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第5話(1)

十和子が体調を崩したため、祖母のお見舞いは当分延期になった。

数日後には熱も下がって普段どおりの生活ができるくらいには回復したのだが、将臣は「もう少し先になっても大丈夫だ」と言い、その後もお見舞いの話を切り出すことはなかった。

久しぶりにのんびりした気持ちで過ごせたおかげか、まだ少し気怠さは残るものの、風邪の症状はなくなった。

十和子が寝込んでいた間、寿真の世話はほとんど奈津子さんがしてくれた。

将臣も家にいる時にはオムツを替えてくれたり、お風呂にも入れてくれたりと、自分の子どもでもないのに積極的に世話をしてくれた。

父親である綾史もしてくれたことはあるが、十和子がお願いした時だけで、将臣のように「俺がする」と自発的に動いてくれたことはなかった。

今の私は専業主婦だから、家の中のことは全部私の仕事―――そう自分に言い聞かせてきたのだが、父親より父親らしく寿真と関わる将臣の姿を見て、考えを改めさせられた。



(男の人は外で仕事をして疲れているから家では何もできないんだって思っていたけど…男の人だからじゃなくて、単に綾史がしない人(・・・)だったんだ。

綾史以外に頼れる人がいなくて、いつも不安だった…。でももう我慢して綾史に縋りつかなくてもいいんだ。いざという時に頼れる人がいると知った今なら、寿真とふたりでだってなんとか生きていけそうな気がする)



リビングのソファに腰を下ろし、思案を巡らせていた十和子は、ふと顔を上げて掃き出し窓から見える庭に視線を移した。

当時と変わらない、丁寧に手入れされているとわかる庭木や花は、十和子の心を和ませた。

広くて開放感のあるこのお屋敷も、何度か改修はしているようだが、十和子が遊びに来ていた頃の面影がまだ所々に残っている。

あの時はまだ母親が出ていく前で、当たり前のように両親が家にいた。

今となってはささやかなことに頭を悩まし、それでも何不自由のない暮らしをして、望んだ進路を選ぶことができた。

無数の可能性と希望に満ち溢れていた。

そんな子ども時代の記憶が、十数年後の自分の背中を押してくれるような、そんな心地がした。



(将臣くんは結婚しようと言ってくれたけど、今はまだ再婚は考えられない。でも綾史とは離婚する。できるなら今すぐにでも離婚したい…)



込み上げてきた感情と同時に、ぐっ、とスマホを握る手に力が入る。

いつの間にか車の中に落としてしまっていたスマホが手元に戻り、充電して電源を入れてみると、綾史からの着信やメッセージの通知がたくさん入っていた。



《どこにいるんだ?返信してくれ》

《美舞と礼良のこと気に障ったのか?ごめんな。友達として放っておけなくてさ。だけどそれだけだから。誤解しないで欲しい》

《いまどうしてる?寿真は元気か?何も連絡がないから心配してる。無事でいるなら返信して欲しい》

《十和子に会いたい。帰って来るの待ってるよ》



数日前までの自分なら感動して喜んでいただろうが、不倫の事実を知った今となっては、読めば読むほどに怒りが込み上げてくる。



「何年も前から美舞さんと不倫していた癖に、会いたいですって? 口先ばっかり。どうせこれ幸いと今も2人でいちゃついているでしょうに」



毎日連絡が欲しいとメッセージが届いているが、返信はせずに画面を消した。

無事でいると一言送れば綾史からの連絡も減るだろうが、今はとてもそんな気持ちにはなれなかった。

ざわついた心を落ち着かせるために何度か深呼吸をする。



(綾史は…初めから私のことを本気で好きなわけじゃなかった。結婚したのだって世間体のためだったんだわ。彼女を妊娠させて振ったなんて噂が流れたら、会社に居づらいもの。どうして今まで気づかなかったんだろう…こんなにも軽薄な人だったのに。本当に愛してくれてるのかなって疑問に思うことが何度もあったのに…)



信じていた夫に長い間裏切られていたことはもちろんだが、それと同じくらいボンヤリしていた自分自身にも腹が立った。

夫に嫌われたくないと顔色を伺って、目の前にある問題から目を逸らしてきたのは自分自身だ。

他の女性と二股をかけられていたとも知らず、これまで献身的に愛してきた月日を思い出すと切なくなってくる。

十和子が綾史と幸せに過ごすために積み重ねてきた苦労は、初めから無意味な努力だったのだ。



(私の気持ちを利用して弄んで…許せない。確かに私にも良くないところはあったのかも。だけど話し合いもせずに他の女の人と浮気するなんて。どんな理由があろうと、浮気していい理由なんてないわ)



不倫で家族を捨てた母を持つ十和子は、不貞行為に対して人一倍嫌悪感が強かった。

美舞との関係が疑惑から確信に変わった時点で、綾史は彼女の中で不要な存在になった。


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