ままよ
それから数日はなんにもなかったんだけど見知らぬ名前からLINEで「高橋くん、助けて」と送られてくる。俺はLINEを本名でやってなかったから知らん奴に高橋くんって言われて怪訝な気持ちで「誰だおまえ」とりあえず送り返してみる。
「安島です。サイコキネシスの」
助けてやる義理ねーなと思ってそのまま閉じかけたが「組織のやつに見張られてるの。こわい。殺されるかも」、「おーい、高橋くん。見てるんだよね? ほんとまずいの。きみしか頼れる人いないの」、「こないだのことはごめんって。謝るから。ほんと許して。助けて」おっさんからのLINEは延々と送られてきてずっとスマホがピコピコいっててめんどくさい。
俺はひらめく。おっさんには恩を売って手懐けていいように使って最後にぶち殺すのがキチなんじゃないだろうか。判定いけるか? 文句いってこない。いけそう。よし。
「じゃあ助けてやるからこっちこいよ」、「ほんと? ありがとう。実は家の近くまできてるんだよ」、「俺まだ学校」、「うそおん」
俺は学校の生徒を巻き込む可能性をあるのと、ご近所さんを巻き込む可能性があるのはどっちがいいのか考える。ご近所さんと派手にトラブれば最悪住む場所がなくなる。学校の生徒のがまし。
「学校の場所わかる?」、「わかるけど」、「じゃあこっちこいよ」、「わかった」
おっさんが来るまでノート広げて勉強しながら待つ。
「あと五分くらいでつく」
「らじゃ」
仕方なく校庭に降りようとしてがらりと教室のドアが開いた。「高橋くん」名前を呼ばれて、誰だこいつ?と思いながらその細身の男子生徒を見上げる。狐目でどこか厭味な顔立ちのイケメン。つかつか歩いてきて窓から校庭を見下ろす。
「へえ、きみの能力おもしろいね」
「あん?」
「さっきから急に判定が働かなくなったんだけど、これきっと“択”がかちあったときに使い手が二人いると、能力が相殺しあって『運』の判定が消えて実力の要素だけしか残らないってことだよね?」
校庭におっさんが見えた。俺は「判定」使ってるはずだからおっさん助ける「択」がわかるはずなんだけど相変わらずなにも見えない。見えなくて、俺は校内に入ろうとしたおっさんの真上からなんか降ってくるのを呆然と見ていた。それは手足の異常に長い、黒い毛におおわれたチンパンジーに見えた。両手で体程もある大きな鎌を握りしめていた。真上からおっさんに向かって鎌を振り下ろした。
「はじめまして、清宮孝臣です。生徒会長をやってます。仲間内では『ハイジャッカー』と呼ばれてます。よろしく」
イケメンが言った。
……そっか、超能力には有効射程がある。アツシくんが百年後の未来は見えなかったみたいに。俺が自分の判定しか見えないみたいに。俺達はわりと身近なものしか操れない。だから『ハイジャッカー』がアツシくんの超能力を共有したんなら、そのとき『ハイジャッカー』はアツシくんとそれほど離れた場所にはいなかったことになる。ご近所に。おそらく同じ町内あたりに住んじゃってたのだ。
「なにしにきたわけ」
俺はカバンの中のスリングショットに右手で触れる。
左手でポケットの中のパチンコ玉を掴む。
「きみさ、ぼくらの仲間になんない?」
「いやだ」
「即答か。悲しいなぁ」
ようするにこいつは「絶対判定」が欲しいんだろう。自分にとって都合のいい結果が欲しいんだ。でもそれには「判定」を使って自分の邪魔をする俺が邪魔でさっき言ってたみたいに「判定」が「判定」を妨害してくるからそれなら俺を仲間にすれば一挙両得じゃね? とこうまで考えたようだ。
でもこいつは知らない。
『絶対判定』はそんなに都合のいい能力じゃない。『ギャンブルで身を立てる方法を身に着けるのはよくない』とか『勉強せずに遊んでるのはよくない』とかそういうことを平気で示唆してくる、説教臭い能力なのだ。そんな能力が「地震引き起こして日本を真っ二つに割って人間たくさん殺したいな!」なんて馬鹿げた思想に共鳴するはずがないのだ。
「ぱん」
チンパンジーに穴が開いて吹っ飛んだ。
「へ?」
清宮くんは目を丸くしてチンパンジーとおっさんを見下ろす。おっさんはひいと怯えて縮こまってて松葉づえをついててうまく歩けなくて、能力を使った感じじゃない。からあれは誰か別のやつの能力。でもだれ? なんでこんな小社会に超能力者ばっかり集まってんの。こっわ。ほんとは隠れてるだけで能力持ってるやつなんかいっぱいいるのかもしれない。
「おっさん、こっち」
校内から女の声がしておっさんが校舎のなかに逃げ込む。
清宮くんがスマホを取り出して電話をかける。「あ、ユマ? うん、見てたよ。……いや、能力についてはだいたいわかったけど“判定”がうまく働いてないみたいだ。目的のためには活かせなさそ、」
俺はスリング・ショットを構えて清宮くんの目玉を狙う。
躊躇すんなと言い聞かせた。ゴムから手を離す。ゴムの弾性で弾かれたパチンコ玉が清宮くんの顔に向かう。
「止まれ」
舌打ちした清宮くんが“判定”の共有をやめた。放ったパチンコ玉が清宮くんの目の前の空中で静止する。“手を触れずに物体に作用する”、“言語化での補強”、おっさんの能力を共有した。ていうか、おっさんの嘘つき! 『ハイジャッカー』の能力って未来視や過去視の共有じゃないじゃん! “近くにいる超能力者の能力を自分も行使できる”じゃん! 「浮け」がしゃがしゃがしゃ。机や椅子が宙に浮いた。「殺せ」俺の向けて机と椅子がものすごい勢いで飛んでくる。俺は「判定」を用いて机や椅子を掻い潜れるルートを選んで、立ち止まったり屈んだりしながら教室のドアに飛びついて、廊下に転がり出た。
「ははっ。おもしろいな、あの能力」
清宮くんも廊下に出て俺の背中に向けて椅子をぶん投げるけど俺が角を曲がって階段を駆け下りる方が半歩だけ早かった。がっしゃーん。廊下に面していた窓ガラスに椅子がぶつかってガラスが砕け散って、椅子が外に落下していく。がんがんがんと駐輪場の雨避けの上を椅子が跳ねた音が聞こえる。おっさんの能力なんだからおっさんがいれば互角に持ち込めるはずだと考えて俺はおっさんと合流すべく下駄箱のあたりを目指す。
この道はやばいという場所を避けようとしたんだけど、どの道も平等にやばいという判定が下る。どうすりゃいいんだよ。ええい、ままよ。どうでもいいけど、ままよってなんだよ? “思うがまま”みたいなニュアンスでの“まま”らしいけどなんか変な日本語だよな、ままよ。うん、現実逃避終わり。
「はぁーい、少年。ちょっとぶり」
スーツ姿の長身のババアが階段降りた廊下の先にいた。
モンスターは連れていないように見える。さすがに学校の中では230㎝の大男もぬらっとしたヘビも目立ちすぎるからか。でもあんなデカいのじゃなくてもなんかはあると考えるべき。だって大絶賛、判定には「死」が灯り続けている。スリングショットとパチンコ玉を握る。早期決着つけないと後ろから清宮くんが追いかけてくる。意を決して脇を擦り抜けようと走り出した。べろ。上から何かが降ってきて俺を擦巻にした。
それは舌だった。上を見ると天井から不自然にピンク色の舌が生えていた。ぎょろりと目玉が動いて、ようやっと注視すれば天井に不自然な膨らみがあって保護色で塗装の色に完全に同化している四つ足の人間大のサイズの爬虫類がそこにへばりついていることがわかる。カメレオンのモンスター。なんでもありか、このクソババア。
「ぱん」
ババアの後ろから誰かがこっちに指を向けて、言った。トリガーを引いた。ババアの胸に親指大の穴が空く。そこから血が噴き出す。「あれ……?」ババアがよろめいて、倒れる。「ぱん」そいつは天井に張り付いていたカメレオンに向かって同じようにトリガーを引いた。どすん。カメレオンが死んで、落下する。天井に穴と罅割れが残る。
「こっち」
舌の拘束から逃れた俺を、指から銃弾ぶっぱなした笠原が手招きする。背後から清宮くんが階段を駆け下ってくる。俺は笠原に向かって駆けだす。べ。俺の足首になにかが巻き付いて俺は転けた。
「やだわぁ。穴開いちゃったじゃないの。これ気に入ってたのに」
倒れたままババアが吐いた白い糸が俺の足を絡めとっていた。服が破れて手足があと四本生えてくる。きっしょ!? モチーフはたぶん絡新婦とかそのへん。たぶんこれも本体じゃなくて作成されたモンスター。「往生際が悪い」ぱん、ぱん。笠原が二度言い、頭に二つ穴が空く。ぴくぴくと二、三度痙攣したババアがようやっと動かなくなる。『モンスターゲート』は能力が解除された(=作り出されたバケモノが死んだ)ら死体が消え去るらしい。カメレオンも絡新婦も痕跡一つ体液一滴残さずに消え去ってしまう。あとに残ってたのは天井と壁、床に残った弾痕だけ。
「はやく」
笠原が俺に言う。意味わかんないけどとりあえず従う。ところでさっきおっさん助けてたけどおっさんいないのなんで? と思いながら、走ってたら笠原は職員室に飛び込んで中に向けて「冴ちゃん、来て」という。え、まじで? 冴ちゃん巻き込むわけ? 怪訝な顔しながら冴ちゃんは結構急いできてくれて廊下に出て俺を見て眉間に皺を寄せる。背後から清宮くんの足音。笠原が走り出して中庭を通り抜けて運動場を目指す。「ぱん」速攻で笠原の能力をジャックした清宮くんが、間一髪で中庭に飛び出した俺達を捕まえきれずに壁に穴を穿つ。
「笠原、上」
判定を働かせていた俺が警告。屋上から降ってきたチンパンジーを笠原が指先向けて「ぱん」の一言で打ち落とす。「なになになになにっ」冴ちゃん大パニックでとりあえず走る。自分よりパニクっている人が近くにいると変に冷静になれるから冴ちゃんって重宝するよなと思う。両脇の用水路からそれぞれ一匹ずる立ち上がったヘビを、片方は笠原が「ぱん」だけで撃ち殺す。俺がもう片方をスリングショットを撃って牽制。パチンコ玉で目玉が潰れて怯んだそれに笠原が指を向けて「ぱん」。
なんていうか、ようこそ、わくわく動物ランドへ! 入場料はあなたの命だよ☆ って感じだった。俺達は駐車場に走り抜けて、松葉づえ突いてるおっさんと合流する。「冴ちゃん、車出して」笠原が言い、冴ちゃんは若干戸惑ってたけど冴ちゃんに向けて指を突き付けた笠原を見て「ひいい」て言いながら車のカギを開けて運転席に滑り込む。でも別に笠原は冴ちゃんを脅そうとしてそうしてたわけじゃなくて単に冴ちゃんの向こう側にいたチンパンジーに向けて「ぱん」ってやりたかっただけだった。鎌持ったチンパンジーが脳漿噴き出して卒倒する。俺とおっさんが後部座席に。笠原が助手席に座って冴ちゃんがキーを回して車を急発進させる。学校が遠ざかって、ほっと一息。
「こんな露骨にくるとは思わなかった」
笠原が呟く。
「えっと、『サバイバル』さん?」
おっさんが言う。
「脱退済み。あたしはただの笠原優香」
不機嫌そうに笠原が返事をする。え? おまえそうなん? あの「よーし、世界滅ぼしちゃうぞ!」みたいなイタイ組織の一員だったん? コードネームとか貰ってたん? 「あの、なんで私?」冴ちゃんは半泣きである。「声を掛けやすかったし、呼んだら来てくれると思ったから」、「……」善良で真面目で生徒思いだから巻き込まれただけのウルトラ一般人の冴ちゃんは、実にあわれだった。善良で真面目に生きてたからって別にいいことないんだなぁーと俺はちょっと悲しくなった。適度に悪辣に不真面目に生きていこうと決意を新たにした。
「それにしてもさっき校舎の中に不思議なくらい他に生徒がいなかったけどなんで?」
「あ、多分清宮くんが“判定”使ってたから」
絶対判定は“日本列島を横に割る”ことには協力しなくても、“目撃者を出さない”が判定の思うところの“一般生徒を巻き込まない”で合致して、結果的に思い通りに働いたんだろう。笠原が介入できたのは俺が判定を使い出して結果が相殺されたから。たぶんあのまま続いていたら笠原以外のやつもわらわら出てきてモンスターが目撃されてどんちゃん騒ぎになっていたはずだ。笠原がクエスチョンマークを頭上に浮かべるけど詳しい説明はもうちょっとあとで落ち着いてからにしたい。
「なあ。警察いったら対超能力部隊とか寄越してくれないの」
“超能力がないのが当たり前”な世界ならまったく取り合ってくれないんだろうけど、“あるけど秘匿されてる”んなら取り締まり側は絶対なんか対策あるはずだと思って俺は訊く。
「無駄」
「取り合ってくんないってこと?」
「違う」
笠原が振り返って言った。
「そういう部隊、あったけど『モンスターゲート』が全部食べちゃった。もう壊滅してる」
……まじで?