第5話(2)
綾史が十和子達のことを警察に相談して一週間。
行方がわからなくなってから約二週間が過ぎたが、有益な情報は見つからないままだった。
むしろ警察からは何故か『事件性はないようです』と言われ、捜索は打ち切られてしまった。
これ以上成す術もなく、綾史はただ十和子の帰りを待つことだけしかできなくなった。
帰宅して玄関を開けた時の、暗くてひっそりとした室内は相変わらず物寂しい。
何度か美舞が来てくれてはいるが、独身時代に一人暮らしをしていた時には感じたことのない寂寥感があった。
不都合に思うことも沢山出てきた。
これまで十和子がしてくれていた洗濯や掃除、食事の用意は全て自分でしなければならない。
まるで自宅が旅館かのような、受け身の生活に慣れていた綾史にとっては、その煩わしさに何度も苛立った。
現実から目を背けるようにゲームをしたり仕事仲間を誘って酒を飲んだりしても、何をするにもどこか集中し切れない自分がいた。
朝目を覚ましたら寿真の元気な泣き声やご機嫌な声が聞こえてくるのではないかと期待してベッドに横になり、裏切られる日々を繰り返した。
自分より遅く寝て早く起き、乱れた髪を整える余裕もなく必死に育児をする十和子の姿も、今では懐かしく愛おしく感じられる。
あの晩、十和子がショッピングモールに残ると言った時、綾史は内心喜んでいた。
理由をつけて美舞と一晩過ごせると思ったからだ。
何度も後ろを振り返り、十和子が後を付けていないことを確信すると、美舞は腕を絡ませてきた。
『ねえ…まだ一緒にいたいな。今日は泊まれそう?』
『そのつもり』
『やった!礼良、今日は綾史が朝まで一緒にいてくれるって!』
『ほんとう?!やったー!』
喜びに瞳を輝かせる礼良の手を握り返して、弾むような心地で駐車場まで歩く。
その姿は端から見れば仲の良い親子そのものだった。
そしてそのまま、綾史は平然と妻と子どもを裏切った。
別れ際、どこか暗い顔をしていた妻の様子に気が付いていたのに、彼女を思いやる気持ちも、一人で帰ると言った彼女を引き留めようと思う気持ちも、その先に待っている高揚感によって押し流されてしまった。
(あの時、美舞の家に泊まらずに帰っていたら…そもそも十和子を一人で帰らせなければ、こんなことにはなってないんだよな…)
どうしようもない後悔が頭の中を埋め尽くしていく。
それと同時にぶつけどころのない苛立ちも湧き上がってきた。
(だからってこのやり方は卑怯だろ。俺の気を引くために家出したんなら大成功だな。はぁ…マジでどこに行ったんだよ…。不倫がバレたわけでもなくて、事件性もないならなんで帰って来ないんだよ…ったく、警察も使えねーな)
盛大に溜息を吐き、頭の中で毒づく。
自分の行いが原因だとわかってはいても、それを素直に認められずに他人に責任転嫁するのが綾史という男だった。
(待てよ…事件性はないって言うなら…もしかして十和子が俺に心配されたくてわざとやってるのか? 連絡しないのも俺の気持ちを試すため? きっとそうだ…美舞だってそう言ってたじゃないか。なんで気づかなかったんだ…それなのに心配して警察まで頼ったのがバカらしい)
十和子の失踪は自分の気を引くための自作自演と判断した綾史は、十和子に送ろうとしていたメッセージを削除した。
(何も知らないふりして付き合ってやることもできるが、俺はもうやるだけのことはやった。連絡が途絶えればきっと"やりすぎた"と思って慌てて帰って来るだろ。あいつは他に頼るところもないしな。ったく…美舞と違ってやることなすこと面倒くさい女だな)
とはいえ、綾史は十和子と離婚する気はなかった。
十和子と交際中から現在まで数え切れないほどの不貞行為をしてきたが、彼なりに十和子を愛していたし、別れようと思ったことはなかった。
自分のことを愛している十和子は基本的に従順で扱いやすく、そんなところが可愛くもあり、喧嘩にもならないため一緒にいて楽だった。
これといって不満はなかったが、強いて言うなら穏やかすぎて刺激が足りないこと、性行為の物足りなさで、それ以外は理想の妻だった。
美舞との関係も初めは単なる出来心だった。
だが一度してしまえばゲームのようについ夢中になって、歯止めが効かなくなっていった。
その根底には、十和子は絶対に自分の元からいなくならないという、傲慢な確信を持っていたからだった。
(十和子…もう十分気は済んだだろ。いい加減帰って来い。俺はもう心配してやらないからな。ほら、次はお前の番だ)
綾史は、自分からの連絡が途絶えれば立場は逆転し、今度は同じように十和子が心配してくるだろうと予想した。
そして彼は十和子ではなく、美舞にメッセージを送った。
《いまどうしてる? これから家に来ないか?》
続きを待っていてくださった方々に感謝申し上げます。ありがとうございます。誤字脱字や矛盾などあれば後ほどひっそりと修正します。




