天使と悪魔の物語、現在(2) だめだな、ボク
「ここまでシエル君に肩入れするとは思ってなかったな」
天使レンは、ベッドで寝ているシエルの頬をそっとなでる。
シエルは、パーティーの途中で頭痛などを訴え、部屋に戻って休んでいる。
「……ん?」
彼に流れる魔力に違和感を感じる。
誰かに魔法をかけられたような痕跡がある。
しかも、精神干渉系の魔法。
精神干渉系の魔法が使えるのは、レンが知っている限り1人しかいない。
魔王アベル。
探し出して聞かなければ。
なぜシエルに魔法をかけたのか。
レンが部屋を飛び出そうとした、そのときだった。
「我を探す必要はないよ」
魔王アベルの声が聞こえたのは。
「……魔王アベル」
レンは警戒心を隠さないまま、名を呟く。
「そんな警戒心剥き出しにしないでよ。我たち、2000年前はあんなに仲良しだったのに」
「仲が良かったのは過去のことだよ。今は違う」
アベルが一歩歩み寄ろうとする度、レンは一歩後ずさる。
「シエル君にかけた魔法を解いて」
レンがそのひと言を発した途端、アベルの顔はたちまち歪む。
「我よりアングランドの王族のほうが大事なのか? ラザク・アングランドにされたことを忘れたわけじゃないだろう?」
「……それ以上は、なにも言わないで」
レンは俯き、顔から表情が抜け落ちる。
手で強く耳を塞ぐ。目をぎゅっと瞑る。
ーー2000年前の話はもう聞きたくない。誰にも話したくない。
それを見てアベルは、ふわっと笑う。
ーーほら見ろ。我のやっていることは正しいんだ。
アベルは歩み寄り、レンの手を耳から取って耳元で囁く。
「我がレンを幸せにする。悪い人間たちは懲らしめてやるから、待ってて」
レンは、びくっとしてすぐさまアベルの手を振りほどく。
「そんなことより、今すぐ精神魔法を解いて」
「うーん……やだ」
アベルは満面の笑みで拒絶する。
「むしろ、もっと苦しんでほしいくらいだ。もしもレンが人間を助けようとしていたら、我はそれを徹底的に邪魔する」
アベルは右の人差し指を立て、手首を2回転させる。
薄いピンク色の光がシエルに纏わりつく。
精神魔法だ。
「何をっ……!」
レンはシエルに駆け寄る。
「我は人間が大嫌いだからね。……いい夢を、シエル・アングランド」
そう言い残してアベルは掻き消えた。
『もしもレンが人間を助けようとしていたら、我はそれを徹底的に邪魔する』
レンの脳内で、さっきのアベルの言葉が流れる。
邪魔されてもシエル君と一緒に未来を変える覚悟はあるのか。
自問自答する。
ボクは何のために時を戻したのか?
ーー大切なものを守るためだ。
大切なものってなんだろう?
ーーアングランド王国で過ごした思い出。
2000年経ってもアングランド王国は大切?
ーーもちろん、大切だよ。
ボク1人でやってもよかったのに、何でシエル君の時も戻したの?
ーー見ていられなかったんだよ。
何を見ていられなかったの?
ーーあの子が死にそうになった時、ラザクのことを思い出してしまったから。
ラザクとシエル君は別の人なのに?
ーーしょうがないじゃないか。血が繋がっているし、外見もそっくりなんだから。
ラザクとシエル君を別の人として見れているの?
ーー多分、見れていない。
ああ、とボクは思った。
心にずっと引っ掛かっていたものが取れたような気がした。
ボクは、シエル君の中にラザクがいるような気がして、シエル君を『シエル・アングランド』というひとりの人間として見ていなかった。
ラザクに対してできなかったことを、後悔していることを、シエル君に対してする事で自己満足をしている。
「だめだな、ボク……」
今目の前で苦しんでいるのはシエルであって、ラザクじゃない。
じゃあ、ボクがシエル君に本当にすべきことはなんだろう。




