風に運ばれ
「どれくらい、会わなかったかな。私たち。」
爽やかな風が二人の間を抜ける、春、三月、それも終わり。桜が七分咲きに差し掛かり、もう少ししたらお花見に誘おうと思っていた。行く公園まで調べて決めていた。その公園に、彼女の方から呼び出して、そう言った。
答えは簡単、約三ヶ月だ。でも仕方なかった。一月はレポートと試験で会える状況になかったし、二月はサークルが忙しくてどうしても時間がなかった。三月は免許合宿に行っていて会えなかった。だいたい、免許を取ろうとしたのは彼女のためだ。待ってるって言ったのはそっちじゃないか。
などと文句はボロボロと出てくるのだが、いや、まあ、会えなかったのは僕の都合なので責められても何も言えない。
「連絡も少ないし、私からもしにくいしさ。」
なんと答えるのが正解か、僕の小さな脳みそをフル回転させて考えるあまり、黙ってしまう。側から見れば肯定しているのも同義だ。だからと言って、違うと言えるほど他に理由があるわけではない。むしろその一言が裏目に出そうだ。ああ、恋愛マスターを脳内に召喚したい。
「ほら、何にも言えないじゃん。ちょっとくらい、答えてよ。」
ますます不満そうに言う彼女。彼女のベージュのトレンチコートが風に煽られて揺れる。僕は、彼女が好きだと言っていたから買った、淡い水色のジージャンのポケットに手を突っ込んで、揺れるトレンチコートを目で追った。風に揺られて地面に落ちる桜の花びらが、トレンチコートの春らしさを一層色濃くした。
なんにも言えないさ。だって、なんて言ったら伝わるのかわからないんだから。
ボソッとつぶやく。相変わらず意気地なしで小心者の僕は、強気の彼女に押されるばかりだ。まあ、そこが好きだったんだけど。
「何考えてるのか、言ってくれなきゃわかんないよ……。」
聞いたこともないくらい、彼女は細い声で絞り出す。俯く彼女を見て、僕はやっと、ことの重大さに気がついた。もしかしたら、もしかするかもしれない。早く、何か、言わなきゃ。焦れば焦るほどに、言葉は、沈む。浮いては、沈む。そもそも、僕の一言で考え直してくれるのか?なんて根本的なことを疑うともするのだが、いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
口にしなきゃ伝わらないんだ、どれだけ彼女が好きで、彼女のことを思っていて、彼女のために頑張ったか、伝えなきゃ、伝わらないんだ。でも、ああ、違う。これじゃ僕の言葉じゃない。結局、僕は彼女を本当に大切に思っていたのだろうか?大切なら、なぜ気づけなかった?違う人間だから?だめだ、考えれば考えるほど、口に出せる言葉から逃げていく。
「もう、ごめん、限界。」
ついに彼女は泣き出しそうだ。ああ、もう手遅れなんだ。間に合わなかった。くる、くるぞ、恐れていた言葉が。いや、待っていた言葉かもしれない。そもそもこんな素敵な人が彼女になったことがおかしかったんだ。友達からの信頼も厚いし、勉強も頑張っている。とにかく手を抜かない彼女と、小心者で、そのくせサボれるところは遠慮なくサボって、楽しいことすら7割の力でやる僕じゃ、そりゃ釣り合いが取れないよ。神様、なんで彼女を僕に惚れさせたの、と僕は天を憎んだ。
「もう、別れよっか。」
ああ、終わった。いや、まだ終わっていない。ここで僕が愛を伝え直せば、まだあるかもしれない。僕は別れたくない、愛してるから、なんて言う自分を想像すると寒気がする。そんな未練がましい真似は出来ればしたくない。それに、もしそう言っても振られたら、仲間内で笑い物になるのは確定だ。そんな恥ずかしい思いはしたくない。他の言葉を探そう。でも、これ以上にゴニョゴニョ言っても、伝わらない気がする。違う、愛してるのは事実なんだから、言わなきゃ、ほら、口を開けて、あ、だ。最初は、あ、から。
そんなことを考える頭とは裏腹に、僕は弱々しく、うなづいていた。
トレンチコートを靡かせて、立ち去る彼女。彼女が数歩歩いたところで少し強めの冷たい風が吹いた。彼女の肩まで伸びた髪が揺れる。トレンチコートも、桜の花びらも。僕もまた、その風に煽られて、ジージャンのポケットに突っ込んだ手をもう一度、収め直した。かっこつけて着ているけど、意外と薄いんだ、これ。
彼女の背中が見えなくなった頃、涙のひとつも出ない僕は、背中を丸めて公園を後にした。彼女とはこれきりだろう。多分、もう、会わない。ああ、でも、このジージャンはまだ使えそうだな。
読んでいただきありがとうございました。
久しぶりに書いた〜!って感じです。感想・ご指摘いただけると幸いです。




