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永遠に君が望んだ世界

作者:

プロローグ

 アナウンサーが昨今のニュースをランキング形式で紹介している。大雪による交通規制や政治家の不祥事、今朝起こった殺人事件の被疑者逃走など、暗いニュースばかりがランクインしている。特に感想や意見などは何も持たず、捲られていくパネルをただ眺めていたとき、

【SNS】【誹謗中傷】【自殺】

という単語が現れた。何日か前に亡くなったタレントについてのニュースだった。SNSでの誹謗中傷による自殺だと、所属事務所が発表したようだ。街行く人の声やタレントの経歴、主演作品など一通り聞き終わったあと、小さく息を吐いた。不特定多数からの誹謗中傷なんて想像できないが、耐え難いのは確かだ。一人のSNSユーザーとして身近に感じるニュースだが、現実味は感じない。

(縁のない話だ)

そんなことを思っているうちにランキングは終わっており、番組終了時刻定番の星座占いが始まっていた。

「今日の一位は牡牛座のあなた!ラッキーアイテムは、四つ葉のクローバーです!思いがけない恋が舞い降りてくる予感!花言葉は【私のものになって】です!」

「それでは皆さん、また月曜日にお会いしましょう」

 テレビを消し、目の前の机にリモコンを置く。スマホの画面に時刻を表示させてからカバンを担いで玄関へ向かう。いつものランシューに足を入れてドアに手をかける。誰もいない家に体を半分向ける。

「行ってきます」

     1


金曜日。あと一日学校に行かなきゃいけないと思うと気が重い。まだ二月に入って二週間しか経ってないと思うと、より一層気が沈む。日曜日の予定を考えて今週を乗り切る元気を出し、イヤホンで音楽を聞きながら食べ終わった弁当箱を片付けてから、残りの昼休みを過ごそうとする。筆箱以外に何も無くなった机に肘を突きながらスマホを眺める。ストーリーにざっと目を通し、特に目を引くような投稿は何も無いことに退屈する。スワイプでタブを消し、流れるようにツイッターを開く。こちらも特に目を引くような投稿は何も無い。フォローしているアカウントの日常が堅いフォントで綴られている。トレンドに目を通す気にもならず、同じようにタブを消す。何をして時間を潰そうかと考えていたとき、流れていた曲が終わり、教室内の音がイヤホン越しに耳に入ってきた。

「お前そんなにもらったの!?」

クラスのやんちゃな男子がそんなことを言っている。何事かと思い、声が聞こえてきた方へ目をやる。教室の後ろのドアに、十個はありそうな小さな可愛い袋を抱えた男子と、その子の友達が集まっていた。

「お前モテモテじゃねーか!」

「俺にも一個くらいくれよ〜」

その声を聞いて、今日がバレンタインであることを思い出した。

(俺には縁の無い行事だ)

強がりながらも少し悲しくなり、目線をスマホへと戻した。イヤホンから次の曲が流れ始め、クラスメートの声が掻き消される。

(帰りにチョコ買って帰ろ)

自分を慰めたつもりになりながら、もう次の授業まで寝ていようと机の上に残ったものを片付けようとしたとき、俺の席の前に一人の女子が入ってきた。俺に用があるはずがないと、気にせず筆箱を手に取ると、前にいた女子がしゃがんで俺の顔色を窺ってきた。あまりにも真っ直ぐ俺の顔を見てくることに戸惑い困惑しながら、俺は空いている右手で髪を掻き分けて、右耳のイヤホンを取った。

赤川(あかがわ)くん」

(俺に用があるのか?珍しいな)

筆箱から手を離し、左耳のイヤホンも取った。

「どうした?」

俺の返事に被せて、机に小さな袋が置かれた。ピンクのリボンが結ばれた透明な袋の中から手作りらしいチョコが見える。クッキーのようなものにチョコがかけられ、かわいくデコレーションまでしてある。目の前の光景に呆気に取られている俺に、三国(みくに)が続けて

「私と付き合ってください!」

と言い放った。完全に俺は固まってしまった。初めての状況でどうしたらいいのかわからない。あまり関わりのなかった三国からの、急なチョコと告白。何が起こっているのか理解できない。恥ずかしいのか不安なのか、下を向いている三国を見て焦った。

「よろしく……お願いします」

振り絞った言葉を聞いた三国が顔を上げた。

「ホント?よかった〜」

安心したような表情を見せた。忘れていた呼吸を取り戻し、俺も一安心した。

 改めてチョコに目をやり、手に取りながらチョコについて色々聞いた。

「これ、手作りしたの?」

「うん!おいしいかわかんないけど…」

「めっちゃ美味しそうだよ。これなんてお菓子?」

「スコーンっていうお菓子に、チョコかけてその上からチョコペンとかで色々飾ってみたよ!」

「スコーンって初めて聞いた。最初見た時、クッキーかなって思った」

「クッキーに近いよ。でもクッキーよりかは生地がやわらかいかな」

「今食べていい?」

「いやっ…帰ってから食べてほしい…」

「わかった笑 帰ってから食べるね。ありがとう」

「うん!明日感想待ってるね!本当にありがとう」

そう言った三国は小走りでドアに向かい、廊下へと消えていった。

 もらったチョコを丁寧にカバンに入れ、イヤホンを耳にはめ直す。スマホを手に取り、消えていた画面に時刻を表示させ、五限目が始まるまであと十分あることを確認する。無音で流れ終わっていた一つ前の曲を選択し、今までの日常に戻ろうとする。いつも聞いているはずの曲が、いつもと違って聞こえる。どこか落ち着かず、財布とスマホをポケットに突っ込み、体育館横にある自販機に向かう。廊下を歩き階段を降りる間に、さっきまでの出来事を思い返す。一つ一つ丁寧に、何があったか、何を喋ったか思い出しているうちに、自販機の前に立っていた。

(人生で初めて告白を受けたな)

一番上にの段にあるレモンティーのボタンを押す。ガコンという音と同時に大きく息を吐く。選んだ飲み物を拾い上げ、少し目の前の自販機を眺めてから、もう一度小銭を投入口へ流し込む。

(たぶんチョコに合うだろ)

隣にあるストレートティーを選ぶ。ガコンッという音がする。ため息を吐きながらストレートティーを受け取る。

(全く好きじゃない人からの告白にオッケーしてしまったな)

体を起こし、財布をポケットにしまい振り返ろうとした瞬間、ストレートティーのボタンに赤色が灯ったのが見えた。

(終わりか……)

自販機に背を向け、来た道を戻る。

(断ればよかったかな)

少しの後悔を覚えた。

(……喜んでくれたなら別にいいか)

十分前の自分の行動を認めた。


 しかし、やめておけばよかったのだ

 あの時引き返していれば、こんなことにはならなかった

 

翌日俺は、三国にチョコの感想を伝えた。

「チョコおいしかったよ。ありがとう」



     2

 夏休み最終日に、付き合って半年記念デートに行く。お互いの予定がなかなか合わず、正式な日付からはズレてしまったが、それでもこうやって二人で記念日を祝えるのは嬉しいことだ。水族館なんて初めて行くから楽しみでしかたなくて、昨日は水族館の公式ホームページを飽きるほど見た。待ち合わせは結唯(ゆい)の家の最寄駅で、時間は九時にした。現地集合じゃない理由は、結唯は電車移動が苦手だからだ。これまでのデートでも、ホームを間違えたり、急行に乗って最寄駅を通り越してしまったことが多々あった。だから今日のデートからは俺が迎えに行って、一緒に移動することにした。

 流れていた景色が止まり、結唯の駅に着いた。スマホの画面を見ると【8:45】と表示されている。

(十五分前か)

ホームの階段を降り、西口改札を通る。通行の邪魔にならないように近くの柱へ移動する。周りを見渡して、まだ結唯が来ていないことを確認してから

【西口着いたよ 待ってるね】

とメッセージを送る。すぐに既読がついて返信が送られてきた。

【あと10分くらいで着く〜 ごめん〜】

【全然大丈夫だよ ゆっくりおいで】

 送ったメッセージにリアクションが付き、インスタを閉じる。画面上部に【8:51】と表示されている。

(まだ時間あるな)

通行人の声が聞こえる程度にイヤホンの音量を下げ、目の前に見えているコンビニに向かう。

(飲み物買っておくか)

気持ち悪いリズムで入店音が聞こえ、飲み物コーナーへと真っ直ぐ向かう。

(炭酸じゃないやつで、結唯が好きそうなやつは……)

棚から飲み物を二本取り、レジで会計を済ます。レシートを断り、買った二本をバッグの中に入れながらコンビニを出る。柱のところへと戻り、黒い画面を見る。無機質なロック画面と時刻が表示される。

(あと五分くらいか)

ロックを解除し、インスタを開く。新着メッセージは無い。

(最後に見とくか)

昨日偶然見つけて保存しておいた投稿を見る。夕日に照らされた海と浜辺がキラキラと光っている写真。添えられた説明には

【歩いて5分の穴場スポット】

(着いたら探してみるか)

もう一度DMを確認しようとしたとき、小走りでこちらに向かってくる結唯が見えた。

(急がなくていいのに笑)

イヤホンとスマホをポケットにしまいながら、結唯の方へ歩み寄る。

「お待たせっ」

言い終わると同時に飛び込んできた。

「ゆっくりおいでって言ったのに」

「遅刻はよくないと思ってさ、急いで来ちゃった」

「全然いくらでも待つのに」

「暑いなか待たせるのはヤダっ」

「優しいね」

バッグから飲み物を取り出し、結唯の首にあてる。

「わっ!びっくりしたぁ」

「ごめんごめん笑、それは結唯の分ね」

「えっ!?いちごミルク?!もらっていいの?」

「結唯のために買ったやつだから全然いいよ。特別なものとかじゃないけどごめんね」

「めっちゃ嬉しい!!ありがとう!」

両手で大事そうに持っている。喜んでくれたみたいでよかった。

「よかった。じゃあ行こっか!」

二人で改札を通り、ちょうど停車していた電車に乗り込む。

 一番端の席に結唯を座らせ、隣に俺が座る。体が大きく揺られ、車内アナウンスが流れ始める。終点の駅名を聞き、電車を間違えていないことを確認する。

「どこまで乗るんだっけ?」

「終点まで乗るよ。だいぶ時間あるね」

「どれくらい?」

「三十分くらいかな」

「あ、でも意外と短い感じする」

「たしかにね。三十分ちょいで海近くまで行けるって考えたら近いね」

「だよね。水族館、開くのが十時だっけ?」

「そう。開くのと同時に入るつもりだけど、やっぱり並んでるかな?」

「どうだろ〜、今日はみんな課題に追われててほしいなぁ」

「たしかに笑、空いてるといいね」

 駅に着くまでは、二人で俺のスマホを覗き込みながら何を見に行くか一緒に決めた。終点まであっという間に感じられるほど夢中になって見ていた。ホームの階段を一緒に降り、改札を通り抜けた。目の前にもう水族館が見えている。同じ駅で降りた人たちがみんな向かっている。

白瑠(はる)!早く行こ!並んじゃう!」

「うん!早く行こ!」

結唯の手を取り、しっかり握って一緒に向かう。初めて手を握った時から三ヶ月くらい経ったが、それでもまだ慣れない。走っているわけでもないのに鼓動が早い。どうやら結唯も同じ気持ちらしい。頬を染めているのがわかる。なんとなくまだお互いに恥ずかしく、うまく顔を見ることができないが、手に込める力はお互い緩めない。水族館に着くまで何も話せなかったが、それでも心地良かった。

「意外と並ばなかったね」

「だね、五分くらいで入れたね」

「いいタイミングで来れたね。最初どこ行く?」

「イルカショー行きたいな。十時半からだよね?ゆっくり行ってみない?」

「うん!行こ!」

二人で写真を撮りながら、歩くときは手を繋いでイルカショーの会場へ向かった。会場にはまだあまり人はいなかった。後ろの方の座席を選び、並んで座る。結唯は夢中になって写真を撮っている。無邪気な姿が可愛い。

(渡そう)

俺はバッグからリボンが結んである小さな袋を取り出す。

「結唯」

「ん?なに?」

「手出して」

差し出してくれた両手に、小さな袋を乗せる。

「え!?なにこれ!?」

「開けてみて」

「なんだろ?開けてみるね」

結唯が慎重に袋から取り出す。

「え!ブレスレット!?しかもお揃いのやつ!?」

「そう、前に結唯が()()()欲しいって言ってたから、どうかなと思って」

「めっちゃうれしい!ありがとう!え〜!めっちゃかわいい!」

「よかった笑 結唯どっち付けたい?」

「ん〜〜じゃあ私白がいい!」

「じゃあ俺黒にするね」

「ね!付けて写真撮ろ!」

「うん!撮ろ!」

「めっちゃかわいい〜」

「白似合ってるね!めっちゃかわいい!」

「ほんと?白瑠も黒めっちゃ似合ってるよ!」

「ほんと?ありがとう笑」

「写真撮ろ!腕こうして!」

「めっちゃいい感じだね!かわいい」

「色合いもめっちゃいい!撮るね!」

「どう?見せて?」

「いい感じじゃない?」

「めっちゃいい感じ!なんかエモい感じもしていいね!」

「だよね!腕だけっていうのがなんかいいよね!」

「だね!よかった、これ選んで」

「ほんとにありがとう!デートのときは絶対つける!」

「俺もそうする!」

開演のアナウンスが流れ始め、ショーがスタートした。イルカたちの演技に驚かされながら楽しみ、あっという間の十五分間を過ごした。ショーが終わってからは、館内を見て回った。クラゲやサメ、深海魚にカワウソ、お昼寝中のアザラシまで。途中お腹が空いてフードコートでご飯を食べ、ギフトショップでお揃いのクラゲのキーホルダーを買った。

 あっという間に十七時過ぎになり、水族館を出た時、辺りはオレンジ色に染まっていた。帰る人たちが駅に向かっていき、結唯も同じように向かおうとしていた。

「結唯」

「ん?どうしたの?」

「ついてきて」

振り返った結唯の手を引いて、駅とは反対方向に向かう。結唯は戸惑っているのか、何も言わずに俺の後ろにくっついて歩いている。

(こっちにあるんだ。きっと)

夕日に向かいながら、結唯の手を引いて歩き続ける。人の群れが徐々に見えなくなっていく。五分くらい歩いたとき、俺は足を止めた。

「わあぁ!」

「綺麗だね」

「うん!すっごい綺麗!」

夕日に照らされた海と浜辺がキラキラと光っている。

(【歩いて五分の穴場スポット】やっぱりあった…)

写真で見るよりずっと綺麗で、波の音がよく聞こえる。

「ほんとに綺麗」

目の前の景色に心を打たれている結唯を見る。

「結唯」

「ん?」

結唯がこっちを向くのと同時に頬に手を添える。

「白瑠?どうしたの?」

結唯の顔を覗き込み、静かに初めてを奪う。目を見ながらゆっくり戻り、結唯の頬を撫でる。

「半年記念おめでとう」

その言葉を聞いて、一歩近づき俺の胸に顔を埋めてきた結唯を両手で優しく包む。

「うれしい。ありがとう」

顔を上げて震えた声で結唯が言う。目に涙が溜まっている。

「初めてがここじゃ嫌だった?」

「ううん。違うの。ほんとにうれしい。すっごくうれしい。だから泣けてきちゃって。私こんなに幸せでいいのかなって」

「いつも俺と話してくれて嬉しかったから。半年記念に特別なことしたいなと思って」

「今日もう特別なこといっぱいしてくれたのに。してもらってばっかりになっちゃった」

「そんなこと思わなくていいのに。いつも隣にいてくれてるから、そのお礼だよ」

「もうほんとに……

 ……白瑠と付き合えてよかった」

「俺も、結唯と付き合えてよかった」

頬に手を添える。

「大好きだよ」

もう一度触れる。さっきよりも長く触れた。誰もいない、波の音だけが聞こえる浜辺で、体を寄せ合いながらキスをした。唇からゆっくり離れる。

「私も大好き」

結唯の顔から涙が消え、笑顔で溢れていた。

「これからもよろしくね」

「うん!こちらこそよろしくね!」

大きく頷く結唯を見て、嬉しくなった。

(結唯を好きになれてよかった)

「ねぇ?」

「ん?」

「もう一回……」

「いいよ笑 かわいいね」

この瞬間がずっと続いて欲しいと願った。


 帰り道、結唯を家まで送る途中で、ずっと気になっていたことを聞いた。

「ねぇ?」

「どうしたの?」

「俺のことを好きになったきっかけってなんだったの?」

「えっとね、一年のときに席替えで席近くなって喋ったの覚えてる?」

「あったね。去年はクラス同じだったしね」

「そう、その時に私の気持ちにすごい寄り添ってくれたのが嬉しくて。そこから気になり始めたの」

「あの時からだったんだ。懐かしい感じするな」

「ちょうど一年くらい前だもんね」

「夏休み明けの席替えだったもんね、あの席」

「せっかく席近かったから休み時間とか喋りたかったのに。私の友達が来ちゃって喋れなかったし。白瑠もチャイム鳴ってすぐにイヤホンつけちゃうし」

「あの時は邪魔しちゃやばいと思って存在感を消すことに努力してたからな〜」

「消さないでよ〜。話しかけてよ〜」

「ごめんごめん笑 じゃあ明日から話しかけに行くよ」

「え!ほんと!?私のクラスまで来てくてるの!?」

「全然行くよ。邪魔にならないなら」

「ならないよ!最近休み時間ボッチだから邪魔にならないよ!」

「じゃあ明日から行くね!」

「うん!待ってるね!」

結唯の家が見えてきた。歩いている間も同じように一瞬だった。

「ありがとう、わざわざ送ってくれて」

「全然。一人で帰すの心配だったし。あと俺が家まで送りたかったっていうのもあるし」

「白瑠はほんとに優しいよね」

「全然優しくないよ、俺は」

「またそうやって〜白瑠は優しいんだよ!彼女の私が言うんだから間違いないでしょ!」

「たしかに、結唯が言ってくれるなら多少は優しいのかな?」

「多少じゃないんだけどな〜、でもそういうところも含めて全部好き」

「ありがとう。俺も結唯の全部好きだよ」

「ありがとう……ねぇ?」

「最後にしたい?」

「うん……」

恥ずかしげに俯いてる結唯の頬に手を添える。下を向いたままの結唯を見て、頬からアゴへ手を滑らせ、俺の顔の方へ向けさせる。

「ほんとにかわいい」

ゆっくり顔を近づけ、唇に触れる。心臓の音が聞こえてしまいそうなほど静かな街で、エントランスの明かりだけが結唯を照らしている。今までよりも長いキスは、今までで一番短かった。

「今日はありがとう」

「こちらこそありがとう」

「ブレスレット、大事にするね」

「うん、俺も大事にする」

「また明日だね」

「そうだね、始業式だね」

「次はいつデート行けるかな」

「試験が終わったあとくらいになるかな?一ヶ月くらい先だね」

「次どこ行きたい?」

「十月で涼しくなってくるだろうから……食べ歩きとかする?」

「めっちゃいい!場所はまた二人で決めよう!」

「そうしよ、また二人で考えよ!」

「うん!じゃあまたね」

「また明日ね」

「おやすみ」

「おやすみ」

結唯がエントランスに入っていくのを見送ってから駅に向かう。帰宅ラッシュのサラリーマンに埋もれながら、自分の家の最寄駅まで揺られる。駅から家まで、今日のことを思い出しながら歩いた。手を繋いだこと。ブレスレットを渡したこと。キスをしたこと。

真っ暗な家に入った瞬間、電気もつけずにインスタを開いた。

【帰ったよ。今日はありがとう。おやすみ】

結唯にメッセージを送る。【16%】の表示を見て自室の電気をつけ、充電器をスマホに差し込む。バイブレーション音を聞き、クローゼットから下着とジャージを取り出し、洗面所へと向かう。

(今日はシャワーだけでいいや。眠たい)

十分程度でお風呂場から逃げ出し、いつもより雑にタオルを動かし、化粧水を塗り、髪をとかしてからドライヤーを使う。眠気で意識が朦朧としている中でお風呂場と洗面所の電気を消し、リビングの電気をつける。自室へ戻り電気を消し、倒れるようにベッドに寝転がる。アラームをセットして音量を確認する。枕元にスマホを落とし、冷たい布団を首まで被る。枕元の通知音を最後に、俺の意識は無くなった。

 

 翌朝。黒い画面に時刻を表示させる。【5月7日(金)6:43】ロックを解除すると、そこには自分ではないツイッターのアカウントが開かれたままになっていた。

(………………)

ベッドあったはずの体は、机の前の椅子にある。パソコンが一枚のスクリーンショットを俺に見せ続けている。

(……そうだ。見つけたんだ。だから…これだけじゃなかった気がする……)

スマホ。パソコン。学校のタブレットにまで。同じ何枚ものスクショが保存してある。

(やっぱり…)

机の殴り書きを見て、沸々と湧いてくる感情がある。

今まで何度も感じてきたもの。生まれて初めて感じるもの。体の中で入り混じり、口から出た言葉があった。

アナウンサーが昨今のニュースをランキング形式で紹介している。季節外れの寒さや大企業幹部らへの横領疑惑、一年前から続いていた連続殺人事件の犯人逮捕など、様々なニュースがランクインしている。特に感想や意見などは何も持たず、めくられていくパネルをただ眺めていた時、

【SNS】【高校生】【殺害】

という単語が現れた。何日か前に殺害された男子高校生についてのニュースだった。殺害された男子高校生と同じ高校に通っている女子生徒による、SNSへの投稿が原因となった事件だと、警察と学校が発表している。事件の詳細や、高校の生徒や教職員、被害者の両親へのインタビューなど一通り聞き終わったあと、大きく息を吐いた。不特定多数からの誹謗中傷なんて今なら容易に想像できる。たった一人からの投稿でさえ、耐えられなかったのだから。一人のSNSユーザーとして身近に感じた出来事だし、一人の被害者として一年前のニュースに現実味を帯びてしまった。

「まさか俺が被害者になるなんて思いもしなかった」

確かに口に出したはずの言葉は、そこに座っている両親には届いていないようだ…

現実を受け入れながらも少し寂しくなっているうちにランキングは終わっており、この事件に対して番組のコメンテーターたちがそれぞれ意見を述べている。

 その光景を確認した俺は安堵し、ベランダへ出る。二人がいる死んだ家に体を向けて

「またね」

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