使えない力⑥
スーッ。
目を閉じていたピューネは、
サングラス越しとは言え視界に影が差し込んだのを感じ、
その違和感に目を開ける。
「(!!ミ、ミノアのお兄さん!?)」
ピューネは咄嗟に胸元を隠すようにうずくまった。
イラッ!
ナトスは視界の隅でピューネの動作を感じ取り、
更に苛つきを増したが、その視線はユナに向けられていた。
「(お兄さん・・鬼さん・・・)」
ピューネは音もたてず、椅子から降りると、
そろりそろりと食堂へ移動していった。
そして食堂に到着すると、
涙目でミノアへ駆けよった。
「ミ、ミノア!・・鬼が!鬼さんが出た!?」
ソロルもアンプレスもピューネに苦笑いを浮かべる中
ミノアが答える。
「だ、だね・・・怖い思いさせちゃったね・・・ははは」
むにゃむにゃ・・・。
眠気に襲われ、転寝気味のユナは爽やかな声をかけられる。
「いい天気ですね♪今日は休暇ですか?」
ユナはその声に寝ぼけ気味に返答する。
「・・にゃ・・へへへ、鬼の居ぬ間に何とやらってね♪羽を伸ばし・・・?」
徐々に覚醒していくユナは途中で状況の違和感に気付き
言葉を詰まらせる。
ナトス/ユナ「・・・」
「はっ!」
サー。
そして聞き覚えのある声だったことに気が付き、
血の気が引いていく。
ユナは恐る恐る目を開け、
声の主に視線を向ける。
「・・ナ・・ト・・教官・・・」
「どうするユナ、鬼が出たぞ」
次の瞬間ユナは脚力強化の為“駿足”を発動させると、
全身全霊を持ってその場からの逃走を決意した。
ガチャン!
ユナが動いた衝撃で椅子がつぶれるのを見たソロルが呟く。
「あっ・・本気で逃げようとしてる・・・」
「・・しかし、これではまだ・・・」
アンプレスがそう呟くと、
ミノアが付け加える。
「全然逃げきれてない・・・」
ユナが屋上の隅から外へ逃走しようとした矢先、
目の前にナトスが現れる。
それを見ていたソロルが慌てつつ言う。
「えっ?あれ、浮いてる!?」
「屋上の柵の外、足場はない・・あんなこともできるのか?」
アンプレスも驚愕しつつミノアに疑問を投げかけると
ミノアは答える。
「可能だよ」
ナトスは自分の行動に一切表情を変えないユナに言う。
「いい集中力だ、次はどうする」
「(今ので、逃げられるとは思っていないし・・)」
ユナは“反響索敵”を周囲に展開した。
それを感じ取りナトスは言う。
「この状況で?(・・・俺の反響索敵にあるように、付加効果があるのか?・・・)」
2人を見ていたソロルが言う。
「多分ユナは“反響索敵”を発動させてる・・」
「何でそんなものを・・この状況で意味がないんじゃ・・」
アンプレスがそう言うと、
ソロルは答える。
「ユナは感知範囲内で動く物の速度と進行角度を正確に捉えて、先読みができるって言ってたわ」
ユナは踵を返し後方への逃走を開始する。
「(何がある・・・)」
ナトスはそれを確認するためにも、
先ほどと同じ様に先回りするように動き出した。
踵を返したユナの視界には、俯瞰で自身とナトスの位置関係が見えていた。
本来の視界には背後に居るはずのナトスは見えていない。
しかし踵を返した自分の動きに反応しナトスが動き出すのが見えている。
「(先読みして逃げ切って見せる!!)」
ユナは意を決し一歩踏み出したが、
次の瞬間身体が硬直し、二歩目が踏み出せなかった。
感覚で見えている俯瞰の視界、
自身が二歩目で到達する位置の目の前に、
ナトスが先回りで到達するのを先読みしたからだ。
「(ん?)」
ユナの先回りをしていたナトスは、
ユナが二歩目で到達したであろう場所に既に移動しており、
一連のユナの動きと驚愕し焦った表情のユナを見て思う。
「(“先見”・・・なかなかやるじゃないか)」
ユナは動揺していた。
「(い、異常すぎる・・・裏をかかなきゃ逃げ切れない?・・・)」
ユナとナトスの間には距離が生まれていたが、
ユナは動けずにいた。
「何で?・・せっかく先読みでこれだけの距離を離したのに動かないの?」
ソロルがそう疑問を口にするとアンプレスが言う。
「見た限り、この距離でも逃げ切れない・・・それに意図的に立ち止まったと言うより身体が硬直したように見えた・・・それほどスピードに差がありすぎる・・」
ユナ自身もそれを感じていた。
「(完全に裏をかいて出し抜かなきゃ逃げ切れない、この距離でも足りない、早すぎる・・・でもそれがアダになってる・・一歩でこれだけ距離が生まれるなら、せめて二歩分・・・それだったら逃げ切れるかも?・・・問題はまた先回りしてくれるかどうか・・・直接捕まえに来たら絶対に捕まっちゃう・・・さっきもそうだったし、この距離でも多分無理・・・)」
「俺は暇じゃないが、もう一度だけ付き合ってやろう・・だが、これ以上先が無いと感じた場合、お前の右足を掴み、逆さに吊るす・・・」
「ちょ、ちょっと・・私は今こんな格好してるの、そんなことされたら恥ずかしくてお嫁に行けない・・」
「・・安心しろ、今朝言っただろ?お前を女性として認識していない」
「そう言う問題じゃない!」
ユナはそう言い放ち意を決して左へ飛び出した。
「(まずはフェイントで左右に振る!)」
ユナが左に動いた瞬間、ナトスはそれに合わせて動き出した。
「(よし!ここで方向転換!右っ!)」
ユナは俯瞰で見える感覚に、
緊急停止し方向を変えだす自身の動きと、
未だ左方向へ異常なスピードで進行する
ナトスの動きを感じ取る。
「(よし!さっきの距離の倍は引き離した!・・でも・・)」
ナトスはユナの動きに合わせて、方向転換する。
そして今までよりも数段早い速度でユナの方へ移動しだす。
「(!・・早すぎる・・・でも想定通り!!)」
ユナはナトスの速度がまだ本気では無いと感じていた。
故にこの距離で初めて本気のスピードで追ってくると
想定していた。
ユナは俯瞰で見える感覚で
すぐにでも追い抜かれるのを感じ取った。
「(想像より早い・・でも好都合!タイミングは完璧に取れる・・ナトスは私を見てから動いてるのは間違いない・・ナトスの視界から私が切れる瞬間・・・)」
ユナは最初の出来事を思い出していた。
偶然とはいえ、驚愕のあまり身体が硬直したあの時、
ナトスはユナを追い越す瞬間だった。
その為にユナの動きに合わせられず、
勢いあまってあの位置まで移動していたのだ。
「(ナトスが私を追い越すその瞬間・・・私はナトスに向かって動く・・・完全に視界から私が消え、振り返った瞬間も私はもうそこに居ない・・・そして私の向かうその先には・・・)」
ユナは俯瞰で見える感覚で、
そのタイミングが訪れるのを感じ取った。
「(今よ!)」
ユナはナトスの裏を取るように方向を転換した。
「!?」
しかしその瞬間、ユナは俯瞰で見える感覚で
異変に気付く。
「(何で立ち止まってるの!?)」
ナトスは今まさに、ユナが自分の方へ
方向転換するのを知っていたかのように立ち止まっていた。
ユナの“反響索敵”によるタイミングの感知は完璧だった。
俯瞰で見えるナトスの動きにも不自然さを感じず、
想定通り駆け抜けて行くのは間違いなかった。
ユナが方向転換するまでは。
ユナは方向を急激に変更する為、
思いっきり踏み込んでいた。
「ぶつかるっ!」
ユナは勢いあまって止まれず、ナトスに突っ込みそうになり、
悲鳴を上げながら目を閉じたが、
想像していた衝撃は訪れず、
右足をふわりと持ち上げられ、
天地が逆転する。
「わぁぁぁぁ!何!?」
それを見ていたアンプレスが呟く。
「な、何が起きたんだ・・・視界にかろうじて捉えていたナトスが急に立ち止まったと思ったら、ユナが突っ込んだように見えた・・・攻撃に転じたのか!?」
「さ、さぁ・・・」
ソロルが困惑した表情でそう言うと、
ミノアが言う。
「ユナさんの方向転換と兄さんが立ち止まったのは同時だったよ、多分ユナさんは、兄さんがそのまま通過すると思って裏を取りに行ったんじゃないかな?兄さんの視界にもユナさんは切れてたと思うし、いいタイミングだったと思うよ・・・ただ、兄さんはそれを知ってただけ、だから立ち止まって迎え撃った感じかな」
それを聞いたアンプレスが質問を投げかける。
「ユナにそれっぽい動きでもあったか?俺には感じ取れなかったが・・・それに“知ってた”ってなんだよ、ユナの思考を読んでそう動くだろうと仮に想定できたぐらいの事なら“知ってた”とはならないだろ」
「そうよ、その言い方だとまるで最初から知ってたって・・・はっ!」
アンプレスに追従しよとしたソロルは
不意に樹海での出来事を思い出していた。
魔獣の“音切り”を防いだナトスを見た時、
今と同じような感覚を覚えたのを。
「・・ナ、ナトスは魔獣の“音切り”を防いだことがある・・・まるで“知ってた”ように・・」
「な、何だって!?」
ユナは何が起きたか分からずに居たが、
徐々に自身がどういう状況か理解しだす。
「え!?わぁ!ちょっと!!」
ナトスの宣言通り右足を掴まれ逆さ吊りの状態のユナは
慌てて胸元や下半身を手で隠すような体制になり、
赤面しつつナトスに訴える。
「こ、降参!ホントごめんなさい教官!!こんなローアングルで見られるのは恥ずかしくて死ぬ!すぐ下ろして!!」
ユナの右足を掴んだ手を前に突き出した状態のナトスは、
ユナの顔を見下ろしながら言う。
「残念だが、俺はお前を見下ろしているんだ、それに安心しろ、恥ずかしくて死ぬことも無い・・さらに言っておこう、仮にそれで死ぬことがあっても、お前が人間だと言う認識が希薄な俺は、罪悪感も無い・・」
淡々と言うナトスの言葉に顔を引きつらせつつ、
ユナは言う。
「わ、わかった!そう!私はロボット!!うんうん、そうだよ休暇は終わり!鬼ごっこも終わり!ナトス教官は忙しい!私それ手伝う!OKOK!よし行こう教官!だから一旦下ろしてください教官!!おねがいしますぅ!」
「・・・」
ユナは自身の訴えに反応しないナトスを見て、
狼狽えつつソロルに助けを求める。




