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1-1 白い嘘の楽園

第1章:白い嘘の楽園




東京の中心部、巨大な白い城壁の向こうから太陽が昇った。「公立東京統一学校」。




25年前、人類は戦争や疫病ではなく、静かで残酷な災厄の前に膝を屈した。「人口消滅」。子供が生まれなくなった国家は,巨大な墓場も同然だった。政府は分散していた人的資源を回収し、東京近郊に唯一無二の巨大要塞を建設した。それが「公立東京統一学校」の始まりだった。少子化という国家的災厄が生んだこの歪な要塞は、今日、選ばれし数千人の新入生を迎えようとしていた。




悠星ゆうせい、緊張しないで。あなたなら誰よりも上手くやれるわ」


母の手つきは過剰なほど丁寧で、父の眼差しは重かった。入学式場である中央広場へと向かう道中、悠星は足元に敷かれた大理石の冷たい質感を感じていた。最後の希望と呼ばれ建立されたこの学校の正門には、巨大な金の文字が刻まれていた。




【 自由 ・ 平等 ・ 公平 】




そのスローガンの下、ホログラムの校長が慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、演説を始めた。




「諸君はそれぞれ5つのセクションに区分され、各セクションは学校の重要な機能を担うことになります」




その言葉を聞き、悠星は周囲を見渡した。他のセクションの保護者や生徒たちが座る席は、霧や特殊フィルターでぼかされており、物理的に視界が遮断されていた。




悠星はポケットから入学関連の書類を取り出し、確認した。




[ 神崎 悠星 / 81-100点 / セクションA / 法と秩序 ]




校長の演説は続く。

「最後に。この場所に階級は存在しません。諸君の努力と成就のみがスコアを決定し、そのスコアこそが諸君の価値となるのです」




悠星はその言葉を信じていた。少なくとも、この3年間は。




悠星の中学校生活は「楽園」そのものだった。

彼は全生徒の20%しか居住できない「セクションA」の住人だった。




ここでの生活は、感覚の贅を尽くしていた。朝になればAIシェフが悠星のバイオリズムを分析して料理を提供し、寮の窓の外には常に快適な温度と湿度が保たれた人工の森が広がっていた。




授業は集団と個人に分かれ、個人教育の時間は最高級のVR機器を通じて当代最高の学者たちと1対1で行われた。廊下には常に心を落ち着かせるクラシックの旋律とフィトンチッドの香りが漂い、まさに貴族のような暮らしだった。




しかし、完璧な楽園にも奇妙な境界は存在した。




中央学生会館を中心に、ピザのピースのように分かれた5つのセクションの間には、巨大な「偏光ガラスの壁」がそびえ立ち、徹底的に区分されていた。




反対側のセクションで時折誰かが動くシルエットは見えたが、その顔も声も知る由はなかった。悠星は時々、ガラスの壁の向こうをぼんやりと眺めながら疑問を抱いた。





「なぜ僕たちは他のセクションの生徒たちと会えないんだろう? 同じ学校に通う生徒なのに」 




そのたびに担任教師は、慈悲深くも冷ややかな微笑を浮かべて答えた。




「悠星君、それは『効率的な管理』のためだよ。

異なる教育を受ける生徒たちが混ざり合えば、学習効率が落ち、葛藤が生まれるだけだ。各自の能力に合った最適な環境を提供すること。それこそが、我が校が志向する真の『公平』なんだよ」




悠星はその論理を受け入れるしかなかった。いや、受け入れる方が楽だった。自分が享受しているこの豪華な恩恵は生徒全員が感じているはずであり、正当な努力の結果だと信じなければならなかったからだ。




「兄さんも、この道を歩いだんだろうな」




悠星は時折、3年前の事故で亡くなった兄、悠人ゆうじんを思い出した。兄は高校1年生の時、学校内部の施設事故でこの世を去った。




両親は兄の話を出すのを嫌がったが、悠星は兄が学生会の嘱望される人材だったことだけは知っていた。兄が果たせなかった夢を自分が継がなければならないという使命感。それが悠星をこの場所で支える力だった。




中学校の卒業式が終わった午後、悠星は学校の心臓部である「中央学生会館」の最上階へと呼び出された。




扉が開くと、学校の全景が一望できる総ガラス張りの窓の前に一人の男が立っていた。




現学生会長、「桜木さくらぎ れん」。彼はまるで聖者のような微笑みを浮かべ、悠星を迎えた。




「神崎悠星君、中学校卒業おめでとう。君の成績と評判は、我々学生会でも非常に高く評価している」




「光栄です、会長」




「兄の悠人先輩に実によく似ている。あの先輩は本当に惜しい人材だった。学校をより良く変えたいと願っていた、正義感に溢れる模範的な先輩だったよ」




会長は悠星の肩を軽く掴んだ。普段は温かかったその体温が、なぜかひどく冷たく感じられた。




「悠星君、君に特別な頼みがある。高校進学を控え、我が校の『真の価値』のために、君が先駆者になってほしいんだ」




「どういう意味でしょうか……?」




「セクションEに行ってくれ。0点から20点の子供たちが集まる場所だ。そこへ行って彼らのリーダーになり、支持を得た後、彼らを教化して導き、代表として再び学生会へ連れてきてほしい」




悠星は問い返した。

「本来、学生会は各セクションの代表が2名ずつ選出されて構成されるものではないのですか?」




「彼らは3年前から、学生会の全日程と会議に不参加なんだ。理由が全く分からなくてね。このままでは学校の法と秩序が崩れてしまう。だから、悠星君に助けてほしいんだ。それが君の兄さんが望んでいた『学校の価値を守る道』へと繋がるはずだ」


「セクションBも問題だが、、、今はセクションEが最も重要なんだ」




悠星の心臓が高鳴った。学生会長から直接下された特殊任務。しかも、亡き兄の遺志を継ぐ仕事だ。彼は一抹の疑いも持たず、深く頭を下げた。




「承知いたしました」




翌日の明け方、悠星は学生会長から渡されたマスターブラックカードを手に、セクションEの鉄扉を開いた。




重厚な鉄扉にカードをかざすと、「ピッ」という電子音と共に封印が解かれた。




扉が開いて現れたセクションEの建物の外観は、驚くべきことにセクションAと大差なかった。相変わらず白く滑らかな壁面、洗練されたデザインの建築物。悠星は安堵し、足を踏み出そうとした。




しかし、建物の前に立った瞬間、重苦しい違和感が彼を襲った。




おかしかった。ここには生徒たちの笑い声も、活気ある足音もない。ただ建物の奥深くから聞こえてくる、地面を揺らす不気味な機械の振動音だけが静寂を埋めていた。




悠星は震える手で建物内部へと通じるメインロビーの扉を開けた。




その瞬間、凄まじい悪臭が悠星の肺を刺した。腐った金属の匂いと古い油、そして洗われていない人間の体臭が混ざり合った、吐き気を催すような臭いだった。




「これは……一体……」




目の前に広がる光景は、地獄そのものだった。教室があるべき広大なホールには、巨大で醜悪な発電機が数十台、轟音を立てて稼働していた。




その鉄の塊の間で、生徒たちの姿が見えた。悠星と同じ制服を着ていたが、服は油汚れと埃にまみれ、原型を留めていない。子供たちは教科書の代わりに重い機械部品を運び、無報酬の労働を強いられていた。





さらに驚愕したのは食堂だった。華やかなビュッフェがあるべき場所には、カビの生えた給水ホースが天井から吊るされていた。ホースの先からは正体不明の灰色の粥がどろりと流れ出し、生徒たちは汚れたプラスチック容器にその粥を受け、獣のように飲み込んでいた。それはまるで不可触民、すなわち「奴隷」のような生活だった。





驚愕した悠星が端末を取り出し、桜木蓮に連絡しようとしたその時、一通のメッセージが届いた。





[ 悠星君、到着したかな? ああ、ついでに君の『本当の』入学成績表を添付しておいたよ ]





ファイルの中には、悠星の両親が巨額の裏金を使って「セクションC(41-60点)」だった悠星を「セクションA(81-100点)」へと洗浄した証拠が鮮明に記録されていた。




[ 君の両親が犯した不正は、即刻追放の対象だ。だが、私は寛大だ。これまでの学校生活に免じてチャンスを与えよう。私の指示に従い、セクションEの代表となって学生会に参加してくれたまえ ]




悠星は崩れ落ちるように壁を背に座り込んだ。手のひらに黒い油汚れがこびりついた。悠星が享受してきた3年間の楽園が、実は彼らの骨を削って作られた巨大な詐欺劇だったと悟った瞬間だった。





1-1編 完

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