鏡の底の微熱
ハイスクールララバイ
時空は、夕暮れのまま止まっていた。
影は伸びきり、誰もいない広場の中央に、アリスだけが立っている。
風は吹いているのに、空気は動かない。
まるで世界が、呼吸を忘れているみたいだった。
「……ここは、どこ?」
問いかけても、返事はない。
代わりに、足元に薄い水面のような揺らぎが広がる。
それは鏡だった。
空を映しているはずのそれは、空ではなく――
“もう一人のアリス”を映していた。
そのアリスは笑っていない。
泣いてもいない。
ただ、まっすぐにこちらを見ている。
「あなたは、誰?」
鏡の中のアリスが、口を動かす。
声は遅れて届く。
ソレハスベテヒミコサマノオミチビキ
その瞬間、ゴールドの粒子が空中に散った。
やわらかく、温かい光。
それは懐かしさの匂いがした。
楽しかった記憶。
怒りを飲み込んだ瞬間。
言えなかった言葉。
守れなかった約束。
全部が、光になって浮かび上がる。
アリスは膝をつく。
「私は……間違えた?」
鏡のアリスは首を振る。
「間違いじゃない。選んだだけ」
風が、やっと動いた。
止まっていた世界が、ほんの少しだけ前に進む。
遠くで、誰かがこちらを見ている。
それはポポなのか。
それとも、もっと高い場所から俯瞰している存在なのか。
まだ分からない。
けれど、確かに“観測”されている。
アリスは立ち上がる。
鏡に触れる。
冷たいはずなのに、温度がある。
透明だけど、確かに生きている。
「私は、戻らない」
宣言でもなく、決意でもなく、ただの事実のように。
その瞬間、鏡は砕けない。
溶ける。
水のように。
足元から、新しい地面が生まれる。
そこはまだ名もない場所。
けれど、確かに未来だった。
ゴールドは静かに消え、代わりに淡い青い光が灯る。
それは“純度”。
怒りも、期待も、承認欲求もない。
ただ、温度だけがある透明。
アリスは歩き出す。
その背中を、誰も引き止めない。
そして空のどこかで、微かな何かが響く。
第三層、解放
物語は、まだ始まったばかりだ。
ソレヲヒョウゲンデキルナンテナントモスバラシイ




