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第2話(1)

綾史が自宅に帰宅したのは翌日の夜だった。

あの後彼は美舞の自宅に泊まり、今朝は美舞の家から出社した。

綾史は美舞が離婚してシングルマザーになり、時々手伝いに行くようになってから友達の枠を越えた付き合いをするようになった。

それは十和子と3年目の記念日を迎えた頃からで、十和子が妊娠して結婚してからも美舞との関係は続いていた。

礼良が熱を出したというのは嘘だった。

はしゃぎすぎて帰りの車内で寝てしまった礼良をベッドに運んだ後、ふたりは恋人のような甘くて刺激的な時間を過ごした。

十和子に対する後ろめたさは多少あるものの、美舞と過ごす時間の方が気楽で楽しくて、罪悪感はほとんどなかった。

仕事を終え、1階へ降りるエレベーターの前でスマホをチェックする。



(…メッセージ来てないな)



いつもマメに連絡をくれる妻からの返信がない。

既読にはなっていたので読んではいるのだろうが、少し気になる。

昼までは寿真の世話で忙しいんだろうと深くは考えなかったが、夜になっても何の反応もないのはこれまでにはないことだった。

いよいよ不倫を疑われたかと思うと、内心ヒヤリとした。



(…まあ、大丈夫だろ。遅くなるって言いながら帰ってこなかったことを怒ってるだけかも知れないし。その時は寝落ちして気が付いたら朝だったって言えばいい。あいつは鈍いし俺のこと好きだから信じるだろ。謝って抱きしめれば機嫌も直る。不満があっても俺に嫌われるのを気にして言わない奴だから、そういうところは扱いやすくて助かる)




純粋で従順な十和子を侮り、高を括る綾史だったが、その余裕は玄関のドアを開けるまでだった。

部屋の中は真っ暗で人の気配がない。

不審に思いながらもリビングへ行くと、カーテンが開いたままだった。

寝ているのかと思い寝室に行ってみたがベッドを使った形跡もない。

玄関に戻ってみればいつも履いている十和子の靴がなく、彼女が毎日変えている日めくりカレンダーも昨日の日付のままだった。



(どういうことだ…?昨日から帰っていないのか?)



しんと静まり返った家の中はひどく寂しく、夏のはずなのになぜか肌寒さを感じた。



(…まさか。帰ってないなんてあり得ないだろ。どうせ買い物にいってるとかそんなオチだ)



予想外の状況に動揺する自分に言い聞かせながら、十和子に電話をかける。

だがコール音が続くばかりで、繋がる気配はなかった。

何度も切ってかけ直したが結果は同じだった。

折り返しを待ってみたが綾史のスマホは静かなまま時間だけが過ぎていく。



「―――くそ、なんで出ないんだよ!」



帰宅から1時間後、綾史は声を荒げながら何度目かの通話終了のボタンを押した。

空腹と疲れもあって余計に苛立ちが募った。

ここまでくると十和子が不倫を疑って、あるいは確信して、怒って家を出て行った可能性が浮上した。



(遅くなるって言っておいて結局昨日は帰らなかったしな。その後のフォローもちゃんとしとくんだった…)



苛立ちを抑えきれず、がしがしと頭を掻く。

まだ4ヶ月の息子は、7歳の礼良と違って意思疎通はできないし、何をするにも世話が必要で、わけもなく泣くこともある。

熱を出して寝込む児童より、言葉のわからない、寝ない赤ん坊の世話をする方がよほど大変だ。

昨日は盛り上がって完璧な理由だと思ったが、冷静になって考えれば十和子にとっては納得できないことだったのだろう。

彼女が怒ったところを見たことがない綾史は、彼女がどんな行動を取るのか全く見当がつかなかった。



(あいつが行くところっていったらどこだ…?友達の家か?でも友達っていったって、誰なのかも連絡先も知らないしな…。まてよ…もしかして俺の実家か?)



十和子が行きそうな場所で、綾史も知るところは彼の実家だけだ。

だがそうなると母親に十和子が家出した経緯を話さなければならない。



「ったく…めんどくさいことしやがって」



誰も聞いていないことをいいことに、舌打ちと同時に本音を吐き出す。

綾史の母親は大和撫子タイプの十和子を大層気に入っている。

逆に男勝りで派手めな美舞のことは、口には出さないが昔からあまり良く思っていないようだった。

可愛がっている嫁を裏切って美舞と不倫していると知られたら、間違いなく朝まで説教コースだ。

溜め息を吐きながら実家に電話をかける。

だが電話に出た彼の母親は、思っていたのと違う反応をした。



「十和子さん?こっちには来ていないけど…。どうかしたの?喧嘩したの?」

「え?ああ…実は今朝…。仕事中に寿真を連れて外出したみたいなんだけどまだ帰ってきてなくて…」



綾史は咄嗟に嘘をついた。

実家にいると信じ切っていただけに動揺を隠せず、歯切れは悪かったが母親は息子の言い分を信じたようだった。



「そう…だけどこんな時間まで連絡もしないなんて何かあったのかしらね…。もしうちに来たら連絡するわね」

「うん…ありがとう。よろしく」



通話が終了したスマホの画面を、綾史は神妙な面持ちで見つめた。



(…俺の実家にいないならどこに行ったんだ?あいつに両親はいないし…。いやでも今向かってる途中って可能性もあるか。もう少ししたら帰ってくるかも知れない。とりあえず待ってみるか…)



切り替えの早い彼は、考えてもわからないのなら考えるのを止めることにした。

そうして夕食を買いに近所のコンビニへ向かった。




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