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第1話(2)

授乳室でおむつを替えて授乳をして、洋食店へ行った頃には1時間近く経っていた。

店の入り口できょろきょろする十和子に気が付いた綾史は手招きして、自分の隣に座るようにジェスチャーする。



「遅かったな。十和も何か頼めよ」

「うん…」



綾史は十和子に悪びれる様子もなく、ついでのようにメニュー表を渡してきた。

3人はもう食事を終えたようで、空になった食器がテーブルの上に広がっていた。

夫の態度や少しも待とうとしてくれなかったことに傷付いたが、和やかな雰囲気を壊したくなくて不満を飲み込む。



「礼良ぜんぶ食べられたな。偉いじゃん!」

「うん!」

「お腹空いてたもんねー」

「でざーとまだかなあ?」

「アイスクリームだからきっとすぐ出てくるって」



十和子は慌ててメニューを開いて、比較的早く出てきそうな料理を探した。

全員が食べ終わっているのに自分ひとりだけ食事をして待たせるのは嫌だ。

本当は温かいものを食べたかったが、冷製パスタを注文する。

パスタと一緒に3人が注文していたデザートが運ばれて来る。

和気あいあいとデザートを食べ比べる3人に混じり、十和子はここでも蚊帳の外だった。



「あー食べた!食べた!お腹いっぱい!」

「れいらも~!」

「めちゃくちゃ食べたよな。お腹大丈夫か?」

「だいじょうぶー!」

「会計どうする?」

「一緒でいいよ」

「奢ってくれるの?やった!礼良、綾史がご馳走してくれるって!」

「綾史お兄ちゃんいつもありがとう!」

「どういたしまして。―――お前はデザートいいの?」

「……」



十和子は惨めな気持ちだったが、何事もないふうに笑って頷いた。

もう帰り支度を始めているのに食べたいと言えるはずもない。

綾史が頻繁にこの親子にご馳走していることが会話から垣間見えて、そんな気持ちにもなれなかった。



(結婚したんだよ…夫婦なんだよ、私達…)



十和子は毎月綾史から一定の金額をもらい、家計をやりくりしていた。

綾史がお小遣い制は嫌だと言ったからだ。



『仕事の付き合いで急に飲みに行く時もあるし、自分で貯金もしたいし、自由にできるお金がある方がいいんだよね』



そう言っていたから、十和子も彼の気持ちを尊重した。

夫婦であるとはいえ彼自身が仕事をして稼いだお金でもあるからあまり文句は言えなかった。

妊娠中は通院や出産準備で思いの外費用がかかり、体が思うように動かなかったが食費を抑えようと頑張った。

出産してからは出費が増え、貰っている金額では足りず、十和子の貯金を切り崩してなんとか生活していた。

綾史はそんな十和子の影ながらの努力に気が付かず――否、知ろうともせず、他人の家族にお金を使っている。

さすがの十和子もこれには腹が立った。



(寿真が生まれてからは一度も外食したことないのに…。美舞さん達とは食事するのに、私には作らせるんだね。帰ったら家に入れるお金を増やしてもらおう…)



会計を終えて店を出ると、綾史が今度は美舞と礼良を家まで送っていくと言い出した。

彼女達の家は自宅とは反対方向だ。



「もう暗いし、危ないから乗っていけよ」

「いいよバスで帰るから」

「遠慮するなって。礼良がバスの中で寝ちゃったら大変だろ?お前も疲れてんだしさ」

「うーん、じゃあ甘えちゃおうかな?」



そんな会話をしながら、美舞がちらりと十和子に視線を送ってきた。

またしても勝手に決めてしまった綾史に苛立ち、真顔になってしまっていた十和子は、慌てて表情を取り繕った。



「いいかな、十和子さん」

「あ…私ちょっと薬局に寄りたくて…」

「え?これから?なんか買いたいものあるのか?」

「うん…寿真の粉ミルクがなくなりそうだから買い足しておきたくて」



思い通りにしてやるかと反発心が働いて、十和子は困ったように笑って見せた。

悪あがきであることはわかっていたが、これ以上従順でいたくなかった。



「それ、今度でも良くないか?もう19時半だから早く帰らないと…美舞の家、ここから車で30分かかるからさ。21時には礼良寝かせないといけないし」

「そこまで気にしなくてもいいよ、綾史。1日くらいどうってことないし」

「でもお前が大変だろ?」



何度も美舞を気遣う綾史を見て、十和子はいよいよ泣きたくなってきた。



(大変だろ?なんて…綾史に言われたことない…)



寿真が生まれてからも綾史はほとんど家事をせず、育児も頼まれた時にやる程度。

仕事があって疲れているからと十和子が遠慮して言わないでいるのも原因のひとつだが、彼が自ら積極的に協力しようとしたことも、妻を労うこともなかった。

自分にはしてもらえないことを、友達である美舞が当然のようにしてもらえていることが羨ましく、同時に腹が立った。



「…大丈夫。私は歩いて帰れる距離だから。寄ってから帰るね」



十和子は半分意地になって提案した。

この3人ともう数分でも一緒にいるのが苦痛で、自由になりたかった。

綾史がどう出るのか、試してみたい気持ちもあった。




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