの補助をしているようだ。
「電子のぶつかる力で、どうやら動いているようだな。ここまで強かったか」
「わからんが、研究はこれからが本番さ。今は、この発見を論文にまとめて、学会で発表をするだけさ」
私がそう言って、同僚にも見せる。
それから証人としていた研究員にも。
所長へと再び報告をしてから、私たちは研究室へ戻った。
「…論文は共同でいいか」
「もちろんさ」
こうして私たちは、謎の技術を手にしたわけだが、これが何の役に立つのかは、まったくわからなかった。