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短編集【ヒューマンドラマ・現代】

ある写真家の物語

作者: ポン酢

僕は君を探す。


カタコトと揺れるローカル線の音の中に。

どこまでも続く急な石階段の先に。

ご来光の登る浜辺に。

星の映る湖の夜明かりの中に。


僕は今でも、君を探している。








君は突然現れた。


脱色した明るい髪。

どこに目を向けていいのかわからない服で。

動揺する僕を覗き込むその目は、マスカラでまつ毛が黒く固まっててなんか不思議なものを見た気がした。


君は言った。

「遠くに行こう」って。


何もかも嫌なら、誰も知らないところに行っちゃえばいいんだって。

青春18きっぷなんて、存在は知ってたけどまさか使う事になるとは思った事もなかった。


電車に揺られる。

どこまでもどこまでも。


君は世間知らずで、でも勢いが良くて。

僕は知識はあるけど臆病だった。


君は言う。


そんなに不安なら、お祓いでもすればって。

なんかあるじゃん?縁切り?とか。

どうせなら凄いところでお祓いしてもらおうって。

でも探すのは僕なんだけどね。


君の思いつきで、僕は死ぬんじゃないかと思う石段を登らされた。

元気な君はキツイだの言いながらもどんどん登ってしまって、僕は諦めて下る事もできなかった。


君は言った。


「海が見たい」って。

だから僕はそこから行けそうな海の画像をいくつか君に見せた。


夜行バスはなんとなく落ち着かなかった。

君はライブに行くのにたまに乗ると言ってよく寝ていた。

こんな中でよく寝れるなぁとちょっと感心した。

でも、メイクを落とした顔は少し別人で変な感じがした。


バスを降りて始発に乗って。

君は人がいない事をいい事に、電車の中で化粧をしてた。

でも顔をキャンパスみたいにして描いていくのはちょっと驚いた。

というか、揺れる車内でよくそんな細かい事できるなと思った。


辺りが白んできて、片目だけメイクをし終えた君が車窓に張り付く。

見えてきた海には、朝日が昇り始めていた。


電車に揺られ僕らは旅をする。

どこか遠くに。


スーパー銭湯に行ってそこで気絶したように眠った。

起きたら君はポチポチスマホを弄っていて、目が覚めた僕に画面を見せ笑った。


ここに行きたい。

君はそう言った。


だから僕はそれがどこなのか、どうやって行けばいいのか調べる事から始めた。


夜行バスに乗って、ローカル線に乗って。


僕は君が来たいと言った湖にたどり着いた。

すっかり夜になっていて、僕らは黙って空と湖面を眺めていた。


100均で買ったアウトドアグッズ。

アルミ毛布はガサガサいって少しうるさかったけど、動かなければそこまで気にならなかった。


それに……。


あちこちに貼ったカイロより、君の手が温かかった。

どこででも寝れる君は僕に寄りかかって眠っていた。


空と湖の星に囲まれて、まるで宇宙空間にいるみたいだった。

そんなだだっ広い中では僕なんかとても小さくて、そんな小さな僕の中の悩みなんて、ミジンコよりも小さく思えた。


僕は少し泣いた。


世界には僕と君しかいないみたいで。

本当にそうならいいのになと思った。






君は突然現れ、


そして……突然消えた。






「トイレに行ってくる」そう駅で言った。

なかなか戻らなくて、でもメイクしてるのなら時間がかかるんだよなと思って待っていた。


でも、君が僕の元に戻ってくる事はなかった。


流石に気になり探し始めた頃。

ラインが入った。



「もう大丈夫。君はどこにでも行けるよ。」



そう一方的に送られたまま、僕の送るメッセージに既読が付くことはなかった。





僕は裏切られた思いを抱え、家に帰り閉じこもった。


なのに頭の中に君と過ごした景色が浮かぶ。

あまりにも非現実的な日々はかえってインパクトが凄くて、まるでフラッシュバックのように強烈に蘇る。


そして君の見せたたくさんの表情が僕に語りかける。



僕は立ち上がった。



探そう。


君を探そう。



だって君が言ったんだ。

僕はどこにだって行けるって。


君と過ごした日々が背中を押してくれる。

あんな無茶苦茶な事をやれたんだ。


今の僕なら、何だってできる。











「…………え……?」


「そう、君が……。ありがとう。最後に、会ってやってくれる?」


君のお母さんは泣きながら笑ってそう言った。

現実味のない現実の中、僕はもう一度君に会った。


いや、正しくは君だったものに。


「……最後に好きな所に行きたいって一人で飛び出していっちゃって……心配してたんだけど……仲間がいるからって……。帰ってからもね、最後までずっとその話をしていたのよ……。」


「…………………………。」


君は、余命宣告を受けていた。

一言も僕にそんな事言わなかったのに。

薬を飲んでる姿なんて見せなかったのに。

強い薬を飲んでいたから、君はどこでもよく寝ていたんだって今更わかった。


何で……何で……。


何で僕は、すぐに君を探さなかったんだろう。

後一日早ければ、もう一度会えたのに。




『大丈夫。君はもう、どこにだって行ける。』




ハッとした。

君の声が聞こえた気がした。



あの時、どうして君が僕を見つけてくれたのかはわからない。



でも君が、残されたたった10日間の半分を僕にくれて、託したかった想いはちゃんと僕に届いたよ。










僕は君を探す。


カタコトと揺れるローカル線の音の中に。

どこまでも続く急な石階段の先に。

ご来光の登る浜辺に。

星の映る湖の夜明かりの中に。




「………………。」


カメラのファインダーを覗く。


君なら居そうな場所。

君が見たいと言いそうな場所。

君の好きそうな場所。


覗いたファインダーの先に君がいるような気がしてシャッターを切る。


あの日から、

僕はどこにでも行ける。


君の居場所を探してシャッターを切る。


世界は広い。

行く場所には困らない。




僕は今でも、君を探している。

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