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『ビスケットハンマー』


「ていうか、『サバイバル』って足抜けしたの? いつ?」

 おっさんが前に向かって言う。

「敬語」

 笠原が鋭く返した。「は、はいっ」どうやら組織内では笠原の方が地位が高かったらしい。

 たぶん「言語化して」→「モノを動かして」→「攻撃する」という三工程を必要とするおっさんの能力よりも「指向けて撃つ」という一工程で攻撃できる笠原の方がいざというときには有用性が高いということなんだろう。「事故に見せかける」とかそういうことにかけてはおっさんの有用性は高くて重宝されそうだけど。

「だってあいつら、宮原くん殺したから」

 助手席で靴脱いで座席の上で膝を折りたたんで顔を埋める。

「足抜けするにはあなたは、」

「私は利己的な人間だからそんなに気にしてない」

「……」

 おっさんと笠原の微妙な空気はともかく冴ちゃんは大絶賛法定速度オーバーでアクセルを踏み込み続けている。車と車の間をものすごい勢いで擦り抜けてぐんぐん学校から遠く離れていく。「ううう、私もう教師やめるぅ」半泣きで言う。でも「半泣き」止まりなのが冴ちゃんは肝が座ってる。たぶん明日にはちゃんと学校きて授業やってると思う。

 それにしても、もしかしたら俺たちは終わってるのかもしれない。

 公的権力がまったく頼りにならずに、こっちは居場所が割れてる、しかも公的権力を壊滅させた『モンスターゲート』が敵。あいつらのやってることを阻止するのが一番ダメージになるんだろうけど、日本列島真っ二つの地割れを止めるにはどうすればいいんだ。ていうかどうやって割るんだ?

「なぁ、あいつらどうやって日本割るの」

「『ビスケットハンマー』を使うと言っていた」

「え、それ僕知らないよ?」

「下っ端」

「『ビスケットハンマー』って?」

「超能力。“叩く”能力。ただ叩くだけじゃダメ。もう一つ、“杭”の能力が必要。そっちはまだ見つけられていない。あいつらはその“杭”の方を探している」

 はぁ。そうですか。

「で、おまえの能力なら“杭”を見つけることができるんじゃないかと期待したらしい」

「え」

「でもおまえの能力がそれほど便利じゃないことにあいつらも気づいただろう。だっておまえは宮原くんが殺されるのを阻止できなかった」

「ごめん」

「わかってる。あたしも一瞬おまえを憎んだけどおまえの能力がそれほど便利じゃないことにはすぐに気づいた」

「でもごめん」

「憂さはおっさんで晴らす」

 おっさんが俺の隣で絶望的な顔をして「嫌だなぁ嫌だなぁ」と呟いた。

 80キロオーバーでしばらく車をぶっ飛ばして、スーパーの駐車場で冴ちゃんが車を止めた。

「もう大丈夫だよね? 追っかけてきてないよね?」

 ぜえぜえ荒い息を吐いてハンドルに縋り付く冴ちゃんはなんか色っぽい。

 さておき。

「つまり『ビスケットハンマー』てのを奪取すればあいつらの計画は阻止できるわけ?」

「あってる。けど『ハイジャッカー』がいるから奪取だけでは無意味」

「なるほど」

殺害が必要、と。

 とりあえず俺は目標を確認しておく。アツシくんの仇を取ること。あいつらの嫌がることをやればOK。んで一番嫌がるのはその『ビスケットハンマー』とやらの奪取だろう。殺害までいくかどうかはそのときの気分だ。たぶん俺単体ではいかないので他にあいつらに嫌がらせしたいと思ってるやつに引き渡せばいい。誰かが勝手にやってくれる。んじゃあ当面の目標はその『ビスケットハンマー』の奪取あたりでいこう。

「事情は話したけどあたしは降伏を薦める」

「ん?」

「泣いて謝れば許してくれる。監視はつくかもしれないが殺されはしない」

おっさんが嬉々として「ほんと? じゃあ土下座しにいこ」と言ったが「そうなったらあたしがおまえを殺す」ガチのトーンで笠原が返して白目剥きそうになってた。

「飽きるまではやってみるよ」

「そのころには引き返せなくなってるかも」

「そんときゃそんとき」

「楽観」

 笠原は俺が諦めないことに不満そうだった。

「ねえ? なんか聞けば聞くほど私、無関係なんだけど? なんで私ここにいるの???」

 冴ちゃんの悲しい呟きが車内にぽつんと響いた。



 駐車券をもらうためにスーパーで買い物をして、冴ちゃんが家まで送ってくれた。ペットボトルのお茶開けて流しこんでから、口の中がカラカラに乾いてたことに気づいた。

 翌日に学校行って授業受けて放課後になって帰ろうとしたら清宮くんが教室にやってきて片手をあげて「や」と言った。俺はげんなりして眉間に皺を寄せて椅子の上から清宮くんを見あげる。(どうでもいいけど冴ちゃんはやっぱりちゃんと学校きてちゃんと授業やってた)

「そう渋い顔するなよ。ちょっと話さない?」

 判定が光らないあたり殺意はないっぽい。でも“他人の能力を借りる”なんて能力持ちである以上、借りとけば有用な能力者は手元に確保してあるだろうからこいつの気が変わればそれだけで俺はミンチになってるはずだ。他人に命握られてるのは気分が悪い。

 それで清宮くんは俺を屋上まで連れていく。普段はカギかかってるはずなんだけどカギ壊れてた。たぶん前のときに屋上にあのチンパンジー配置するために壊したんだろう。俺と清宮くんは屋上に出る。学校の中なのに外という不思議な空間。風が吹いた。びゅう。高いとこだと鋭く感じる。

「やっぱ仲間なんない?」

「なんない。俺は別に日本滅ぼしたくない」

「あ、そっか。そこからか」

「逆におまえらなんでそんな日本滅ぼしたいの?」

「どっちかいうと僕の場合は“自分たちの能力でどこまでのことができるか試したい”に近いんだよね」

「はぁ?」

 んなもんエベレスト踏破! とか、高空一万メートルからダイブ! 酸素ボンベなしで深海潜る! とかそういう人畜無害なもんにしとけよ。なんで力試しにわざわざ日本叩き割るわけ。

「それにいまさら止まろうにも、もう殺しすぎてるから止まるに止まれない」

 なんですか。コンコルドさん誤ってるんですか。採算があわないことはわかってるけど注ぎ込んだ労力が惜しくてとりあえず完成させてみたくなったんですか。理性的な判断ができないんですか。まあ理性的な判断がつく集団なら「日本滅ぼそう!」とはそもそもならんわな。

 ああ、昨日笠原が「足抜けするにはあなたは、」っていわれたときに「利己的な人間だから気にしてない」って答えたのは、「(足抜けするにはあなたは)人を殺しすぎている」って言ってたのかな。笠原の能力はわりと殺傷力に全振りしてるみたいだし。もしかしたら対超能力部隊みたいなやつを壊滅させるのに随分張り切った側なんじゃないだろうか、あいつ。アツシくん殺されなかったらまだまだ手を汚してたのかも。

「まあ動機なんて一概に言えないよ。いろんなやつがいるから。動植物の声が聞こえて養豚場から聞こえてくる声で発狂して人間全滅させることを決意したやつとか、石油残量とか天然ガス埋蔵量とかで地球資源の枯渇を憂いてるやつとか、地球温暖化の海面上昇で沈みそうになってる祖国を救いたいってやつもいたっけ。安島みたいに気軽に参加してみたら引っ込みつかなくなったやつもいるし。もっと個人的な恨みからきてるやつもいる。ノーマルの身勝手な事情で家族を失ったりね」

「なるほど」

「ぶっちゃけさ、僕の場合は誰かが止めてくれると思ってたんだよね」

「は?」

 真面目な顔して清宮くんが言う。

「若気の至り、馬鹿な暴走、どんなに万全に備えたつもりでも十代の子供がやることだから。どっかの誰かが僕の夢を粉々に打ち砕いて“おまえは間違ってる”って指つきつけて言ってくれると思ってたんだ。ああ、やっぱり僕は間違ってたんだ、この世界は僕の間違いを正してくれるんだ。そうなって僕はやっと安心できるって思ってた」

「アホオブザアホ」

「君の言う通りだ。高校生にもなると無駄な行動力が出てきちゃって、ほんとに本気出してみたら大人でも全然止められなかった。『ハイジャッカー』の能力は無駄に強いし。僕は破壊活動に興奮しだして気づけばわりと病みつきになってた。んで結果はこうさ、聞いたかな? この国にはもう僕らを止めれる勢力は存在しないんだ。『モンスターゲート』が全部食べちゃったから。富士山の麓でどんぱちやっててね。対外的には健在なことになってるけど自衛隊も半壊状態だ。いま外国が攻めてきたらこの国、ダメかもしれない」

「……」

「五年以内だ。宮原くんの予知の中で僕は新聞の日付を見たんだ。五年以内に僕は『ビスケットハンマー』を使う。日本に横に割る。このままなんの妨害もなかったら予知された通りに成功する。変えられるのは未来を知ってるきみだけだよ。それ以外の人間はなにも知らないから行動を変えられない」

 俺は笑って言った。

「上等だ。ぶっ殺してやんよ」

「そうこなくちゃ」


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