プロローグ~始動
~異世界メジューワ、リデニア国首都クヨウトウ南街~
~歴神323年11月15日AM5:30~
~S&S社~
「ん~~気持ちいい朝♪」
自分の部屋の窓から指す朝日を浴びる・・・
こんな平穏、召喚者になってから一度もなかったよ。
「・・・三階の食堂に行ってみよ」
僕はミノア。西暦2323年の地球、日本生まれ。
トゥルチア・セオスって言う神様にお願いされて、
召喚者になってから体感で二年ぐらいかな・・・。
今いるこの“メジューワ”って言われてる世界線は、
僕たちにとっては107回目の召喚。
トゥルチアさんの話では“絶対神”が作った世界線は
全部で108あるらしい。
つまり僕たちが生まれた地球の世界線を入れると108、
存在するすべての世界線を見たことになるかな。
「(よっ、食堂到着♪・・あっ)」
“僕たち”って言うのは、もう一人、
同じ様に召喚者が居るんだ。
あそこ、食堂の窓辺で屋上を眺めてる人。
なんかちょっと機嫌悪そうだけど・・僕の兄さん。
「(・・・吹っ切れては居るようだな、アン・・・ん?)」
俺はナトス、今食堂に入って来た弟ミノアと共に
この世界に召喚された召喚者だ。
屋上で槍斧を振っているあの人物は
アンプレスと言う冒険者、この世界に居る
俺達の協力者の一人だ。
この世界線の住人と関りを持つことは
本来望ましい事ではない。
しかし・・
「コーヒー淹れたわよナトス、あら、ミノアおはよう」
「おはようございます」
彼女はロレーヌ、俺達が住み込みで働く事になった
“S&S社”の所長・・・上司という事になる。
彼女も協力者の一人ではあるが、
正確には彼女のボスが俺達の協力者で、
住まいと職を提供してくれたことになる。
っと、まぁこのように、
関わる人間が日に日に増えている。
ここへ召喚され、既に三回目の朝を迎え、
滞在時間が長引いているせいでもあるが、
今回の107回目・・・
この世界線の人間と関りを断てない理由がある。
それは、神による召喚ではなく、
「おはよーナトス、ミノア、あっ!ロレーヌさんおはようございます、朝食手伝います」
この“メジューワ”の人間の手によるものだからだ。
「あぁ、おはようソロちゃん」
「お姉おはよう」
「おはようソロル、助かるよ、お願い♪」
この人はソロル・ノウビシウムと言う召喚士。
3日前の夜、魔獣に襲われ死ぬ寸前、
アルモニア・セオスって神様の声に従い、
僕と兄さんを、この世界に召喚した冒険者。
僕は“お姉”って呼んでる、
兄さんは妹みたいに思っているのかな?
ソロちゃんって呼んでる。
トゥルットゥルッ!
「あっ!ごめんソロル、電話みたい、ここ良い?」
「良いですよロレーヌさん、私見ときます」
「お願いね」
ロレーヌ所長のボス、上司の上司だから
僕らのボスでもある人物。
S&S社の社外秘だけど、
実はお姉のおじいちゃん、シェンターさん。
~ノウビシウム邸宅・書斎~
シェンターが書斎でお茶を飲み寛いでいると
執事のオフィームが扉をたたく。
コンコン。
「旦那様、本日の予定でお伝えしたい事が」
オフィームが扉越しにそう言うと
シェンターは部屋の中へ入るよう促す。
「ふむ、聞こう、入れ」
「はっ」
ガチャ。
オフィームは入室すると、
その場で立ち止まり話し出す。
「テナクス王将より、サキュリフィー邸宅へ緊急招集がかけられました」
それを聞いたシェンターは、
啜ろうとしていたお茶を持つ手を
ピックと止め、言う。
「(・・邸宅の方へ招集じゃと?・・・)協会関連か?」
「はっ、議長国コパローナから緊急会議を開きたいと」
「・・このタイミングでのぉ・・・時間は?」
「はっ、9時開始だそうです」
「そうか、午前中S&S社へ依頼の状況確認に行く予定じゃったが、役員の責務が優先じゃ、ロレーヌへその旨伝え、電話で状況を確認しておいてもらえるかのぉ?」
「はっ、テナクス王将からの招集を優先されると思いましたので、S&Sロレーヌ所長へは連絡を入れております、旦那様へ状況の報告がございます」
「ふぉっふぉっふぉ、仕事が早いのぉ、して、ロレーヌは何と?」
「はっ、S&S社独自の方法にて対象③は保護済み、鉄壁の警護体制も確立、本日より対象①②の捜査を開始するそうです」
「ふぉっふぉっふぉ、頼もしい限りじゃ」
~S&S社・食堂~
「ごめーん、仕事の電話だった、ありがとソロル」
「いえいえ、大丈夫です、でもロレーヌさん、その準備してある具材ってスープかなんかですよね?さっきから探してるんですが鍋が見当たらなくて・・」
「え!?ホントだ・・昨日ここに置いといたのに・・・予備の鍋を持ってくるよ」
「(フ・・。流石だなロレーヌ、予備の鍋を準備しているとは・・・)」
ははは・・何か薄笑み浮かべてすましてるけど、
鍋を借りてる犯人は兄さんだ。
もう鍋としては使えない形になってるけどね。
「お~は~よ~な~の~で~すぅ」
「おはよーミュウ、相変わらず朝のテンションヤバいね・・・」
「すぅぅぅ・・」
「・・・(え!?嘘だ・・・)」
ははは・・この女性はミュウと言う冒険者。
今着席するなり、寝てるみたい・・・。
お姉のパーティーの魔法士さんで、
かなり魔法技能について詳しいんだけど、
取り扱いに注意しないといけないみたい。
たぶんそのせいで、僕も兄さんもお姉の本当の姉弟と
伝えてあるらしい・・・あっ。
「おはようピューネちゃん、よく眠れた?」
「あっ、おはようございます、ソロルお姉さん・・・(ミ、ミノア・・)」
今食堂に入って来た子はピューネ、僕は“お嬢”って呼んでる。
「お嬢、おはよう」
「お、おはよう!ミノア♪」
お嬢は今、記憶を失くしてる。
「おはよう、ピューちゃん」
「・・おはようございます、ミノアのお兄さん・・・」
お、俺はピューネの事をピューちゃんと愛称で呼んでいる。
しかし俺は“ミノアのお兄さん”呼ばわりだ・・・。
距離感凄くないか?分厚い壁も見え隠れする・・・。
正直俺自身が子供を苦手としている、
ピューちゃんが何となくそれを感じ取ってしまい、
この距離感が生まれたとも思えるが・・・それにしてもだ・・・
“ミノア、音符”と“ミノアのお兄さん、点点点”だ。
ピューちゃんの記憶が戻った時、俺は力になれないかもしれない・・・。
愚痴ってしまったようだな。
ついでだ、もう一人愚痴っておこう。
ソロちゃんのパーティーにはもう一人仲間がいる。
ユナと言う冒険者で斥候をしている。
未だユナだけ姿を見せない・・・。
「あっ、ピューネちゃんも起きてたんだね、ソロル、予備の鍋持ってきたわよ」
「おはようございます、ロレーヌさん」
「後はユナだけね・・・二日酔いかしら・・・」
ほう・・それは由々しき問題だ。
遅くまで果実酒を飲み、
人の悪口を・・まぁ概ね俺の事だが、
俺の安眠を妨害しかけた張本人・・・。
「・・起きては居るようだ、迎えに行ってくる・・・」
「え、そうなの?じゃナトスお願い」
ユナは俺達が何者なのか、俺達の目的が何なのか、
それを詳しく知る人物。
そしてS&S社の人間以外で、
シェンター殿が俺達のボスである事実を知っている。
しかし彼女は、俺達の協力者と言う位置付けではない。
むしろ・・・。
スッ。
~S&S社二階・ユナの部屋~
シャーーーー。
キュッ!
「ふ~~気持ち~~~・・・」
二日酔い気味で目覚めが遅かったユナは、
熱めのシャワーを浴びていた。
「(姉御に牛乳貰おうっと♪)」
“姉御”と言うのはロレーヌの事で、
ユナは、冒険者として先輩で、面倒見が良かった、
ロレーヌを姉貴分として慕っていた。
「(早く服着て食堂行かないとね・・)」
カチャ。
ユナがシャワー室から出た瞬間声をかけられる。
「・・冒険者の朝は早いと思っていたが・・・」
「え!!」
明らかに自分の部屋の中から声が聞こえ
驚きつつも声の方に視線を移した。
「な、ナトスさん?・・・」
「・・・」
「・・・はっ!」
バン!
一瞬思考がフリーズしたが
ユナは慌ててシャワー室の扉を閉め、
続けて言う。
「ちょっとー!ここ私の部屋!カギもかけてたし!何でナトスさんが!!」
「フン、俺達の能力は良く知っているだろ?シャワーを浴びていようが、トイレに居ようが、寝てようが・・次の瞬間、後ろに俺が立っていても不思議じゃないだろ」
間髪入れず返答したナトスの言葉を思案し、
ユナは慌てながらも主張する。
「(・・しゅ、瞬間移動・・・)ちょ、ちょっと待って、私は女!今もタオル一枚でほぼ裸!」
「安心しろ、俺は教官だ、そしてお前を女性として認識していない」
「そ、そう言う問題じゃ・・・」
「あぁ確かに、すまない今のは少し語弊があったようだな、正確には“人間”と言う認識が希薄だ、人権の理解を求められても難しいと言っておこう、あくまでも俺は教官・・お前はAIの様に只々学び成長すればいいだけだ」
「え、(エーアイってなんだ・・初めて聞く単語・・・でも・・・)わ、わかった、私が悪かった・・ホント、分かんないけど分かったから」
「フン・・・60秒だ」
「え!?」
「食堂で待つ“ナトス教官”の機嫌をこれ以上損ねないようにな」
スッ。
「(ナ、ナトス教官!?ヤバイ!昨日の愚痴を聞かれてる!?)」
ユナはパニックになりつつも
ナトスの気配が消えた気がして声をかける。
「ナトスさん?・・・(反響索敵!!・・い、居ない)」
バン!
ナトスが消えたと判断したユナは
勢いよくシャワー室から飛び出し、
慌てて準備を始める。
「い、急げ!あと55秒!!」
~S&S社三階・食堂~
スッ。
「あっ、兄さん」
「・・・」
う、うわぁ・・・薄笑み浮かべて何も言わない感じ・・
ユナさんで遊んできたかなぁ・・
「あら、ユナはどうだった?やっぱり二日酔いで全然ダメ?」
「いや、問題ない、後50秒もあれば来るだろう」
「え?そうなの?」
ははは・・・ユナさん大丈夫じゃなさそうだね・・・
でもユナさんが一人前の諜報員になる為には、
兄さんが教育係やるのは理にかなってる気がする・・・。
精神的にも強くなれそうだし、
他でもないボスからの頼みだからね、
兄さんもイヤイヤやってる可能性も・・・
「・・・」
ニヤリ。
う・・・た、楽しんでそうだね・・・。
「おぉ、良い匂いだ・・ここの賃貸契約に朝食も含まれてるのか♪」
「そんな訳無いでしょアンプレス、今日だけ特別よ」
「おはようアン、今注ぎ分けてるからテーブルに並べるの手伝って」
「な!?ま、まさか・・・」
アンさんはものすごく解りやすい所がある。
「ソロルが作ったのか・・・(ソロルの手料理だと!!)」
「手伝っただけよ、早く、並べてよ」
お姉の事が好きみたい。
多分、みんな目線そう見えるぐらい解りやすい。
そして・・・
「こんなことで感動しちゃって、アンプレスも可愛いわね」
「だが、そのうちアレするつもりなんだろう?毎日食べれるようになるんじゃないか」
「え?毎日って・・(つ、つまりアレか!?)」
「そうねぇ、でも冒険者でアレするなら自分の家を手に入れないと、Sランクになってギルド設営は必須条件よ、アレを考える女性目線はね♪」
「アレ?アレってアレ・・・(け、結こ・・)」
「お姉はお小遣いくれるよ♪アンもお姉とアレしたらアレだよね?」
こうやって兄さんとロレーヌさんにからかわれてる。
まぁ僕も一緒にだけどね♪
でもアンの反応を見てるって言うより・・・。
「あぁ、もちろんアレだ!兄貴分としてお小遣いの一つや二つやるさ!」
イラッ!
アンを使ってお姉の反応を見て楽しんでると言った方が
正しいのかもしれない・・・ははは。
「そうかそうか、どうだろうか、先々アレするつもりなら、前もってお小遣いを貰うのも差し支えない気がするのだが」
「はっ!確かにそうだな、差し支えない気がする、よ、よし、じゃぁお小遣いを・・」
イラッ!
「差支えありまーすっ!!」
お姉の右ストレートがアンの顔面を貫いた・・・。
ドンッ!
「ブファ・・」
ミュウ「はっ!素晴らしい音色が聞こえたのです!」
ピューネ「おぉぉぉ!」パチパチパチ。
ロレーヌ「あわれアンプレス・・」
ナトス「応援しているぞ、アン」
ミノア「い、痛そう・・・」
ユナ「ギリギリセーフか!?教官!!」
一同「?」
ユ、ユナか・・失敗した。
「すまんユナ、アン遊びに夢中でカウントを失念していた・・」
「えー!!じゃぁセーフだよな!?セーフ!」
明らかに時間は過ぎていたが・・・ユナのその格好・・・。
「ユナさんは朝からぶっ飛びすぎなのです」
「そうだよユナ!女性として人前に出ていい格好じゃないよ!」
「フ・・二人ともやめてくれ、私は人間で居たいんだ“女”は捨てる」
ソロル/ミュウ「は?」
人としてヤバいと思うが・・・。
「(よほど追い込まれたようねユナ・・)ユナ、取りあえずズボンは穿いたら?男性だっているんだし、ミノアには刺激が強いかもよ?」
ピューネ「(はっ!ミノアを刺激する格好・・・)」
ミノア「(変態にしか見えないよ・・・)」
「そうなのです、頭にタオルを巻き下半身はパンイチ、何故か上半身だけしっかり装備迄整えるとか“ヤバイ奴”にしか見えないのです」
「(“ヤバい奴”・・)そうかユナ・・もしかして“ベネーさん現象”の呪いで自暴自棄になってるの?諦めてはだめよユナ、私たちはきっと女の幸せを手に入れられる!」
「お、女の幸せ・・・わ、私は女・・・」
「そうなのです、ベネーさんみたいになってはダメなのです」
ベネーさんはそんな格好をしていない・・・
女も捨ててはないだろうし、幸せなど人それぞれ、
はぁ・・・時間的にも格好的にも完全にアウトだが、
まぁ、その努力は認めよう・・・。
「ユナ、セーフで良いからサッサとズボンを穿け」
「え!!よっしゃー!どうだ!私だってやればできるんだ!へーんだ!」
「ちょ、ユナ!そんな格好でクルクルはしゃがないの!お尻の熊魔獣のプリントがバレちゃうよ!」
「熊さんのパンツ・・・」
「だな、ピューネは犬さんが好きだよな」
「!!何でアンプレスさんが私のパンツの柄知ってるの!?」
「え!?な、何故ってそりゃ・・(しまったピューネは記憶が無いんだった!)」
ソロル「見たんだ?」
アンプレス「へ!?」
ピューネ「まさか覗き見!?・・」
ソロル「ユナの下着姿見たでしょ!今!」
「ちょっとまて!話がごっちゃになってる!ユナの下着姿はナトスもミノアも見たじゃないか!!何故俺だけ詰められる!それにピューネはそう言う趣味が・・」
「ナトスとミノアはもはや人間じゃない、人外よ人外!少なくともアンはこの世界の人間、罪の重さが違うのよ、罪のね・・・」
「ぼ、暴論だ・・罪ってなんだ・・」
「それに最低なのです!ピューネちゃん見たいな子供を覗く趣味を認めた様に聞こえたのです!」
「はっ!それは違うぞ!ソロルが途中で割り込んだせいで最後まで言えてないだけだ!」
「覗き見さん・・・アンプレスさんは、覗き見さん・・」
「ちがうぞぉピューネ!このアンプレス、断じて覗き見さんではない!」
ユラリ・・
「問答・・・」
「へ?」
「無用!!」
ドンッ!
「ブファ・・」
ミュウ「完璧な音色なのです!」
ピューネ「おぉぉぉ!」パチパチパチ。
ロレーヌ「あわれアンプレス・・」
ナトス「応援しているぞ、アン」
ミノア「い、痛そう・・・」
ユナ「さっきから何もめてんだ?」
っとまぁこんな愉快な人達に囲まれて、
僕と兄さんの最後の異世界生活が始まろうとしている。
今までと勝手が違うから長引くかもしれない。
正直僕はこの世界の人達が好きだ。
この異世界でのスローライフ・・・
正直少し憧れてしまう。
でも、それが絶対無理なのはわかってる。
だから兄さんも長引かせる気はないみたい・・・。
願わくば、
ここに居る人たちだけでも、
平穏無事で愉快な人生を歩めるよう、
やれることはやっておきたい。
取りあえずはS&Sの社員として、
お仕事頑張らせていただきます♪