義妹との幸せな結婚
義妹。血の繋がらない妹。
彼女と知り合ったのだって、物心がついた後だ。
本当の家族じゃないなんていう人もいるかもしれない。
それでも、和樹にとっては大事な家族だった。10歳になったときに妹になった彼女は、家に初めてきたとき、不安そうに自分を見上げて言った。
「わたしはここにいていいんですか?」、と。
それに自分は「もちろん」と微笑み、そして、彼女の頭を撫でた。
彼女は少し照れたようなはにかんだ笑みを浮かべ、そして「兄さん」と自分のことを呼んでくれた。
それから5年が経った。魔術師の家系なんていう特別な家でも、二人は普通に兄妹として暮らしている。
祝園寺和樹は、自分がそんな義妹と結婚するなんて、想像もしていなかった。
それが現実の話題に上がったのは、婚約者の言葉がきっかけだった。
ある日の放課後、幼なじみで同級生の婚約者が、和樹を呼び出した。
「貴方との婚約は無かったことになるから、和樹」
「え……」
婚約者の思わぬ言葉に、和樹は固まった。
振られたというということらしい。
ここは星南学園高等部の渡り廊下だった。放課後の今、周りにはほとんど人がいなくて、窓から夕日が差し込んでいる。
京都の歴史ある名門校で、中高一貫。和樹も婚約者もずっと一緒に通ってきた。
婚約者の東三条透子は、和樹と同じ16歳。高校一年生だ。
すらりとした強気な美人で、スタイルも抜群。さらりとした髪が、セーラー服の制服の肩にかかる。
顔も人形のように整っているし、成績も優秀でテニス部のエース。人望も厚い。
そんな彼女は、和樹の幼なじみで婚約者だった。
もともとこの学園には名家の生まれの生徒が多い。透子は東三条グループの社長令嬢で、和樹も祝園寺自動車というそれなりの規模の会社の一族だった。
両家とも旧華族で、戦前は東三条家は侯爵、祝園寺家は子爵という貴族だった。東京に大半の華族が移住するなか、京都に残った華族は少なく「七華族」と呼ばれている。
七華族同士の交流は深く、家の都合で和樹と透子も婚約した。いまどき政略結婚なんて……と思うかもしれないが、この学園に通う生徒ではたまにある。
透子とは、家族ぐるみの付き合いも合ったし、婚約者で同級生だから親しくしていた。
そんな彼女と恋愛関係はないにせよ、いつかは結婚するんだと思っていた。透子は誰もが羨む理想の婚約者だったと思う。
透子は小学生のときは「大人になったら、和樹くんと結婚するんだよね」と嬉しそうに笑ってくれていた。
中学生になってから、お互いに異性を意識するようになって少し疎遠になったけれど、仲が悪くなったわけじゃない。
美しく成長した透子と、和樹もいつか甘い関係になれるのではないかと期待していた。
けれど、今、和樹は婚約を破棄された。
透子はため息をつき、窓の外を見た。
「貴方の家、落ち目だもの。それに貴方には才能がないから」
冷たい言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。
たしかに和樹の家は没落気味だ。
そして、自分で言うのも変だが、和樹は真面目で成績も悪くないけれど、透子ほど優秀ではない。ごく普通の、特別なところのない少年だと自分でもわかっている。
でも、透子のいう「才能がない」とはそういう意味だけじゃない。
七華族として「持っているべきものを持っていない」という意味だ。それは――。
「ちょっと。聞いてるの?」
透子の言葉に、物思いから現実に引き戻される。彼女は肩をすくめた。綺麗な髪がふわりと揺れる。
「婚約の破談は、お父様たちとも相談して決めたことだから。じきに正式に連絡があると思うけど」
「そっか」
「それだけ?」
透子は腰に手を当てて、なぜか不満そうに和樹を睨んだ。
和樹は首を縦に振る。
「仕方ないよ。透子の言うとおりだし。俺は才能なんてなにもないし、特別なところもない。透子や東三条家に見捨てられても当然だ」
「私、貴方のそういう卑屈なところが嫌いだわ」
透子はそう言うが、どうしようもない。和樹と透子では釣り合わない。
(でも、本当は俺も透子にとって特別な存在でいたかったよ)
和樹はそう思い、胸がずきりと痛んだ。
どうすれば、自分は特別な存在になれるんだろう?
その答えは見つからなさそうに思えた。
ところが、和樹も透子も一人の少女がすぐ近くに来ている事に気づいていなかった。
「和樹兄さん、それに透子さん……」
やや高いソプラノの声にあわてて振り返ると、そこには小柄な少女が立っていた。
長く艷やかな髪が、胸元にかかり、お淑やかで清楚な雰囲気を印象付けている。でも、大人しいだけではなくて、可愛らしい大きな瞳はきらきらと輝いていて、印象的だ。
じっと和樹たちを見つめていた。
「観月……」
和樹が名前を呼ぶと、彼女は一歩、和樹に近づいた。そして、制服の上着の裾をつまむ。
その甘えるような仕草に、和樹は微笑んだ。
観月は和樹の妹だ。観月は祝園寺家の養女なので、血の繋がらない義理の妹である。
年齢は一つ下で、中学三年生。アイドルみたいに愛くるしい容姿と、お淑やかな雰囲気もあって、中等部三年の男子生徒が女子の人気投票をしたら一位だったとか。
おまけに成績も学年一位である。
自分の周りの女子は、どうしてこんなに特別な存在なのか。和樹はため息が出そうになった。
透子はといえば、気まずそうに観月をちらりと見ていた。
「その……観月ちゃんも今の話、聞いてた?」
「はい。透子さんは兄さんとの婚約をなかったことにするんですよね」
「そ、そうなの……。観月ちゃんには悪いんだけれど……」
観月と透子も昔なじみで、割りと仲良しだった。というより、透子は和樹よりも観月の方を気に入っていたようにも思える。
そんな観月に対しては、透子も後ろめたさを感じたようだった。和樹との婚約を破棄すれば、祝園寺家との縁も薄くなるわけで、以前と同じような関係とはいかないだろう。
けれど、観月はきょとんとした様子で、首をかしげる。
「どうして透子さんが謝るんですか? 透子さんが兄さんを捨てるのは、わたしとしても良い気分がしないですし、兄さんの気持ちを考えたら、兄さんには謝って欲しいですけれど……。でも、わたしとしては、むしろお礼を言いたいぐらいです」
「え?」
観月はその小さな腕を、和樹の腕に絡ませる。和樹はどきりとした。セーラー服越しに、観月の胸の柔らかい部分が和樹の腕に当たっている。
観月はそんなことに気づいていないのか、それともわざとなのか、くすりと笑った。
「透子さんが兄さんを見捨てても、わたしは兄さんを捨てたりしません。ううん、透子さんが婚約者でないなら、わたしが兄さんと結婚できますよね?」
観月の言葉に、和樹と透子は顔を見合わせ、そして、二人揃って「ええ!?」と驚愕の声を上げることになった。
☆
やたらと上機嫌な観月と反対に、和樹はびくびくしていた。
「兄さん、どうしたんですか?」
「いや、そんなにひっついて歩かれたら、歩きにくいというか……」
「恥ずかしがっているんですか? 妹相手に?」
からかうように観月が言う。
二人は並んで、家への帰路を歩いていた。まるで恋人同士かのように、観月は和樹の腕に手を絡ませている。
秋の京都はそれなりに寒い。まだコートを出すほどではないけれど。
二人の通う星南学園は鴨川の東にあって、祝園寺家は鴨川の西の市街中心部にある。
今、ちょうど二人は橋を渡っていた。河原にカップルが等間隔に並んでいる。
ふふっと観月が笑う。
「わたしたちもああいうふうに河原で座っていたら、きっとカップルに見えますね?」
「そうかもね」
「あ、今でもそうかもですね!」
「そりゃ制服姿の男女がこんなふうに密着していたら、高校生カップルに見えるだろうけどさ」
「密着。カップル。いい言葉です、うふふ……」
観月はにやにやとしまりのない笑みを浮かべた。そんな笑みを浮かべていても、可愛いのはさすが学校一の美少女だな、と思う。
「実際には、兄と妹だけど……」
「そうですよね。仲良しの兄妹です♪」
橋を渡りきった頃、観月は和樹の肩に甘えるようにしなだれかかった。
仲の良い兄妹だったけれど、ここまで距離感は近くなかった。
流れるような美しい髪が、和樹の体にふわりとかかる。ほのかな甘い香りにどきりとさせられた。
観月は和樹の表情の変化に気づいたのか、「してやったり」という満足そうな顔になった。
そして、ぴょんと跳ねるように和樹から離れると、河原へと駆け降りていった。
そして、くるりとこちらを振り向く。制服のスカートの裾が翻る。」
「兄さん! 少し寄り道していきましょう」
和樹は迷うことなく、観月のそばへと駆け寄った。
初めて出会った五年前から、和樹と観月の関係はこんな感じだった。
和樹は観月に振り回されていて、でも、観月を守らないとと思ってそばにいた。
もともと観月は遠縁の親戚で、とある理由があって、祝園寺家に引き取られた。
最初に会った10歳のときの観月はとても儚げで、不安そうだった。
い
生家の家族とは仲が悪く冷たく扱われていたらしいし、祝園寺家に厄介払いされたという経緯もあった。
知らない家に住むことになって、心細かったと思う。
そんな観月の力に、和樹はなりたかった。たとえ血がつながっていなくても、観月は和樹の妹だったから。
観月も、和樹のことを慕って、甘えてくれていた。本当の兄と思ってくれているのかはわからないけれど、「兄さん」とは呼んでくれている。
河原に二人で並ぶと、観月は腰を下ろした。そして、ぽんぽんと自分の横を叩いて示す。
「兄さん、座ってください」
「いいけど……」
和樹は腰を下ろし、そして周りを見回す。夕方の鴨川は、やはりカップルばかりだ。
観月は微笑んだ。
「放課後デートって、憧れていたんです」
「デートっていっても、相手は俺だよ。もっとカッコイイ同級生の男子だったら良かったんだろうけどね」
「兄さんだから、いいんですよ」
その言葉に、和樹の心は強く揺さぶられる。
(もしかして……観月は俺のことを……)
好きなのかもしれない。兄妹なのに……とも思うけれど、血の繋がらない妹でもある。
どきどきしていると、観月は平たい石を川に向かって投げた。水切りは大成功で、綺麗に川の水の上を飛んでいく。
気づくと、観月はじっと上目遣いに和樹を見ていた。
「透子さんのこと、ショックでしたか?」
「まあね。ショックじゃないといえば、嘘になる」
「そう、ですか……」
観月は小さく言うと、うつむいた。
気遣ってくれているのだろうと和樹は思う。
それはそれとして、観月はとんでもないことを言っていた。透子が婚約者じゃないなら、観月が和樹と結婚できる、と。
どういう意味なのか、和樹は尋ねることができていなかった。
観月は顔を上げる。期待と不安の混じったような表情で、瞳がきらきらと輝いている。
「兄さん……わたしじゃ代わりになりませんか?」
「代わり? どういうこと?」
「わたし……兄さんの……子供も生めますよ」
「へ?」
観月は頬を赤らめて、とんでもないことを口走った。
「えっと……観月。ど、どういう意味?」
「言葉通りの意味です。わたし、兄さんと血がつながっていませんから」
「で、でも、俺たちは兄妹で……」
「義妹とは結婚できるんですよ、兄さん」
歌うような綺麗な声で、観月は言った。
そう。それはそのとおりだ。観月は正式に祝園寺の養女になっているけれど、法律上、結婚には何の問題もない。
「でも父さんたちがそんなことを許すかどうか……」
「わたしが兄さんの子供を生むのは、祝園寺家にもメリットのあることです。東三条の娘との婚約がなくなったのなら、なおさら」
観月の言葉の意味を、和樹は正確に理解できた。祝園寺観月、祝園寺和樹、そして東三条透子といった七華族の人間には、その血に特別な意味がある。
「魔術師の家系を絶やさない、か」
「はい。そのために、わたしは貴方の妹になったんですから」
京都に残った七華族家には、共通の特徴があった。その家がすべて魔術師の家だったことだ。
かつて朝廷で用いられた陰陽道は明治政府によって無価値なものとして切り捨てられたが、その陰陽道を西洋魔術と融合・発展させた。
祝園寺子爵家は陰陽師の一族であり、維新後に魔術師の家となった。東三条家は家格の高い公家だったが、歴代の当主は陰陽道に通じていて、同じく魔術を伝える。他の七華族も同じだ。
魔術師の家であることは七華族の誇りでもあり、使命でもあった。
平安京ができて以来、この地は多くの人々の愛憎が渦巻いた。
菅原道真、藤原顕光、崇徳上皇……といった歴史上の多くの人物が失意のうちに死を遂げ、彼らは畏怖すべき怨霊として、京都に存在する。
そうした怨霊を鎮め、京都を鎮護する役目を持つのが、魔術師の七華族だった。
そして、魔術の習得には、その基礎となる霊力が必要となるが、その多さは遺伝する。
七華族家の当主は魔術師であり、霊力に恵まれた存在であることがほとんどだ。
ただ……。
「俺は霊力のない無能だからね」
自嘲するように和樹は言う。
そんな和樹を気遣うように、観月はそっと上目遣いに見た。
「兄さんは無能なんかじゃありません」
「俺は魔術師になれない。わかっているよね?」
「それは……」
「でも、観月は違う」
観月はその霊力の多さを見込まれて、祝園寺本家に引き取られた。七華族同士は婚姻を通じて他家の血を取り込み、より霊力のある有望な子孫を残し、魔術師の家系を増やしていく。
観月は祝園寺の養女として、他家に嫁ぎ、魔術師の子孫を残すことを期待されていた。
反対に、和樹には霊力はまったく発現しなかった。幼少期に霊力がなくても、10代前半ぐらいまでには霊力を得ることはあるし、和樹もそれを期待していた。
けれど、そうはならなかった。透子に婚約を破棄されたのも、それが理由だ。
東三条家には娘しかいないので、透子と和樹のあいだに生まれた子供の一人を次期当主とするはずだった。
ところが、和樹が肝心の霊力がないのだから、そのあいだに生まれる子供にも期待できないということになる。
そして、祝園寺家にとっても困ったことになる。透子と和樹のあいだのもう一人の子供を、祝園寺家の跡継ぎにするはずだったのだから。
観月はまっすぐに、澄んだ瞳で和樹を見つめる。
「だからこそ、わたしが兄さんと結婚して子供を生めばいいんです」
観月は膝を抱えたまま、ささやく。制服のスカートの裾から覗く白い太ももがまぶしい。
たしかにそうすれば、祝園寺家の後継者問題は解決する。霊力の多い観月の子供なら、次代の魔術師となれる可能性が高い。
けれど……。
和樹はぽんと観月の頭に触れた。観月はびっくりした表情で、恥ずかしそうにうつむいた。
「……兄さん?」
「観月がそんなことをする必要はないよ」
「わ、わたしはそのために祝園寺の娘になったんです。優秀な魔術師の子供を生むために誰かに嫁ぐっていう役目があって……」
「そんなのは祝園寺の勝手な言い分だ。観月が従う必要はない。第一、うちはもう没落気味だし、無理して支える必要もないさ」
「で、でも……」
言葉に詰まる観月の髪を軽く撫でると、和樹は微笑んだ。
「観月は俺の大事な家族だよ。魔術師の子供を生むとか、そんなことのために、俺の妹になったわけじゃない。観月は可愛いんだから、好きな相手と恋愛して、結婚すればいいんだよ」
「わ、わたしは……か、可愛いですか?」
観月はちらっと和樹を見て、そして照れた表情を隠すためか、立ち上がって和樹に背を向けた。
和樹はその背中に言葉を投げかける。
「誰がどう見ても、観月は可愛いって言うと思うよ。学年の美少女投票だって一位だったみたいだし」
冗談めかして和樹が言うと、観月はこちらを振り返り、そして可愛らしく頬を膨らませた。
「他の人がどう思うかなんて、わたしには……どうでもいいんです」
「え?」
「兄さんがわたしを可愛いと思ってくれるかが、重要なんです」
「か、可愛いと思うけど」
「本当ですか?」
「嘘はつかないよ」
「どのぐらい? 世界で一番可愛いと思いますか? ……透子さんより可愛いって思ってくれますか?」
「世界で一番可愛いよ。透子よりも、観月のほうがずっと大事だ」
それは本心だった。婚約を破棄される前でも、和樹はそう答えたと思う。
観月は嬉しそうに、でも少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。でも、それは妹だから、ですよね」
和樹が答える前に、観月は身をかがめて、座っている和樹の顔を正面から覗き込んだ。まるで抱きつくのではないかというほど、距離が近い。
「祝園寺のお父様たちには拾っていただいた恩があるので、恩返しをしたいとは思っています。それでも、本当は、わたしも魔術師を生む道具になるなんて嫌だったんです。けれど、相手が兄さんなら……」
観月の言葉の半分ぐらいは、和樹の耳に入っていなかった。観月のささやきが、耳元をくすぐる。
しかも角度的に、セーラー服の胸元がはだけいて、胸の谷間がちらりと見えている。観月は小柄で少し幼い雰囲気の美少女だけれど、胸はわりと大きめだった。透子よりも大きいかもしれない、と考えてしまう。
「わたしは兄さんのこと……」
そこまで言って、観月は言葉を切り、そしてみるみる顔を赤くして、慌てた様子で胸元を手で隠した。
(し、しまった。気づかれた……)
和樹の視線が胸に寄せられていることに、観月は気づいたらしい。
観月はジト目で和樹を睨む。
「兄さんのエッチ」
「ご、誤解だよ」
「わたしの胸に目が釘付けだったくせに」
何も言い返せず、和樹は「ごめん」と小さく言った。
観月は首を横に振る。
「あ、謝らないでください。わたしがうかつだったせいでもありますし、それに……ちょっと嬉しかったですし」
「え?」
「兄さんは、今、わたしのことを女の子として見てくれていたんですよね?」
それはそうかもしれない。
透子を見るときのように、観月のことを見ていたのかもしれない。つまり、一人の異性として、観月のことを意識してしまったのだ。
観月はふふっと笑うけれど、その頬はとても恥ずかしそうに朱色に染まっていた。
「義妹に欲情するなんて、兄さんは変態ですね」
「よ、欲情なんてしていないよ」
「本当ですか?」
からかうような観月の問いに、和樹は困り、少しだけ反撃することにしてみた。
「可愛いとは思ったけどね」
たったそれだけの言葉で、観月はぴくっと震え、目を伏せる。そして、とても恥ずかしそうに身悶えした。
「に、兄さんに可愛いと言われるだけでこんなに冷静でいられなくなって、嬉しくなってしまうなんて、おかしいですよね」
「おかしくはないと思うけど、俺の言葉なんかをそんなに喜ばなくてもいいのに」
「喜んでしまいますよ。だって、わたしも兄さんに……言えない感情を抱いているんですから」
和樹が問い返す間もなかった。
次の瞬間には、観月の手が和樹の首に回され、ぎゅっと抱きつく形になった。その柔らかい胸が、和樹の体に密着する。
「み、観月……」
「わたし、兄さんのこと大好きです。だから、子供を生んでもいいなんて言ったんです。気づいてください。魔術師だとか、祝園寺家とか、本当はどうでも良くて、全部兄さんと結婚するための口実です。わたしは……ただ、兄さんのことが好きなだけなんです」
「で、でも……」
「信じられないのなら――」
観月はそっと顔を寄せ、その小さな赤い唇を和樹の唇に重ねた。
時が止まったかと思うほど、その時間は長く思えた。
やがて観月はキスを終えると、それまでに和樹が見たどの表情よりも美しい表情で、微笑んだ。
「覚悟しておいてくださいね。わたしは絶対に兄さんと結婚して、子供を生みますから。兄さんを幸せにして、わたしも幸せになるんです」
「ど、どうして俺のことを……」
「兄さんはわたしにとってこの世でいちばん大事な家族ですから。兄さんだけが幼い日のわたしを救ってくれました。ううん、今も……。だから、透子さんにも、他の誰にも兄さんのことを渡したりはしません」
そう言うと、観月はそのままの体勢で、甘えるように和樹にしがみついた。
和樹はおずおずと、観月を抱きしめ返す。そうすることが、今の和樹に、そして観月に必要なことに思えたから。
「兄さんの体、温かいです。ずっとこうしていたいぐらい……。昔もこうやって抱きしめてくれましたよね」
「そうだったっけ」
「そうですよ。なのに、兄さんは最近は恥ずかしがって、全然、してくれないですし……」
「こんなことで良ければ、家に帰ったら、いつでもしてあげるよ」
そう言うと、観月はぱっと顔を輝かせた。
そして、いたずらっぽく和樹の耳元に甘くささやく。
「もうわたしたち、絶対にカップルにしか見えませんね?」
「抱きついてキスしていたら、そう見えるだろうね……」
「いまはまだわたしの片思いですけれど、いつか兄さんの本当の恋人になってみせますから。だから……」
観月はふたたび和樹の唇を強引に奪った。観月の唇の切なく甘い感触を味わいながら、和樹は考える。
片思い、ではないかもしれない。
もう和樹は透子のことなんて、どうでも良かった。周囲の視線も、祝園寺の家のことも、魔術師の血のことも。
ただただ、目の前の美しい義妹のことしか考えられなくなっていく。
和樹は、きっと自分がこの美しい義妹と結婚して……子供だって作ってしまう気がした。
観月は和樹の唇を解放すると、妖艶に微笑んだ。
「魔術師の血も、祝園寺も関係ありません。兄さんはわたしにとって特別なんです」
「俺にとっても、観月は特別な存在だよ」
心から、和樹はそう思っていた。観月はもはやただの義妹ではなかった。
なら、どういう存在か、といえばわからない。
ただ、たった一つ、わかっていることがある。
「俺も観月だけは手放したくない」
その言葉に、観月は幸せそうにうなずいてくれた。
<あとがき>
義妹とのイチャラブでした……!
面白かった、観月が可愛かった、二人の今後が気になる……! という方は
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ストーリーを変更した連載版もあります!
URL:https://ncode.syosetu.com/n2655hq/