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第9話(3)

綾史は裁判に勝ちたいと思ってはいたものの、美舞との連絡を絶ち、証拠になりそうなやりとりを削除しただけで、ほとんど何もせずに過ごした。

そうして十和子と話し合いをしてから数ヶ月ほど経った頃、綾史の元に裁判所から封書が届いた。

第一回口頭弁論の期日を知らされた彼は、慌てて弁護士を探し始めた。

しかしどの法律事務所へ無料相談に行っても「勝訴は無理」と言われ、「和解に持ち込める可能性はゼロではないが…」という消極的な回答ばかりだった。

美舞に言われた通りの結末になりそうで、それが悔しく、どうしても受け入れられなかった。

その日も仕事帰りに別の法律事務所に足を運んだが、そこでも期待した言葉をかけられることはなかった。



「くそ!どの弁護士も無能ばっかだな」



リビングで1人缶ビールを飲みながら悪態を吐く。

彼は今日知り合った弁護士との会話を思い返した。



『お話を伺った限りでは、ご推察通り証拠が不十分ではあると思います。ですが下司(しもつかさ)さんが実際にご友人の女性と不貞――いわゆる肉体関係にあったことは事実なんですよね?』

『…まあ、はい…そうです。でも数える程度で…』

『奥様以外の女性と肉体関係を持つことは、回数の問題ではなく、たった1度のことでも不貞行為と見做されてしまうんですよ』

『ああ…はい。そうですね…』

『その点をご理解いただけているのであれば、これから私がする質問に正直に答えていただけると有難いです。ご友人の女性とはいつ頃からそういったご関係にあったんですか?』

『…そうですね…ええと…何年前だったかな…』

『少なくとも数年前からということですね。ご結婚されて何年目ですか?』

『あー…今年で、2年目です…』

『なるほど。ではご結婚前から関係を継続してこられた、と。そして今になって露呈してしまったわけですね』

『いや、まだ完全にバレてはいないです』

『裁判を起こされている時点で、奥様は確信していると思いますよ。とすると、奥様は下司さんの不貞に関する確実な証拠を持っていると考えたほうが良いです』

『……』

『奥様は弁護士を立てていらっしゃるんでしたよね。第一回口頭弁論の日も近いですし、下司さんもそろそろ弁護士に依頼するかどうかを決められた方が良いかと思います。答弁書は作成されていますか?』

『…答弁書?』

『第一回口頭弁論の1週間前には、訴状に対する答弁書を提出しなければなりません。提出しなくても罪に問われることはありませんが、裁判官には奥様が主張する内容を認めたと見做されます』

『…あー…それは、嫌ですね…』

『嫌ですよね。では答弁書を作成しましょうか。内容は簡単でいいんです。争う姿勢を示すものを作るだけですから』

『どう書けばいいんですか?』

『それをお教えする前に、確認させていただきたいことがあります。今回の裁判を私に依頼されますか?もし依頼されるのであれば、今後の流れや費用などのお話をさせていただいて、ご納得いただいた上でご相談をお受けしたいのですが』

『……お願いします』



綾史はズボンのポケットから弁護士の名刺を取り出した。

彼の名前は持木 勝利(もちぎ かつとし)というらしい。

持木弁護士はこれまで話をしてきた弁護士達と比べると良心的だった。

勝てないとわかると態度を一変させた他の弁護士とは違い、どんな話を聞いても一貫した姿勢で綾史に接した。

淡々としていて掴みどころのない男だが、損得勘定を見せないところが気に入った。



「…にしても、弁護士費用高すぎだろ…。十和子にそんな金があるとは思えねーし、どうせ親戚だとかいうあの男が支払ったんだろうな…」



話し合いの日、十和子が一人で来ると思っていたのに、将臣(と有岡弁護士)を連れて来た時は驚いた。

それと同時に十和子が自分以外の男と連れ立っている姿を見て腹が立った。

話をしながらも十和子は将臣に意見を求めたり、将臣が場を仕切る(ように綾史には感じた)のを当たり前のように受け入れていたり、彼を信頼していることが伝わって来て、それも気に入らなかった。

離婚訴訟も十和子の意思ではなく、将臣が彼女を焚きつけて起こさせていることだと綾史は思っていた。



「あいつ…なんで十和子と一緒にいたんだ?確か十和子のお祖母さんが危篤だったから迎えに来たって言ってたな…。でも見舞いなら数日あれば済む話だ。もしかしてずっとあいつの家に泊まってたのか?今も?それなら十和子だって不倫してるってことにならないか…?」



綾史はにやりと口元を緩ませた。

今日まで何一つ思い通りにいかなくて、言い様のない苛立ちが胸に巣くっていた。

だが自分の味方をしてくれる弁護士に出逢い、そして十和子も不倫していたと立証できる可能性に気付き、光明が差した。



「勝てる…この訴訟、勝てるぞ!」



何の根拠もないのだが、綾史の心はたったそれだけのことで舞い上がった。

そしてまるで祝杯を挙げるように、手に持っていた飲みかけのビールを一気に飲み干した。



―――来る第1回口頭弁論の日。

綾史は持木弁護士を引き連れて、意気揚々と裁判所へ乗り込んだ。


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